第121話 実はかなりテンションが上がっているアハトさん

 エドは男が姿を見せるまで、その存在を知覚することができなかった。


 そしてその男が刀身の光る剣を向けた瞬間。エドの周囲に光の環が幾重にも表れ、そのまま環が小さくなって彼を拘束した。


 男はエドが落とした〈精霊の目〉を奪ったが、彼は拘束されつつも魔術を放つことができた。


 そしてこのまま奪われてなるものかと、動けないながら強力な魔術を何発も叩き込む。


「しかし結局逃してしまいまして……。わざわざ古城に姿を見せ、〈精霊の目〉を狙ってきたのです。おそらくクンベルとグリアジーンが差し向けてきた間者だとあたりをつけました」


 拘束はしばらく経つと解けた。強力だが時間制限があったのだ。


 そしてエドは〈精霊の目〉を取り戻すべく、古城を出て聖都を目指す決意をする。


「今さら聖都へ行っても、この国を大きく混乱させるだけでしょう。それはわかっていましたが……でも。やっぱり俺には、今日まで兄がつないできたこの国が、クンベルやグリアジーンのものになるのが許せなかった……!」


 悩んではいたが、〈精霊の目〉を奪われたことで、どうするか決意を固めた形だ。


 やはり兄の仇とその血筋にこの国を好きにはさせていられない。


「なるほど。そこをわたしに阻まれたというわけですか」


「え、ええ。あの……あなたはいったい……? 位の上がったこの身をなぜ傷つけることができるのです……?」


 ここでアハトは髪をかきあげ、身体を斜めに向ける。そしてその表情に冷笑を浮かべた。


「フ……わたしの名は星光のアハト。ただの雇われ従者にすぎませんよ」


「…………! い、いえ……! そんなはずは……!? あなたほどの実力者、そうそういるはずがありません……!」


 エドは折られたあばら骨に手をあてる。そもそも拳で高位精霊の骨を折れる人種など存在しているはずがないのだ。


「アハト殿……! これまでの無礼をお許しください……! そしてどうか、俺の願いを聞き届けていただけないでしょうか……!?」


「願い……ですか?」


「はい……! この国にはいま、おそらくよくないものが迫ってきています……! 俺から〈精霊の目〉を奪った男と、さっき戦場に現れた男女。両者の関係はわかりませんが……もしかしたら俺は勘違いをしていた可能性があるのです……!」


 エドは当初、〈精霊の目〉を奪った男はクンベルとグリアジーンの関係者だと考えていた。


 だが戦場で2体の精霊を強奪した男女を見たとき、その可能性が低くなったと判断した。


「なぜです?」


「あの者たちが持っていた魔道具です。俺から〈精霊の目〉を奪った男も、戦場に現れた男女も。どちらも刀身が光る剣状の魔道具を有していた……」


 エドは位の高い精霊らしく、その目で魔力の流れを見ることができる。これはアハトやリリアベルにはない機能だ。


 そしてその目だからこそ、驚きの光景が見えた。


「信仰国の守護をつかさどる四体の精霊。普段は四聖騎士の持つクリスタル製の剣にその力を宿しているのですが……あの男女が持つ長剣がクリスタルの剣に触れた瞬間。その力が長剣の方へ移ったのです」


 そのあとのことを見れば、エドも精霊を奪われたのだと理解できた。


 どういう仕組みかはまったくわからないが、このような不可思議な現象を起こす剣状の魔道具などそうそうあるものではない。


 こうした状況から、エドは戦場に現れた男女は〈精霊の目〉を奪った男の仲間ではないかと考えた。


「奴らは火の四聖騎士も殺す気でした。もしクンベルの指示を受けていたのなら、まずありえない行動です」


「それで……この国とは無関係の第三者が、精霊やオーパーツを狙っていると考えたと?」


「はい。狙いはわかりませんが……〈精霊の目〉を使って大神殿の地下の扉を開けようとしているのかもしれませんし。あるいは残りの四聖騎士から、精霊を奪おうとしている者も潜んでいるかもしれません」


 エドとて聖都に行って、自分になにができるか見えていない。


 だがこの国で最強格の実力を持つ自分だからこそ、謎の第三者に対抗できるのでは……とも考えていた。


「ふむ……残りの四聖騎士が狙われている可能性はたしかにありそうですね」


 これも十分に考えられることだ。まだ相手が何人いるかも把握できていないのだから。


「俺はムルファスの記憶を持っただけの精霊かもしれません……! ですが……! やはりこのままじっとしてはいられないのです! アハト殿、お願いします! どうかこの場は見逃してください……!」


 エドは自分ではどうあがいてもこの絶世の美女に敵わないと理解できていた。ただこうしてお願いをするしかできない。


 そしてそんな彼の姿を見ていたアハトは。本当にごくわずかではあるが、その口角を上げた。


「フ……では取引といきましょうか」


「…………え?」


「あなたは精霊でしょう? 通常だと自然現象由来の精霊としか契約ができないと聞きましたが……エド。あなたをわたしの契約精霊にしてあげましょう」





「アハト……だいじょうぶかしら……」


 俺とリュイン、ルドレットはいま、船に乗って聖都を目指していた。


 ルドレットは後ろを振りむきながら、戦場に向かったアハトを心配している。


「まぁだいじょうぶだろ」


「マグナ……アハトのこと、心配じゃないの? エドは10年たっても討伐できないほど、強力な精霊なのよ?」


 と、言われてもなぁ……。たしかにまったく心配していないというわけではないが、それでもなるべくアハトの希望をかなえてやりたいとは思う。


 それに「星光のアハト」の名を各地で刻むというのは、いつか動けなくなる日がくるかもしれないアハトにとって特別な意味を持っているのだとも思うし。


 リュインはなにも心配いらないとばかりに自信満々にうなずきを返していた。


「アハトはものすごく強いから! 前にも骸骨の高位精霊をボコボコにしてたし!」


「とどめさしたのは俺な!」


 ボコボコというか……両手持ちガトリングをぶっぱしていたというか……。


「そういえば。マグナたちってこれまでどこを旅してきたの?」


「ん? そういや話したことなかったか? じつは俺たち、けっこういろいろ行っているんだぜ~」


 大国で言えばギンレイ皇国以外はすべて回ったし。


「魔獣大陸も行ったぜ! こう見えて将来有望なファルクに半分所属もしているし!」


「半分所属ってなによ……」


 なんだろな。でもそうとしか表現できない。ルシアたち、元気にやっているだろうか。


「でも……冒険者、か。やっぱりいいわね……」


「たぶんルドレットが想像している感じではないと思うけどな」


「そうなの?」


「ああ。俺も最初、ぜんぜん想像とちがっててよぉ……」


 聖都までの道すがら、簡単にこれまでの出来事を話していく。ルドレットはどれも興味深い様子で話を聞いていた。


「そういや聖都に戻ったらどうすんだ? やっぱり前線のことを話しに、聖王サマんとこに行くのか?」


「状況にもよるでしょうけど。報告自体はたぶんもう聖王陛下に伝わっているわ」


「そうなの?」


「ええ。コールドマン指令はすぐに聖都までの伝令を出していたし。こういうときに備えて、足のはやい魔力船も配備されているもの」


 どうやらとっくの昔に速報が聖都へ向かっていたらしい。今ごろ向こうでも大慌てなんだろうな。


 まぁ俺にとっちゃ他人事だ。このままルドレットを送り届ければ、ヴィルヴィスから報酬を受け取れる。


 精霊についてもおおよそ知ることができたし、本格的に騒ぎに巻き込まれる前に、この国から離れるのも選択肢に入ってくるか。


 そう考えていたときだった。前方を進む船がすこし騒がしい。ルスチーヌたちが乗る船だ。


 なにごとかと目をこらすと、なんと船上に1人の武装した男が乗っていた。


「ん……? おい、ルドレット。あれ……」


「マグナ!」


 リュインの声が後ろから聞こえる。振り向くと、そこにはフェイスヴェールで顔を隠した褐色肌の女性が立っていた。


 右手には大き目の曲刀、左手には長剣を持っている。


「え……」


「な……」


 突然の乱入で驚いたが、その女性も俺とリュインを見て驚いていた。

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