第4話 ある日、森で妖精さんと出会った。

 目を覚ますと昼を回っていた。どうやらかなりぐっすりと寝てしまっていたようだ。


「ふああぁ~……おはよう」


『ようやくお目覚めか』


 フロアに移動し、俺は貴重品となったクッキーをかじりながら席につく。


 あらためてこの星で生きていくのだということに実感がわいてきた。もう帝国には帰れないのだ。それはくつがえせない事実であり、だからといってここで悲観して生きるつもりもない。


 こうなりゃ意地でもここで自由気ままに、かつ楽しく生き抜いてやる。その気持ちがより強くなった。


「昨晩、寝ずに考えたんだけどよ」


『うそつけ』


「やっぱり一度、知的生命体が集まっている集落に行ってみようぜ。そこで調味料とか手に入れたいし、リリアベルもいろいろ研究したいだろ?」


 アハトにしても、ここから出てみないことには楽しめるものが見つからないだろうし。


『そうだな。例の獣の発火能力と、体内にある石との相関性についても調べてみたい。この星の知的生命体と接触できれば、そのあたりもなにかわかるかもしれん』


 俺たちの間で方針が固まりはじめる。森を抜けるには北しかないから、食料を含めて準備を進めておいた方がいいな。


「よぉし! そんじゃ、さっそく午後から行こうぜ! 俺の機動鎧エルベイジュでよ!」


『………………ハァ』


「なんで溜息!?」


 機動鎧とは、パイロットが搭乗して操縦する人型ロボットになる。そしてエルベイジュは俺専用機であり、戦闘用に開発された機動鎧でもある。


 陸上はもちろん、宇宙空間でも水中でも問題なく機動できる。ウォルゼルド家の金とコネに物言わせて開発させた、高スペック機だ。


『たしかに機動鎧の足なら、お前よりも速いだろう。しかしシグニールの光子リアクターが十分に修理できていない以上、エルベイジュのプラズマリアクターに動力を充填できんぞ』


「戦闘機動でなければ、光熱伝導エネルギーだけでも動くだろ! どうせここにいても目新しい情報が手に入らないんだ。でもエルベイジュなら、安全に北まで行けるだろ?」


 対機動鎧や航宙戦闘艦を見据えた激しい動作はできずとも、ただ走るだけなら問題ない。


 それに万が一ヤバい生物に遭遇しても、超頑丈な鎧を着ているようなものだ。なにも問題ないだろう。


『推定文明レベルD~F相当の星で、機動鎧が姿を見せてみろ。余計な騒ぎに巻き込まれて、ろくに身動きが取れなくなる未来しか見えん』


「そうか?」


『ああ。もっとも……エルベイジュとアハトの武力をもって、自分の国を興すつもりなら止めはしないが』


「物騒だな!?」


 まだろくにこの星の状況もわからねぇのに、そんな面倒なことはしねぇっての! 俺は楽しく生きたいのであって、べつにこの星の支配者になりたいわけではないのだ。


「文明レベルDくらいなら、問題ないと思ったんだがなぁ……」


『Dというのは、電気かそれに代わる動力すら生まれていないレベルを指すぞ』


「え!? 原始時代じゃん!?」


 槍と弓でウホウホ言ってる文明じゃねぇか! こ、コミュニケーションが取れるか心配になってきた……!


『これだから総合成績Dマイナスは……。墜落時に町の明かり具合を確認していると言っただろう。間違っても原始時代ではない』


 しれっと成績をディスられた。リリアベルという高性能AIがいるから、俺に座学など必要ないというのに。


「んじゃどうやってこの森を出るんだよ?」


『地道に走っていけばいい。お前とアハトならそれでもじゅうぶんに早い』


「うへぇ……」


 とにかくリリアベル的に、機動鎧はまだ使うべきではないと判断したようだ。まぁ仕方ないな。


『それに特殊能力を持つ獣が存在しているような星だ。森を出るにせよ、準備は整えておきたい。出発するのはもうすこし先だ』


「準備ぃ?」


 食料以外でなにか必要なもんなんてあったっけか。そんなことをぼんやりと考えながら、俺はシグニールの外へと出た。正面にはアハトがいる……。


「………………。……………………!!!?」


 思わず足を止めてしまう。リリアベルも同様に、ピタリと俺の隣で停止していた。原因は目の前の光景だ。


 なんとアハトの正面では、謎の妖精が宙に浮いてた。大きさは手のひらに乗ったらやや大きいくらい、見た目は完全に女の子。


 明るめの金髪は、若干煌めいているようにも見える。服装も女の子っぽいドレス調のものだ。


「キア、イルブプレ!? ジュリェ、グルラウド、ポァレ!」


 小さな妖精は背中から淡く輝く羽を伸ばしており、謎言語でアハトに話しかけていた。アハトは瞬きなど一切せず、目の前の妖精をガン見している。


(え……やべぇ。あの生物、一体なに!? 言語……!? え!? この星の住民!? あんな小せぇのが!?)


 つかどうやって浮いてんだ。背中の羽、ぜんぜん羽ばたいていないし。事実として浮いているのに、頭で理解できない現象が起こっている。


 その妖精さんは、俺の姿にも気づく。やや驚いた表情をしているが、おそらく本当に驚いているのだろう。きっと俺も似たような表情をしているにちがいない。


 言葉は通じなくても、表情は共通言語ってか!


「キュベッ!?」


 だがその瞬間。隙を見せた妖精にアハトさんは一瞬で距離を詰めると、そのまま彼女の身体を掴む。こうなるとぜったいにあの握力からは逃れられないだろう。


 妖精さんは焦った表情で身体を動かしているが、やはりアハトはビクともしていなかった。


 彼女はそのままなに食わぬ顔で、俺たちの前まで移動してくる。そして握った妖精をこちらに掲げて見せた。


「リリアベル、マグナ。謎の怪生物を捕獲しました」


『よくやった。さっそく解剖してみよう』


「まてまてまてまて」





 なんやかんやとあったが、妖精は今、シグニール内で肉を頬張っていた。


 あれから一度気絶していたのだが、肉を焼きはじめたところで目を覚ましたのだ。どう見ても食べたそうな様子だったので、友好を図ろうと肉を差し出してみた次第である。


「よく食うな……。小さな胃にどれだけ入るんだ……」


「念のため用心を。この羽虫も魔法の使い手かもしれません」


「おお……そうだな」


 ちなみに獣の見せた謎能力については、俺とアハトは「ありゃ魔法だろ!」派である。


 リリアベルは「進化の過程で身につけた異能力」という立場だが、俺から言わせればどちらも同じものだ。


 他惑星には、稀にサイコキネシス的な異能を備えている種族が存在している。だがそうした異能を持つ種族は、得てして手足や発声器官が退化している……あるいは元から存在しないのだ。


 手足がなくとも物を動かせ、テレパシーで意思の疎通ができるからこそだが、この間の獣はちがう。進化の過程で炎の槍を生み出せる理由がまったくわからん。


「もし不信な動きが見られた場合。この場で叩き潰しますので」


「グロ現場になるからやめてくれ……」


 妖精さんは腰に針を挿しており、器用にそれを用いて肉を切っていた。


 すっげぇがっついてるな……よっぽど腹がへっていたのだろう。


『使用している針といい、着ている服といい。明らかに加工した上で制作されたものだ。これだけでもおおよその文明レベルを推し量れるが……うむ。たいへん興味深い』


 きっとリリアベルは今、艦内にあるあらゆるカメラからこの妖精を観察しているのだろう。


 そうこうしているうちに腹が満たされたのか、妖精はあらためて俺たちを見てきた。


「アルガ、キュルキュエ! アムタ、リラ、カッサバール!」


「なに言ってんのかわかんねぇ……」


『言語解析を続ける。適当にコミュニケーションを取って、いろいろ言葉を話させろ』


 妖精はさっき身体を握られたアハトに対しても、とくに怯えた様子は見せずに話しかけている。だがアハトは終始無表情かつ無言だった。


 俺はリリアベルに言われたとおりに、適当に話しかけていく。


「あー、ごきげんよう。きみはだれだい? 俺? 俺は銀河に名だたるグナ・レアディーン帝国宇宙軍所属のスーパーエリート軍人! そしてこの艦、シグニールの艦長であるマグナだ!」


「リエルガ? グナ……? ミア、リュルラガ?」


「おう! そうそうそれそれ! 俺の一声で帝国宇宙軍を動かすことができるんだぜ……!」


「ミリムラーイ! ルルガ、アッサルテ!」


 妖精は羽を淡く輝かせると、宙に浮きはじめる。そしてフロアの奥を指さした。


「アッカ! ミルア、リムレルト!」


「そうかそうか。艦長たる俺にこの艦を案内してほしいんだな! よぉし、ついてこい!」


「ラッセ!」


『…………コミュニケーションが取れているのか?』


 勘だけど。まぁだいたい通じているだろ。


 そんなわけで、この日はずっと妖精に艦内を案内して終わった。ちなみにちゃっかり夜ご飯に肉をしっかりと食べていた。





 謎妖精に出会って2日後。彼女はあれからも俺たちにつきまとっていた。だがさすがにまる2日も経つと、いろいろ見えてくる反応もある。


 彼女は艦内にあるものはどれも物珍しそうに見ていたが、中でも獣の体内から採取した石コレクションを見てとても驚いていた。


 さらに俺やアハトが艦外に現れた獣を狩ったときも、同じように驚いていた。まぁこんな小さなナリじゃ、どう考えても獣を狩れないだろうからな……。


(そうなると普段はなにを食っていたんだ……? 木の実とか? 獣を狩れない以上、肉なんてめったに食えないだろうしなぁ……)


 だが肉自体は食べ慣れた手つきで食事をとっていた。考えられるとすれば。


(他に獣を狩れる仲間がいる? あるいは俺たちと大きさの変わらないヒューマンがいて、彼らと取引をしている……?)


 わからない。だが森の外に広がる未知を想像すると、とても好奇心が刺激される。この瞬間は遭難したこととか忘れることもできるな。


『マグナ。準備ができたぞ』


「準備? なんの?」


『……ハァ。森を出る準備に決まっているだろう』


 ああ……そういや前にリリアベルが言っていたな。妖精さんが来たから、すっかり忘れていたぜ。


 小型ドローンが俺の側まで飛んでくる。そのドローンはアーム部分に金属筒を持っていた。俺はそれをドローンから受け取る。


「これは?」


『フォトンブレイドだ。廃材をかき集めてマテリアルルームで作成した』


「おお!」


 フォトンブレイド。光子を利用した武器であり、スイッチ一つで光る刀身を出すことができる。


『試しに出そうとするなよ。一度使用すると、次に使用できるまで長時間のエネルギーチャージが必要になる』


「さすがにそこまで高性能なやつは作れねぇか」


『時間と素材がそろえば、性能を向上させることも可能だがな。異能を持つ獣が自生している星だ、切り札はいくつあっても困るまい』


 どうやらリリアベルなりに、いろいろ考えてくれていたらしい。


 純帝国人の動体視力であれば、相手が銃を撃ってきてもフォトンブレイド一つで弾けるからな。誤射の可能性があって整備の手間がかかる銃より、こっちの方がありがたい。


『それに……だ。異能を持つのは獣だけとは限るまい』


「…………え?」


『あのような獣が存在しているのに、知的生命体が文明を築けているんだぞ? 同等の能力を保有していても、おかしくはあるまい』


 なるほど……その可能性は考えていなかった。


 ……え、ということは。リアルに魔法使いがいる星の可能性がある……!?


「うん? でもこの星の住民って、あの妖精みたいなもんじゃねぇの?」


『まだなんとも言えんが。墜落する前に確認した限りだと、お前と同じくらいのヒューマンタイプが生活を送るのに適したサイズの町があった』


「まじで!?」


 それじゃ、妖精さんは普段どこでなにをしているんだ……。まさかこの星に残った最後の絶滅危惧種……というわけでもないだろうが。


 服も葉っぱを巻いたものではなく、ちゃんとサイズを合わせて加工されたものだったし。


 つまりあのサイズの服もニーズがあり、作り手がいるくらいには流通もしているということだ。……自前ですべて作っていない限りは、だが。


 ちなみに妖精の名は、おそらく〈リュイン〉だ。何度かコミュニケーションを取ったが、彼女は俺たちの名をちゃんと覚えてくれた。


 同様に自分は〈リュイン〉だと、ジェスチャーを交えて教えてくれたのだ。


 言葉は通じないが、名前くらいなら意思の疎通ができた。最近は腹が減ったら雑に「マグナ!」と呼んでくる。


『それと言語解析だが……む……!?』


 リリアベルが急に黙り込む。一体どうしたんだ……と思った瞬間だった。


『シールド展開!』


「んぇ……?」


 シグニールの側にシールドが発生する。ほぼ同時に、いくつもの炎の槍や雷光がシグニールに迫ってきた。


 それらは展開されたシールドに接触すると、けたたましい音を立てながら消えていく。


「どぅええええぇぇぇぇ!?」


『ち……なんだ、アレは……! マグナ! シールドはしばらく再展開できん! 次に同様の攻撃を受ける前に、アハトと協力して敵をすべて討て!』


「て、敵って!?」


『外に出ればわかる! あとこれを身につけろ!』


 アハトとリュインはちょうど艦の側にいた。シールドで守られているから、今の攻撃でとくにダメージは受けていないだろうが……。


(一体なにから攻撃されたってんだよ!? しかも今の、ぜったい魔法じゃねぇか!)


 リリアベルが作成した黒い剣を手に取り、続いてドローンが運んできた首飾りを装着する。そして駆け足で外に出た。


 すぐ近くにはアハトとリュインがいる。やはり2人は無事だったみたいだ。だが。


「……………………なんだこりゃ」


 アハトもリュインも、正面の森を見ていた。俺もソレを見て、非常事態だというのに思わず思考が停止してしまう。


 それも仕方ないだろう。だって俺たちの目の前には、大量の骸骨が群がっているのだから。

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