第18話 アハトさんは教え諭したい。

 ギルンを含め、俺たちの視線がハルトに集中する。それを受けて、ハルトはハッと表情を変えた。


「ギルンさん。すまないが、アハト殿たちと話させてくれ」


「あ……ああ……」


 ここでギルンは退室する。まぁ扉も壊れて半開きだし、だれかに聞かれているかもだけど。


 あらためて部屋に残ったハルトに視線を向ける。


「んで? なんだって俺たちについてきたいんだ?」


「………………。その前に……すこし俺の過去を聞いてくれないか……?」


「過去ぉ?」


 急にハルトの自分語りがはじまった。それによると彼は、異国の離れ小島出身らしい。


 なんでもそこは高名な剣士を数多く輩出している島らしく、どこの国でもちょっとは名が知れているとか。


「シロムカ島の剣士、ねぇ……?」


「ああ。……聞いたことがないのか?」


「しらん。はじめて聞いた」


「そ……そうか……」


 その島に生まれた者は、男女問わず剣の修練を積むようだ。ハルトも幼い頃から己を鍛え続けてきた。


「さっき話に出てきたが……2000年前にこの世界を荒らした魔人王。シロムカ島には、7つに分かれた魔人王の力、その一つが封じられていたんだ」


「………………え?」


 おとぎ話かと思っていたが、シロムカ島には魔人王の伝承が伝わっているらしい。それによると2000年前、魔人王は7つに裂かれた上で各地に封印されたそうだ。


「島には神殿があった。その神殿の奥には魔人王を封じていた聖域がある。そこに設置されていたカタナが、封印の要だったんだ」


 すっげぇファンタジーしてきた……! アハトもあからさまに興味を示している。そんなアハトの視線を気にしつつも、ハルトは説明を続けてくれた。


 なんでもハルトが15才のとき、島で祭りがあったらしい。そこで妹が魔人王の封印を解き、設置されていた刀も持ち出したのだとか。


 さらに妹は、島の住人を幾人も殺していったそうだ。


「え、まじで!?」


「ああ、まじだ。俺の親も友も、その時に妹に殺された。俺自身も妹に斬られ、重傷を負って生死の境をさまよったよ……」


 そう言うとハルトは胸元をはだけさせる。彼の上半身には、ななめに斬られた傷痕があった。


「どうして妹があんなことをしたのか、それはわからない。だがあいつはその後、とある組織に所属したことがわかった」


「とある組織……?」


「各地にある魔人王の封印を解いている組織。玖聖会だ」


 ハルトはその後、17才のときに島を出たらしい。それからずっと妹の足取りを追っていたそうだ。


 そして今から2年前、ハルトが27歳の時。12年ぶりに妹と対峙した。


「親や友の仇だ。実の妹とはいえ、俺は殺す気だった。だが……妹の姿は、あの日からまったく変わっていなかったんだ」


 事件を起こしたとき、妹は12才だったらしい。本来であれば24歳になっているはずなのに、その姿は子供のときのままだった。


 なにそれすげぇ。魔人王式のアンチエイジングだろうか。まぁ俺も12年程度なら、見た目はぜんぜん変わらないけど。


 しかしハルトはその妹に対し、惨敗した。そして王都に流れてきて今に至るというわけだ。


「ふーん。まぁハードな人生を送ってきているのはわかったけどよぉ。それでなんで俺たちについてくるって話になるんだ?」


「……正直に言う。一度は復讐を諦めたが……俺はやはり強くなりたい。人の身でも魔人王の力を超えられるのだと、その可能性をアハト殿が示してくれたからだ」


 そう言うとハルトはアハトに熱い視線を向ける。


 いや……残念ながらアハトは、人の身というにはなかなか微妙なところだが。


 しかしここでテンションの上がったアハトが口を開いた。


「なるほど。要するに強くなって妹を見返したいのですね」


「み、見返す……」


 そう聞くと一気に小さく聞こえるな! ハルトは妹を殺す気満々だったけど! 


「ですがそれなら、わたしたちについてくる意味はありません」


「…………! な、なぜだ……!?」


「ついてきたところで、あなたがわたし並に強くなれることなどあり得ないからです」


「………………っ!」


 すっげぇえらそう! 超が10個はつくくらいに上から目線じゃん! 


「ですがその魔人王の話には興味があります。そうですね……もし玖聖会と再び戦うことがあるのなら。力を貸すくらいは検討しましょう」


「ほ……ほんとうか……!? なにも見返りはないのに……!?」


 ああ……アハトがなにを考えているのかわかってしまう。


 こいつあれだ。その強者を相手に「ん? わたし、なにかやっちゃいましたか?」ムーブがしたいだけだ……!


 相手はハルト以上の強者だって話だし。そういう奴を相手に、絶対的な強さで無自覚に己の強さを見せつける……というシチュエーションを想定しているのだろう。


 ここで口を挟んできたのはリュインだった。


「ねぇねぇ! その封印に使われていた剣ってさぁ! もしかして……四聖剣なんじゃないの!?」


「いや……それはわからない。すくなくとも聖剣だとかいう話は聞いたことなかったが……」


「えー!? ぜったいそうだって! ねぇねぇ! もしわたしたちが妹さんを倒したら、その剣ちょうだい!」


 なんでわたしたち、て自信満々に言えるんだ……。お前、戦闘で役に立ったことなんて一度もねぇぞ……。


「つか四聖剣ってのは、〈フェルン〉が使用していたんだろ? サイズがちがうくないか?」


「そんなのわかんないじゃん! もしかしたら使い手によって大きさが変わるかもしれないでしょ?」


「いや……この世には質量保存の法則というものがあってだな……」


 だがこんなファンタジーな世界だし。いよいよあやしい魔人王とかいうのも出てきたし。案外ありうる話なのか……?


「玖聖会がどこにいるのか。それはわからないのですか?」


「ああ。一般的に名前も知られていないような組織だ」


「そうですか……まぁいいでしょう。ではハルト。今後、玖聖会についてなにか情報があったら、わたしたちに知らせてください」


 どうやらアハトの中では、ハルトを連れて行くという選択肢はないようだ。


 まぁ移動速度も遅くなるしな。サクサク魔獣大陸を目指す身からすれば、ハルトはお荷物にしかならない。


「だがあんたらは魔獣大陸に渡るんだろう? 次に王都に来るのはいつになるんだ?」


 ハルトはまだ未練があるのか、ついてきたそうにしている。これに答えたのはリュインだった。


「それなら大丈夫よ! わたしたち、その気になればあっという間に王都に来れるから!」


「そう……なのか……?」


「あー、まぁそんな感じだ」


 転送装置のことはうまく説明できないしなぁ……。そもそもあんまり話したいことでもないけど。


「とりあえずそんな感じでよろしく頼むわ。これからもちょいちょい顔を見せにくるからよ。そのときになにか面白い話があれば聞かせてくれ」


「あ……ああ……」


 どうやら諦めたようだ。ここでアハトは頷きを見せた。


「ハルト。あなたの剣……迷いがありました」


「………………っ! あ、アハト殿……! それは……!」


「さて……妹との因縁が剣に現れていたのかはわかりませんが。いずれにせよまだ発展途上だというのはわかります。今しばらくこの地で励みなさい。そして己に恥じない剣を……まっすぐな思いをその身で示すのです。次に会ったとき、見込みがありそうなら……稽古の相手をしてあげましょう」


 いや、なに言ってんの!? いまどういうムーブ!? 


 トラウマ持ちに「迷いがある」て言っても、まぁそりゃそうだわとしかならんわ! 思い当たる節しかねぇんだもん!


「アハト殿……! こ、こんな俺を……ずいぶんと歪んでしまった太刀筋を、それでもまだ成長の余地があると……! そう、認めてくれるのか……!」


 アハトはいつもどおり無表情で頷いている。だがその胸中はいま、ウッキウキにちがいない。


「わかった……! 俺は今一度、己を見直す……! そして今度こそ、俺自身と……アハト殿に恥じない生き方をする! ああ、完全に目は覚めた……! もう迷いはない! 俺は……剣に生きる……っ!」


 だいじょうぶ、これ!? 人生壊してない!? 俺知らねぇよ!?


「フ……これが敗者を教え諭す主人公の気持ちですか……いいですね……」


 ボソッとアハトさんが呟く。こいつ、ここがファンタジーな世界だとわかってから、性格が歪んでやがんな……。


(だが気になる話ではあったな。2000年前の魔人王……7つの封印に、12才のときから身体の成長が止まった少女か……)


 こうなると四聖剣はまだマユツバだが、魔人王はなにかあるかもしれない。なにせ実際に暗躍している玖聖会とかいう組織があるらしいし。


 これからの旅に関わってくるのかはわからねぇが。ま、アハトさんが楽しそうにしているのならそれでいいか。


 その後、俺たちはギルンに港町までの地図をもらう。そしてさっさと王都を出たのだった。

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