第14話 まだまだ怒りはおさまらねぇ……!

 決着がついたところで、ケースを破壊してリュインを出してやる。荷物も無事だった。


「このこの! よくもやってくれたわね!」


 リュインは気絶しているクザの顔面を殴り続けている。哀れ……。


「つかアハト。すっげぇ楽しんでなかった?」


「それなりに楽しめましたね。どのムーブを取るか、選択肢の多さに悩みましたが」


「なにかやっちゃいましたか? じゃねぇよ」


 俺もやりたかったのに……! 


 だがいいところを邪魔された怒りの方が勝ってしまった。なんならまだ腹の虫は収まっていない。


「おいこら起きろ。手加減してやったんだ、気絶したふりはなしだぜ?」


 そういうと俺はたった今、殴った男を雑に蹴る。


 こいつ、なかなかの速度で武器を振るっていたな。油断すれば負けるかもしれないくらいには強い男だろう。ま、油断することなんてないけど!


 男は呻きながらも、ゆっくりと顔を上げる。


「……殺さないのか?」


「そういう発想が野蛮なんだよ。んで? ハルトくんよぉ。なんだって俺たちの荷物とリュインを狙ったんだ? お? この落とし前はしっかりと払ってもらうぜぇ?」


 さっきは生意気にもくん付けで呼ばれたからな。その意趣返しとばかりに、ハルトをくん付けにする。


「……もともと俺は、ギルンというボスが束ねる組織で雇われていたのさ」


「ギルン? 組織ぃ?」


 ハルトの話によると、ギルンというのはこの辺りを縄張りにしている暴力組織のボスらしい。まぁどこにでもいるよな、そういう奴。


 聞けばクザもその組織の一員とのことだった。


「……なるほどねぇ。庇護下にある商人が外に出るときは、護衛の貸し出しみたいなこともしていたと。で、クザがレグザさんの護衛をしていた時に、俺たちと出会った……」


 そこでクザは、俺が高品質な魔晶核を持っていることに目をつけた。さらにリュインがいたことも、今回の騒動に関係していたらしい。


「俺も詳しいわけじゃないが……ここ王都では、いくつか犯罪組織が存在している。その中の一つが、〈フェルン〉を求めているらしくてな。〈フェルン〉を献上した組織には、高額な報償金が用意されるという話があったんだよ」


 ここでも〈フェルン〉は狙われているんだねぇ……。〈フェルン〉マニアなのか、もしくは高レア経験値稼ぎがしたい奴なのか。


「それで俺から荷物と一緒に、リュインもさらおうってか?」


「愚かね! わたしたちの強さも知らないでさ!」


「真っ先に捕まっていたくせに、しれっと自分も入れるな」


 動機はわかった。だが不明な点も出てきたな。


「お前ら、俺たちが危険な魔獣を狩れる実力を持っている……このことは把握していたんだろ? なのにどうしてその程度の実力で、俺たちをターゲットにしようと考えたんだ?」


「……………………」


「いや黙んなよ」


 これが最大に謎な点だ。俺がクザに見せた魔晶核は、かなり危険な魔獣からしか採取できないものだと誰もが理解していた。


 当然、クザも報告していたはずだ。そもそもそれだけ高品質な魔晶核をターゲットにしていたんだし。


 ならば相手よりも強い奴を用意しなくてはならなくなる。しかし用意されていたのは、ゴロツキが10人ばかしだ。これでは危険な魔獣を狩れる奴を相手にできるとは思えない。


 となると次に考えるのは奥の手的な存在だ。この世界には魔力や魔道具もあるし、初見では対応の難しいものもあるだろう。さっき使われた魔道具みたいにな。


 だが他にそうした魔道具が出てくる様子もない。謎だ……。


「はは……どうやら高みにいると、下の者は一括りにされるらしい。たしかにあんたたちからすれば、俺たちなんて大して変わらないだろうよ」


「あん?」


「いや……気にしないでくれ。俺がただの愚か者だったというだけの話だ」


 なんの話だ……と思っていると、アハトが口を開いた。


「なるほど……これこそが無自覚無双……」


「はい……?」


 またわけのわからんことを……。だがまぁ、次に俺がやることは決まったな。


「よしハルトくん。ギルンという男の元まで案内してもらおうか」


「…………なに?」


「そいつが欲を出したせいで、俺のお楽しみタイムが奪われたんだからなぁ……! この報いは当然、受けてもらう……!」


 それはもうギッタギタのボッコボコよ! アハトものり気なのか、うなずきを見せた。


「いいですね。町に蔓延る暴力組織のボスとの対決イベントは、そこそこ高ポイントです」


「なんのポイント!?」


『遊ぶのは構わんが、わる目立ちしないように気をつけろよ』


 まぁそれもそうか。というか。


「止めないんだな?」


『止める理由がないな。そこへ行けば、まちがいなく例の魔道具がいくつかあるだろう。それにシグニールのリアクター修理に使える素材もあるかもしれん。貴重な資源を回収できるまたとない機会だ』


 こいつもなんだかんだで、自分の欲望に正直だよな……。そして帝国製のAIらしく、ローカル星の住民のもつ物は自分のものだと自然に考えてやがる。


 ま、俺たちらしい生き方ができている感じがあっていいか。


「そういうわけだ。ほれ、さっさと立て。そして案内しろ」


「……わかった」





 ギルンは先代から組織を受け継いでから、手堅くやってきた。すくなくとも自分ではそう評価している。


 貴族との繋がりも増やし、暴力組織が下手に取り締まられないようにと便宜も図ってもらってきた。それなりの献金は必要だったが、その見返りは十分にある。


 それに商売の方もうまくいっていた。主な収入源は商人たちからの上納金だが、王都は人口が増え続けているのだ。年々拡大する市場に合わせて、収入も増え続けている。


 そしてそうなると、さらに貴族とのつながりを広げようとするし、事業も拡大していく。そのぶん人を増やす必要も出てくるし、そうなるとさらに金が必要になる。


 どこかで組織の拡大を止めた方がいいか……と考えはじめた時には、すでにそこそこの規模になっていた。今くらいの規模で維持していくのが一番いいだろう。


 しかしこの現状維持がけっこう大変だった。そろそろ護衛の貸し出し費を上げるかとも考えていたところだ。


 だが昔から付き合いのある商人に対して、急な値上げは反感を買いやすい。彼らとの関係も決して軽んじられるものではないのだ。生意気な商売人にはそれなりの目にあってもらっているが。


 とにかく金がいる。〈フェルン〉を寄越せば報酬を出すという話がきたのは、そんなタイミングでのことだった。


(ノウルクレート王国は〈フェルン〉保護法があるからな……。表立って〈フェルン〉を狩るのはまずい……)


 当たり前だが国が違えば、文化や法も変わる。ノウルクレート王国は大国の中では、竜魔族以外の種族がそれなりに多い国だった。いわば他種族が共生しているのだ。


 そうした背景もあり、〈フェルン〉に対しても他国よりも厚い保護法を定めていた。


 この国では〈フェルン〉を奴隷にすることは禁じられている。飼うこと自体は問題ないのだが。


 しかし一部の精霊化を果たした者が行うような、位を上げるための〈フェルン〉狩りは禁止されていた。もっとも精霊に国の法は関係ないのだが。


 当然ながら精霊は国の定めた法など守る気がない。彼らはそもそも人種とはまったく別次元の存在である。


(本来であれば、〈フェルン〉をさらって売り渡すのはご法度だろう)


 だが国が禁じていても、〈フェルン〉さらいをしている者はそれなりにいる。やはり金になるからだ。


 ギルン自身はこれまで触れてこなかったが、今回は事情がちがった。報酬も魅力的だったが、それ以前にこの話を持ってきた闇組織の存在が大きい。


(王都最大規模と噂される犯罪組織〈リンガリア〉。最近では高位貴族の暗殺仕事も請け負ったと聞く……)


 地域振興会であるギルンの組織からすれば、適度に距離を取っておきたい存在ではある。だが距離を詰めたことで生まれるメリットがあるのも事実。


 なにより変に反抗的な態度は取れない。彼らは一組織のボス如き、その気になればいつでも消せるのだから。


 そうした諸々のメリットデメリットを天秤に乗せた上で、ギルンは今回の〈フェルン〉さらいを決めた。


 同時に世間知らずの貴族から魔晶核も奪おうと考えた。ハルトもいる以上、不可能ではないと確信していたのだ。


(なにせハルトはあのシロムカ島出身の剣士だ。実力で言えば、まちがいなく高位貴族の騎士に匹敵する……)


 つまり冒険者で言えば超一級。王国内でも上から数えた方がはやい実力者。だからこそ、いま視界に映っている光景がよく理解できていなかった。


「すまねぇな、ギルンさん。俺の全力がまったく通じなかった……」


「あんたがギルンか。いやぁ、素敵なプレゼントをありがとな」


 信じて送り出したハルトはいま。武器を奪われ、完全に相手に平伏していた。その顔には殴られた痕があり、頬も腫れている。


 そして一般市民と変わらぬ装いの、いまいちパッとしない男は。ギルンに獰猛な笑みを向けていた。


「とりあえず……殴らせろやオラァ!!」


 その声色には、本気の怒りが交じっていた。

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