第178話 進路
バレンタインデーという一大イベントのあった週末が過ぎ、平日がやってきた。
凪と共に登校して自席に座ると、珍しく美桜が近付いてくる。
可愛らしい顔立ちには、露骨な揶揄いの色が浮かんでいた。
「おはよー。週末は楽しめた?」
「…………楽しめたのは確かだな」
美桜は凪から相談を受けたようなので隠す必要はないが、笑顔で返事をするのも違う気がする。
なにせ一昨日体を重ねた事で、凪がどっぷり
昨日の夜の凪を思い出して曖昧な微笑みを浮かべれば、美桜がきょとんと首を傾げた。
「その割には微妙そうな顔してるじゃない。もしかして、土壇場で失敗した?」
「んな訳あるか」
「ならどうしてそんな顔してるのさ」
「ちょっとな。まあでも、色々とありがとう」
流石に教室で詳細を話す訳にもいかず、少々ぼかしつつも感謝を伝える。
なにせ、凪の魅力的な姿を見られたのは間違いなく美桜のお陰なのだから。
いつもならこれで話が流れるのだが、興味があるのか美桜が珍しく真剣な表情で海斗との距離を僅かに詰めた。
「私が勝手にやった事だし、お礼はいいよ。でも、もうちょっとくらい話を聞きたいなー」
「チョコレートは滅茶苦茶美味しかった」
「その次」
「……もう一つのプレゼントも、美味しくいただいたよ」
協力してくれた人が聞きたいと願うなら、多少は話すべきだろう。
凪も、美桜ならばある程度は話して良いと言うはずだ。
考えを改め、周囲に悟られないようかなり遠回しに伝えた。
それでも体を重ねたと口にするのは恥ずかしく、海斗の頬が羞恥で炙られる。
思いきり揶揄われるかと思ったが、美桜は目を見開いて「おー」と感心したような声を上げた。
「大成功じゃん。でも凪ちゃん先輩の負担を気にしなさいよ?」
「俺は気にしてたぞ。俺は、な」
「え゛。という事は――」
「凪さんの方が嵌ったんだ。昨日とか大変だったんだぞ」
美桜からしても、かなり意外だったのだろう。
少し声を小さくして伝えれば、彼女の顔が引き攣った。
珍しく何を言うべきか迷ったようで、口をもごもごさせている。
「ま、まあ、男からしたら嬉しい事でしょ?」
「否定はしない。でも、あの調子だと毎日しそうだ」
「……普通、立場が逆だと思うんだけど」
「俺もそう思うけど、今まで凪さんは周囲とあまりいい関係を築けなかったんだ。多分、その反動だろうな」
誰とも繋がりを築けなかったからこそ、海斗との行為で深く繋がれているのを実感したい。
今では西園寺家との関係は改善されているが、それでも願いは変わらないのだろう。
恐らく、キスが好きなのも同じ理由のはずだ。
ならば受け止めるのが海斗の役目だと、微笑を浮かべて肩を竦める。
美桜はというと、ある程度落ち着いたのか大人びた笑みを浮かべた。
「なるほどぉ。あんまりはしゃぎすぎて、腰を痛めないでね」
「そのつもりだっての」
この歳で腰を痛めるなど、全く笑えない。
大きく頷けば、話が一段落したからか美桜がへらりといつもの軽い笑みを見せる。
「バレンタインデーが大成功したんだし、ホワイトデーのお返しはしっかりしなさいよ」
「勿論。今回のようなプレゼントは用意出来ないけど、俺に出来る最大限の事はするつもりだ」
既に海斗の体は凪にいただかれているので、逆のパターンは使えない。
そもそも、男が「俺をあげる」と言うのは流石にセンスがなさ過ぎるし、想像しただけで寒気がするのだが。
また凪の性格上、お金を掛けた所で喜ばないだろう。
何をプレゼントするかは悩みどころだが、きちんと心は籠めるつもりだ。
迷いなく断言すると、美桜が満足そうに頷く。
「なら良し。どうしようもなくなったら相談くらいは乗るから、遠慮しないでね」
「おう。もしもの時は頼むよ」
女性の立場で考えてくれる美桜が居るのなら、心配は要らない。
心強い味方に胸が軽くなるのだった。
「そう言えば、なんですが」
二月の半ばとなり真冬よりも温かくなったので、以前と同じように外で昼食を摂りつつ口を開いた。
黙々と弁当を食べながらもご機嫌な表情だった凪が、無垢な顔で首を傾げる。
「うん?」
「もう少しで三年生の卒業式じゃないですか。……凪さんは卒業したらどうするんですか?」
美桜との雑談を終えて朝のホームルームとなり、担任の教師から約二週間後に行われる卒業式について軽い話があった。
海斗達下級生は単に準備するだけだが、ふと凪の進路が気になってしまったのだ。
凪は海斗よりも先に卒業してしまう。ましてや彼女は頭が良いので、どこか遠くに行くかもしれない。
勿論、海斗は凪の意見を尊重するつもりだが、寂しさが沸き上がってつい尋ねてしまった。
一年も先の事など分からない人が多いのだが、凪は迷う素振りなど見せずに口を開く。
「取り敢えず近くの大学は出るつもり」
「……普通ですね」
「卒業後はお父さんの会社に入るつもりだから、特別な事はしない。あ、ちゃんと普通の入社試験は受けるよ?」
恐らく、今も偶に手伝っている仕事を引き続き行うのだろう。
そう考えると、大学は単に卒業したというステータスが欲しいだけなのかもしれない。
入社に関しては多少は親のコネがあるが、それでもかなり普通の生活だ。
あまりにも意外過ぎて、つい考えを口にしてしまう。
「入社
「それで海斗と離れる事になるなら行かない。私は海斗と一緒に居られたらいいし、それはお父さんの会社でも十分に達成出来る」
あくまで優先するのは海斗であり、頭の良さを理由に遠くへ行きはしない。
海斗の意見を聞いた上で全く揺るがない意思の強さに、それほどまでに想ってくれているのが分かって胸が痺れた。
じくりと胸の奥が痛み、何とか微笑を作る。
「そう、ですか」
「海斗を置いていったりなんかしないよ。大丈夫だからね」
「…………ありがとう、ございます」
何も言わずとも、海斗の本音を凪は察していたらしい。
情けなくて頭を下げると、凪がベンチに弁当箱を置いて手を広げた。
「はい、海斗」
「……えっと?」
「不安になってるみたいだから、ぎゅー、しようかなって」
学校の中だというのに、凪の行動に迷いが無い。
ちらりと周囲を確認すれば、誰も人が居なかった。
多少温かくなったとはいえ冬だし、人気のないベンチに座っているからだろう。
ならば遠慮する必要はないと、海斗もベンチに弁当箱を置いて凪を抱き締めた。
細い指先が髪を撫でる感覚が心地良い。
「ずっと、ずっと一緒だからね」
「…………はい」
桃のような甘い匂いと温もりに、不安が少しずつ溶けて無くなっていく。
情けないと思いつつも、されるがままになるのだった。
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