第45話 騒動後の高校生活
凪がクラスメイトに激怒してから数日が経った。
海斗はというと、驚く程に静かな学校生活を送れている。
それは同時に腫れ物扱いされているという事だが、特に気にしていない。
結果として以前と変化した事と言えば、美桜が遠慮なく話し掛けてくれるようになったくらいだ。
「いやぁ、凪ちゃん先輩の影響は凄いねぇ」
「ホントだよ。凪さんには頭が上がらないな」
昼休みに入ってすぐに海斗の傍へ来た美桜が、呆れと感心を半分ずつ混ぜた苦笑を浮かべた。
実際の所、学校でも有名な美少女である美桜と凪、その両方と友人である海斗を妬む人――主に男子だが――は居る。
物言いたげな視線をかなりの頻度で向けられているのだから、おそらく陰口を叩いている人も居るはずだ。
それでも海斗に実害がないのは、下手をすると鬼を降臨させてしまうからだろう。
美少女から嫌われるという一点だけでも、思春期の男子高校生には大ダメージなのだから。
「それはそうと、明日の土曜日は分かってるでしょうね」
「勿論。荷物持ちは忘れてないって」
先日美桜が凪と出掛けるという話をした際に、海斗も付き添う事になった。
そして詳細を詰めた結果、三人で出掛けるのが明日となったのだ。
荷物持ちという名目ではあるが、女性と遊びに行くのは初めてだし、楽しみにしている。
両手が荷物で塞がる程度、美少女二人と出掛ける対価にしては安いものだ。
海斗の返事に満足したのか、美桜が大きく頷く。
「ならよし。……お、今日も来たみたいだよ」
美桜との会話が一段落したタイミングで、凪が教室の扉から顔を出した。
普段通りの美しい無表情は、海斗の姿を見た事でほんの少しだけ綻ぶ。
「海斗、来たよ」
「すぐ行きます」
二人分の弁当を手に取り、美桜と一緒に教室の扉へ。
美桜は扉近くの女子グループと昼食を摂るので偶々一緒なだけだが、その彼女達が凪へと笑顔を向けた。
「西園寺先輩、こんちゃー」
「こんにちは!」
「こんにちは」
先輩が後輩のクラスに来ると普通は警戒すると思うが、凪はむしろ歓迎されている。
男子は凪を遠巻きに見て目の保養にしているので理解出来るものの、女子の受けが良いのは意外だった。
美桜曰く、海斗に絡んでいた男子グループを再起不能にしたのが一番の理由らしい。
意外にも挨拶をしっかり返してくれたり、ほんの少しだけ見せる笑顔が可愛らしいという理由もあるようだが。
何はともあれ、凪がクラスメイトに絡まれているので、美桜と別れて凪の傍に行く。
「お待たせしました」
「ん。行こ」
弁当を受け取った凪が、周囲からの興味の視線を無視して歩きだす。
クラスメイトも下手に突くと藪蛇になりそうで、特に何も言って来ない。
腫れ物扱いをされてはいるが、ある意味で一番落ち着いた環境になったので、随分と過ごしやすくなったのだった。
「「ごちそうさまでした」」
人気のないベンチで凪と昼食を摂り、一息つく。
数日間までは違和感しかなかったが、流石にある程度慣れた。
「今日も美味しかった。晩ご飯が楽しみ」
「今から晩飯の事を考えるのは早過ぎますよ。メニューも決めてないんですから」
昼と夜。海斗のご飯を食べる回数が増えても、凪は必ずお礼を言ってくれる。
だからこそやる気になるし、もっと美味しい料理を食べさせてあげたい。
苦笑しつつも晩飯に何を作ろうかと考えながら、ベンチを立つ。
「最近寒くなってきましたし、すぐ移動しましょうか」
「ん」
十一月も一週間以上が過ぎ、かなり寒くなってきた。
海斗は耐えられるが、女性の凪はこれから外で弁当を食べるのが辛くなるかもしれない。
とはいえ他に場所などないし、食堂は人が多いので論外なのだが。
凪の体調には注意しなければと思いつつ、いつもの場所へ向かう。
「「失礼します」」
声を響かせて図書室の扉を開くと、嗅ぎ慣れた本の匂いがした。
今日は顔見知りの女性教師が受付をしており、海斗と凪が一緒に入って来るのを生暖かい笑みで受け入れる。
「いらっしゃい」
明らかに面白がっているが、特に何も言わないでくれるのは有難い。
なので特に反応せず、二人で特等席となっているテーブルへ向かう。
「「……」」
昼休みに凪と昼食を摂るようになったとはいえ、この時間は特に会話をしていない。
凪は
外とは違う室内の温かい空気と、窓から差し込む日差しが海斗を眠りに誘う。
「ふわぁ……」
最近は凪の世話に比重を置き、バイトは土日と偶に凪の家を出た後に向かうくらいなので、睡眠は足りている。
しかし食後の睡魔は凄まじく、海斗の意識が睡魔にあっさりと刈り取られた。
その後、優しく体を揺すられる感覚で覚醒する。
「海斗、そろそろ行こう」
「……ん。ありがとうございます、凪さん」
凪が海斗のクラスに来るようになった頃くらいだろうか。
予鈴の音で起きられるのだが、そのほんの少し前に凪が起こしてくれるようになった。
大丈夫だと遠慮する事も出来たのだが、彼女が世話を焼いてくれるのが嬉しくて、つい甘えてしまっている。
お礼を言えば、凪が柔らかく笑んで首を振った。
「お礼は要らない。海斗をサボらせる訳にはいかないから起こしただけ」
「でもここは居心地が良いので、授業をサボりたくなりますよ」
「それはダメ。話を聞かなくても良いから、席には座っておくべき」
「……先輩としてその発言はどうなんですか?」
普通は授業を真面目に受けるべきと注意する所だが、意外にも適当に過ごす事は許容された。
全国模試一位かつ先輩らしくない発言に苦笑を零せば、凪がつまらなさそうに目を細める。
「だって授業なんて聞かなくても分かるし、退屈なのは私にも分かるから」
「退屈なベクトルが全然違いますが、そう言ってくれるのは助かります。ちょっとはやる気が出ました」
授業は受けなければならないが単に退屈な海斗と、実質的に授業を受ける必要のない凪では立場が違い過ぎる。
必要ないとさらりと言えるくらいに凪は頭が良いのだと、改めて実感した。
「なら午後も頑張ってね」
「はい。凪さんも興味無さ過ぎて怒られないようにしてくださいね」
「大丈夫。もう実力で黙らせたし、授業中は一応大人しくしてるから」
「おぅ……」
どうやら、全国模試一位の力は既に行使された後だったらしい。
とはいえ周囲の授業を邪魔はしてはいないようで一安心だ。
「……まあ、凪さんも頑張ってください」
「ん。頑張ってジッとしてる」
努力の方向が明らかに違うのだが、凪なら仕方ないだろう。
天才も苦労するなと苦い笑みを零し、相変わらず無表情な凪に向き合った。
「それじゃあ凪さん。また後で」
「またね、海斗」
話をしているうちに一年生の階に着いたので別れる。
ほんの少しだけ凪の顔が曇っているのは、海斗と別れるのを惜しんでいるからだろうか。
自意識過剰だなと苦笑を零し、自分のクラスへ向かうのだった。
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