第46話 両手に華?
凪や美桜と遊びに行く日になり、海斗はバイト先である喫茶店に、集合時間よりも早く一人で来ている。
十二時くらいという適当な時間の決め方なので早く着く意味はないのかもしれないが、念には念を入れてだ。
勿論、待ち合わせ場所に使わせてもらうのも含めて、清二には事前に伝えていた。
「うぅ……。凪ちゃんがついに友達と出掛けるまでになったんだね……!」
「……気持ちは分かりますが、少し落ち着きましょう、清二さん。マスターの仮面が剥げてますよ」
勤務時間かつ店に他の客が居るにも関わらず、泣きそうに顔を緩める清二に苦笑を零す。
店長らしい丁寧な言葉遣いも、今は行方不明らしい。
とはいえ、これまで友人がおらず遊びにも行かなかった凪が、高校生らしい事をするのだ。
しかも依頼からの流れで友人になった海斗だけでなく、自ら関係を築いた美桜も一緒に。
面倒を見ている清二としては、感情が抑えられないのだろう。
幸い常連客ばかりなので特に文句は出ていないものの、慌てて清二が表情を取り繕う。
「ま、まあ、何にせよ良い事だね。海斗くんも、僕の教えを覚えてるようで何よりだ」
「知識は詰め込まれましたからねぇ。『女性と出掛ける際は男が先に集合場所に着く事』なんて最初教わった時は役に立たないと思ってましたよ」
海斗が清二から教わった事は、何もバイトに関する事だけではない。
今回のようなマナーや、清二が何故か知っていた若い人のファッションなど、様々な事を叩き込まれている。
なので、凪や美桜と一緒に出掛けても変な目で見られない服装になっているはずだ。あくまで服装は、だが。
いまいち納得が出来ないまま取り敢えず知識を頭に叩き込んだ当時を思い出し、苦い笑みを落とした。
「時代錯誤かもしれないが、デートに男が先に来ていると良い印象を持たれるからね」
「別にデートって訳じゃないですよ。まあ、女性なのは確かですが」
「しかもとびっきりの、ね。いやぁ、両手に華じゃないか」
「華が綺麗過ぎて、側の平凡な俺が浮くんですがねぇ……」
海斗へ親愛の念を向けてくれる凪の前で口にしたくはないが、海斗は凪と一緒に居ても釣り合わない。
それは美桜も同じであり、だからこそ以前まで美桜とは学校で距離を置いていたのだ。
凪がそんなもの関係ないと言わんばかりに学校での距離を縮めてくれたが、劣等感は海斗の胸に
最近の学校では海斗への嫉妬や
はあ、と溜息をつけば、清二が呆れ気味の苦笑を零した。
「自分の容姿を卑下するのは良くないよ。平凡な容姿であっても服装や姿勢で印象は変わる。教えたはずだよね?」
「分かってますし守ってるつもりですが、レベルが違い過ぎますよ」
お世辞で容姿を褒められたとしても、惨めになるだけだ。
だからこそ他の事を良くすべきだという清二の言葉は理解出来るものの、それでも限界はある。
それほどに凪と美桜は美少女なのだと肩を竦めれば、喫茶店の扉が開いた。
「こんにちはー!」
そこには褐色のカジュアルジャケットに黒のパンツと、大人びてはいるが可愛らしさも兼ね備えた服装の美桜が居た。
一瞬で店員モードへと切り替えた清二が、美桜の元へ向かう。
「こんにちは、一ノ瀬さん。海斗くんはもう居ますよ」
「あ、ホントだ。じゃあ私も待たせてもらいますね! それと、カフェオレ一つ!」
「かしこまりました」
まだ集合時間まで少しあるので、飲み物くらいは大丈夫だと判断したようだ。
美桜が海斗の近くに来るのと合わせて、清二が店の奥に引っ込む。
しかし、その途中でくるりと海斗達へ向き直った。
いつも穏やかな表情なのだが、今はその顔に浮かんでいる笑みが黒く見える。
「一ノ瀬さん。海斗くんがさっき容姿を自虐してました。おしおきをお願いしますね」
「らじゃです!」
「は、え?」
唐突な清二の裏切りに呆けた声が出てしまった。
他の客はくすりと笑みを零し、傍観する事に決めたらしい。
いつの間にか、海斗の味方は誰も居なくなっていた。
「全く。凪ちゃん先輩のお陰で、一緒に居るのにそんなの気にしなくてよくなったでしょ? 何自虐してんのよ」
「いや、でもなぁ……」
「もう私に迷惑なんて殆ど掛からなくなったんだから、自虐するのは禁止! いい?」
おそらく、美桜はずっとその言葉を言いたかったのだろう。
可愛らしい顔立ちは、一点の曇りもない満面の笑顔で彩られていた。
こんな笑顔を向けられれば拒否するという選択肢はなく、苦笑しながら頷く。
「分かったよ。今度から気を付ける」
「よし、言質取った。破ったら凪ちゃん先輩に言いつけるからね」
「……流石に怒られそうだから、それは勘弁だな」
海斗の容姿をどう思っているか、凪には聞いた事がない。
普通と言われるのは構わないが、彼女は何故そんなものを気にするのかと不思議がるだろう。
そして釣り合わないという理由を話せば、彼女は間違いなく不機嫌になる。
下手をすると、自分を卑下するなと説教されるかもしれない。
凪の機嫌を斜めにしたくないので、絶対に言わないでおこうと決意した。
話が一段落するのを見計らっていたのか、海斗が肩を竦めたタイミングで清二がカフェオレを持ってくる。
「どうぞ、カフェオレです」
「ありがとうございます! ……そろそろ時間だけど、凪ちゃん先輩来ないね」
「忘れてるって事はないと思うけどなぁ」
昨日、凪の家から帰る時に念を入れて時間と場所を伝えておいたが、彼女は「大丈夫」と言っていた。
その際の表情が心なしか楽しそうだったので、行かないという事はないだろう。
最悪、凪の家の家に行って様子を見ればいい。
もし気が変わって行かないと言われたらどうしようと、不安が鎌首をもたげる。
美桜も同じ気持ちのようで、二人して顔を曇らせていると、喫茶店の扉に付いているベルが来店を知らせた。
「こ、こんにちは」
少し不安そうな声の方を向くと、そこには形の良い眉をへにゃりと下げた凪が居る。
彼女は海斗と美桜の姿を確認し、おずおずと近付いてきた。
これで全員が集合したので、すぐに出掛ける事が出来る。
しかし、凪の服装を見て美桜が固まってしまった。
(そう言えば、凪さんって着心地の良い服しか持ってなかったな……)
凪の家を掃除した以上、彼女がどんな服を持っているか、海斗はほぼ把握している。
どんな服を着ようと個人の自由だし、特に言及するつもりはない。
しかし凪の表情から、彼女が自らの服装に不安を覚えているのは明白だ。
似たような服が大量にあるのは良いとしても、流石にこれは駄目だと思ったのだろう。
何せ、凪の服装は無地のパーカーにジーパンと普通を突き詰めたものだったのだから。
凪の容姿が良いので、これはこれで可愛いと思えるのは救いと言えるのかもしれない。
ただ、その服装に我慢出来ない人が居た。
「……凪ちゃん先輩、服を買いに行きましょう」
「っ!?」
恐ろしい程に真剣な表情の美桜が、凪の肩をがっちりと掴む。
いきなりの接触に凪がびくりと体を震わせたが、美桜はお構いなしだ。
「そんなに可愛いのにパーカーとジーパンは勿体ないです! それが悪だとは言いませんが、素材が、素材が泣いてます!」
「そ、そう、かな……?」
「そうです! とびっきり可愛いのを買いましょう!」
美桜がカフェオレを一気に吸い、凪の手を取って立ち上がる。
どうやら、今回のお出掛けは慌ただしい事になりそうだ。
「カフェオレごちそうさまでした!」
「それじゃあ清二さん、俺も行きますね」
「はい。男の見せ所ですよ、頑張ってきなさい。それと、行ってらっしゃいませ」
成り行きを見守っていた清二が柔らかく微笑み、海斗達を見送るのだった。
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