第136話 久しぶりの緩い雰囲気

 渚と美桜が泊まる事になったとはいえ、海斗達の日課である家の軽い掃除はしなければならない。

 昼から初詣に行ったのもあって今日はまだ終わっておらず、美桜と渚に断りを入れて体を動かし始める。

 海斗がリビングを、凪が自室を掃除し、それが終われば洗濯物の取り込みだ。

 とはいえ海斗が凪の下着を触る光景に、渚と美桜が驚いているのだが。


「……あの、海斗お兄様、流石にそれは駄目なのでは?」

「昔はともかく、今も続けていいの?」

「どうせ洗濯するなら一緒にやればいいって話になったけど、取り込む際に揉めたんだよ。で、じゃんけんの結果俺がやる事になっただけだ」

「そこは海斗が譲るべきじゃ?」

「俺だって下着を見られたくねえっての」


 干した下着を見られるのは、海斗も凪も嫌だ。

 だからこそ、どちらも自分がやるのだと譲らなかった。

 決して独り善がりな行為ではないと肩を竦めれば、二人が呆れた風な苦笑を零す。


「気持ちは分かりますが、お姉様も可哀想に……」

「自分の下着を彼氏に見られるって、相当恥ずかしいだろうなぁ」

「そんな事今更だっての。なにせ――いや、何でもない」


 以前の凪は下着の取り込みどころか次の日の準備すら海斗にさせていたと、口が滑りそうになってしまった。

 流石の美桜も、そこまでは知らないはずだろう。

 慌てて口をつぐめば、美桜が頬を引き攣らせる。


「ちょっと待って、今何を言おうとしたの?」

「黙秘権を行使する」

「それってヤバい事をしてたって証明だよね!? 何してたのさ!?」

「だから秘密だっての。まあ、凪さんが無防備なのも悪かったし、痛み分けって事にしてくれ」


 本当ならばもっと海斗が忠告すべきだったのだろうが、純粋無垢な凪に負けてしまった。

 彼女も当時の事は悔いているので、申し訳ないと思いつつも責任を半分にする。

 二人も凪の無防備さを分かっているからか、特に海斗を責める事はない。


「何というか、ホントに色々あったんだねぇ」

「お姉様が完璧じゃないと思えるようになりましたが、ここまでとは」

「み、みんなうるさい!」


 どうやら、海斗達の会話は自室を掃除していた凪にも聞こえていたらしい。

 勢い良く部屋から出てきた彼女の耳は、真っ赤に染まっていた。

 ちょうどいいタイミングだと、取り込んだ洗濯物を渡す。


「すみません。それと、どうぞ」

「うぅ……。取り込んでくれたのは嬉しいけど、海斗のいじわるー!」


 素直に謝られて感情の行き場が無くなったらしく、凪が海斗を責めながら自室に逃げて行った。

 洗濯物を渡す度に赤面されているし、偶に負け惜しみを吐かれているので、動じる事なく肩を竦めるだけに留める。

 そんな海斗と凪のやりとりを、妹二人が呆れきった目で見つめていた。


「これはもう恋人のやりとりではないような……」

「恋人も婚約者も通り越して、夫婦だよね」

「これで高校生なんですから、驚きですよ」

「二人共、結構言いたい放題言うね」


 現状を招いたのは海斗と凪ではあるが、妹二人の発言はあまりに遠慮がなさ過ぎる。

 思わず海斗も言い返せば、盛大に溜息をつかれた。


「良い信頼関係を築いているのは分かりますが、こんなの小言を言いたくもなりますよ」

「そうそう。目の前でいちゃつかれて、もうお腹いっぱいだよ」

「いやまあ、すまん」


 渚の恋愛事情は分からないが、博之と桃花が常日頃からいちゃついているみたいだし、美桜も男女関係で苦労しているのだ。

 文句の一つくらい言いたくなるのも無理はない。

 気恥ずかしくて頬を掻きながら謝罪すれば、仕方がないなあという風に笑われる。


「悪い事じゃないんだけどね。ま、お幸せに」

「ですね。お姉様も何だかんだ楽しそうですし」

「助かるよ」


 物分かりの良い妹を持てて幸せだと、胸を撫で下ろすのだった。





 部屋を軽く掃除した後は晩飯の買い物という事で、近くのスーパーに向かった。

 四人分の食材を買わなければいけないので、誰か一人助っ人をお願いしたのに何故か全員が居る。

 とはいえ、誰が海斗と行くかで揉めそうになっていたので、これで正解なのだろう。

 そしてスーパーの中では、美桜と渚が仲良く手を繋いで食材を見繕っている。


「渚ちゃん、カレーの肉は鳥? それとも牛? なんなら豚でもいいけど」

「牛肉がいいです!」

「それじゃあ肉たっぷりのビーフカレーにしよっか!」

「はい!」


 物怖じしない性格の二人だからか、既に姉妹と思える程に仲良くなっていた。

 勝手に献立を決められているものの、特に否定する理由もなく、凪と一緒に買い物かごを持つ。


「凪さんはビーフカレーでいいですか? ちょっと前に食べましたけど」

「うん。海斗の料理はどれも美味しいから、何でもおっけー」


 投げやり気味ではあるが、海斗の料理への絶対の信頼があるからこその言葉に胸が温かくなる。

 今日の料理も頑張ろうと意気込んでいると、食材を持った渚が近付いてきた。

 

「これもいいですか、お兄様?」

「ああ。四人分だから、多めに買っても大丈夫だよ」

「ありがとうございます! 家に帰ったら料理のお手伝いをしますね!」

「それは私がやるから大丈夫。渚は休んでて」


 最近は凪と一緒に料理を作っているので、今日もそのつもりなのだろう。

 凪の協力さえあれば、四人分の食材もあっさり調理出来るはずだ。

 感謝を示そうとすると、渚が顔を曇らせる。


「お兄様と一緒にご飯を作りたかったのに……」

「ダメ、こればっかりは譲らない」

「お姉様だけ狡いです! 私が手伝ってもいいでしょう!?」

「手伝いは私一人で十分。三人で料理するのはむしろ大変になる」


 凪は絶対に譲りたくないようで、妹相手に一歩も引かない。

 割と子供っぽい態度ではあるが、それほどまでに海斗と作業したいのが分かって頬が緩む。

 そして渚の想いは嬉しいが、凪の言う通りキッチンに三人も居ては逆に不便になるだろう。

 凪を否定出来ずに成り行きを見守っていると、姉妹が喧嘩しだした。

 本気で怒ってはいないようなので好きにさせていると、今度は美桜が近付いてくる。


「美少女二人に取り合いされるなんて、モテモテだね海斗」

「嬉しい事は嬉しいけど、こういう時にあの二人は反りが合わないんだよなぁ」


 現在の海斗の立場は、他の男性から見れば喉から手が出る程に欲しいものなのだろう。

 しかし実際に経験してみると、どちらにも気を遣う難しい立場だというのが分かった。

 二人は喧嘩する事で納得してくれるので、海斗に掛かる負荷が少ないのは幸いと言える。

 気の済むまで喧嘩させようと思っていると、ふと疑問が浮かんだ。


「美桜は入らないのか?」

「え? そうだなぁ、海斗が私と料理したいなら入ってくるけど?」

「……いや、辞めてくれ。お前が入ると絶対引っ掻き回す」


 にんまりとした笑みを浮かべながらの美桜の問い掛けに、失敗を悟って頬を引き攣らせる。

 すると、ぱしりと背中を軽く叩かれた。


「よく分かってんじゃん。ま、そういう事だよ。頑張ってあの姉妹の相手をしなさいな」

「はいはい。精一杯やらせてもらいますよ」


 兄妹になってから初めての、二人きりでの軽い会話。

 緩い雰囲気が懐かしくて、まだ美桜とこんな会話が出来るのが嬉しくて、海斗の顔が笑みを形作るのだった。

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