第135話 波長の合う妹二人
渚の用意が済んでから、西園寺家の人達に連れられて家具店に向かった。
当然ながら海斗の布団を買う為であり、全員が真剣に悩んでくれたのは嬉しい。
海斗の遠慮も虚しく「良い物を!」と意気込んでいたのには溜息をつきたくなったが。
何にせよ海斗の布団は無事に買い終わり、凪のマンションへと博之に送ってもらう。
段ボールに入った布団を博之と運びつつエントランスに向かえば、そこには私服姿の美桜が居た。
一度荷物を床に置けば、美桜がへらりと軽い笑みを浮かべる。
「やっほ、海斗、凪ちゃん先輩」
「よう、美桜」
「こんにちは」
会うのは美桜が海斗の妹だと判明した時以来だが、海斗達の間には気まずい空気はない。
軽く挨拶を済ませた美桜は、次に博之や桃花、渚へと視線を合わせた。
「海斗の妹の、一ノ瀬美桜です。これから海斗と一ノ瀬家の連絡役になりますので、よろしくお願いします」
先程までの軽い態度を止め、深く頭を下げる美桜。
礼儀正しい姿に、博之と桃花の顔が綻んだ。
「こちらこそよろしくお願いするよ」
「海斗くんの妹なら、私の娘という事ね。子供がいっぱい出来て嬉しいわぁ」
「あ、ありがとうございます……」
あっさり受け入れられたり身内認定されると思わなかったのか、美桜が珍しく頬を引き攣らせる。
そんな美桜に博之が頬を緩め、再び布団に触れた。
「ここで話をするのも何だから、まずは上がろうか。それじゃあ行くよ、海斗くん」
「了解です」
博之と息を合わせて布団を持ち上げ、エレベーターへと向かう。
歳の離れた男性と共同作業をしていると、博之が本当の父親のように思えてきた。
海斗達の後ろを、女性陣が着いてくる。
「久しぶり、渚ちゃん。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします、美桜姉様!」
「いつの間にか二人が知り合ってた……」
「まあまあ、細かい事は言いっこ無しで。それより、あれってもしかして海斗の布団ですか?」
「そうよぉ。折角だし、良い物が使って欲しいと思ってねー」
「本当ならこちらが用意しなければいけないのに、すみません」
「私達が勝手にやった事だし、気にしないでいいのよ」
「ありがとうございます」
元々渚と顔見知りだった事もあってか、美桜は桃花とも話を弾ませ、あっさりと仲良くなった。
女性四人が
おそらく、彼は家で似たような思いを味わっているのだろう。
その証拠に、海斗と視線を合わせた博之は諦めたような苦笑を浮かべていた。
そのまま海斗達は会話に混ざる事なくエレベーターを上がり、凪の家に入る。
荷物を置いて、全員でテーブルを囲った。
「改めて、これから何かあれば海斗伝いに私へ話していただけたらと思います。まあ、父に連絡しても構いませんけど」
「それじゃあ遠慮なく頼らせてもらおうかな。引っ越しの件は――」
美桜と博之が、これからの事を軽く打ち合わせしていく。
とはいえ、内容的には既に決まっている事の確認のようなものだ。
また、海斗の引っ越しの日程も決まったようで、一週間後らしい。
そんなに急な引っ越しが許されるのかと思ったが、一ノ瀬家が決めたのなら海斗に拒否権はない。
黙っているとその他の話もすぐに纏まり、博之と桃花が帰るべく席を立つ。
すると美桜も立ち上がり、真剣な表情で博之達を見つめた。
「海斗の――兄の事、どうかよろしくお願いします」
最初に挨拶した時よりも深く、背筋を伸ばして美桜が頭を下げる。
一ノ瀬家に西園寺家との繋がりとして利用される海斗を、心配してくれているのだろう。
それが友人としてなのか、妹としてなのかは分からないが。
真っ直ぐなお願いを受け、博之と桃花が大きく頷く。
「勿論だとも。海斗くんはもう私の息子も同然だからね」
「絶対に以前のような生活はさせない。約束するわ」
「……本当に、ありがとうございます」
もう一度美桜が頭を下げ、再び上げた時には、普段の緩い笑みを浮かべていた。
この話は終わりという美桜の態度を汲み取ったのか、博之と桃花が海斗達に手を振る。
「それじゃあね。あんまり危ない事はしないように」
「はしゃいでもいいけど、他の人に迷惑を掛けないようにね」
いかにも親らしい言葉を残し、二人が帰っていった。
見送りは必要ないとの事だったので、凪が玄関に鍵を掛けてすぐに戻ってくる。
「「「「……」」」」
話題が見つからず、リビングが沈黙で満たされた。
全員が初対面という訳ではないが、何となく気まずい。
しかしそんな空間が我慢できなかったらしく、美桜が「いやー!」と嬉しそうな声を上げた。
「ついに私にも妹が出来ちゃったかー!」
「お前は一体何を言ってるんだ」
美桜の明るい雰囲気は有り難いが、内容に脈絡がなさ過ぎる。
思わず辛辣な突っ込みをしてしまったが、美桜はきょとんと首を傾げるだけだ。
「え? だって海斗が凪ちゃん先輩と婚約するって事は、渚ちゃんが海斗の妹になるんでしょ?」
「まあ、そうなるな」
「つまり、渚ちゃんは私の妹でもあるって事。おっけー?」
「否定はしない」
兄の婚約者の妹、というのが美桜から見たらどんな立場になるのかは分からないが、少なくとも妹とは呼べるかもしれない。
一応の納得を示せば、美桜が渚へと手を広げた。
「ほら渚ちゃん、新しいお姉ちゃんだよ!」
「私にお兄様だけでなく、新しいお姉様まで! 最高です!」
意外とノリがいいのか、それとも本当に新しく出来た姉を嬉しがっているのか。
渚が顔を綻ばせ、美桜に抱き着いた。
妹と妹が抱き合う光景は美しいものの、それを見ている凪が僅かに首を斜めにする。
「……もしかして、私の立場が奪われた?」
「いやいや、流石にそんなつもりはないですって。一緒に渚ちゃんを可愛がればいいじゃないですか」
「ん……。まあ、確かに」
ほんのりと顔に焦りを浮かべた美桜の説明を受け、凪は一応納得したらしい。
渚はというと、美桜の母性の塊に思いきり顔を擦り付けている。
ぐにぐにと動くのが艶めかしくて、そっと視線を逸らした。
「美桜姉様も泊まるんですよね?」
「そうそう。渚ちゃんもみたいだし、いっぱい遊ぼうね」
「はい!」
以前からそうだったが、明るい今時の高校生に見える美桜と清楚で可愛らしさのある渚は、見た目に反して波長が合うようだ。
家主とその彼氏そっちのけで盛り上がる妹二人に、凪と視線を重ねて苦笑を零す。
「妹が居るって何か不思議な感覚ですね。滅茶苦茶はしゃいでますし」
「私も似たような経験をしたから、海斗の言いたい事は分かる。まさか渚がここまで美桜に甘えるとは思わなかったけど」
これまであまり接点の無かった美桜と渚が仲良くなるのは嬉しいのだが、穏やかなお泊り会にはならないだろうと思うのだった。
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