第134話 海斗の布団
初詣の最中に告白した結果、海斗と凪はついに恋人となった。
既に許嫁となっていたのでちぐはぐではあるが、ケジメとしてだ。
そして告白後はこれまでと同じように凪と手を繋いで神社を軽く回り、入り口で博之達と合流する。
「さてと、それじゃあ帰ろうか」
「はい。ありがとうございました」
初めての初詣がこんなに素晴らしい人達と行えたのは、本当に良かった。
送ってくれる博之に深く感謝し、ファミリーカーに乗ってまずは西園寺家へ。
着物は西園寺家で管理するとの事で、海斗も含め全員が私服へと着替えた。
リビングに集合すると、凪が「あ」と声を発する。
「さっき美桜から連絡があって、一度お父さん達に挨拶しておきたいって言ってた」
これから美桜が海斗と一ノ瀬の連絡役になるので、信頼関係を築いておきたいのだろう。
本来ならば海斗が伝えるべきなのだが、美桜の連絡先を持っていないので凪に連絡したようだ。
申し訳なくて目だけで謝罪すれば、凪が小さく首を横に振った。
「なら凪達を送るついでに顔合わせをしよう。二時間後に凪のマンションの前に集合と美桜さんへ伝えてくれないかい?」
「分かった。それと、私の家に泊まってもいいかって」
「勿論。美桜さんは海斗くんの妹だし、凪の友達なんだから、これからは凪や海斗くんの判断で良いよ」
「分かりました」
「分かった」
折角海斗や凪に会うのだから、美桜は博之達との顔合わせだけで終わらせたくないのだろう。
もう美桜が海斗の妹なのは周知の事実なので、説明が不要なのは有り難い。
あっさりと泊まる許可が出たどころか判断が委ねられたのは異常な気がするが、海斗と美桜の間で間違いは絶対に起きないのだ。
その点を考えて、博之は海斗達に任せてくれたらしい。
博之の言葉に凪が頷き、スマホを操作し始める。
その後、美桜がマンション前で集合する事を承諾した段階で、渚が「あの!」と声を上げた。
「わ、私もお姉様の家に泊まりたいです! いいでしょうか?」
美桜の泊まる許可が出たのだからと便乗したのか、単に羨ましくなったのか。
渚の可愛らしい顔立ちには、緊張と期待が表れていた。
以前から泊まりに来て良いと凪も海斗も言っていたので、こちらとしては渚の提案を断る理由はない。
しかし、あくまで決定権は博之と桃花の二人にあるのだ。
何かあればフォローすると決意して、博之達の顔色を窺う。
海斗の心配は無用だったようで、二人の顔は喜色に染まっていた。
「ああ、いいよ。楽しんできなさい」
「四人でのお泊りだなんて、ちょっとしたイベントよねぇ。いっぱいお姉ちゃんたちと遊びなさいね」
「ありがとうございます!」
別居しているとはいえ家族の家に泊まるのだから、何の制約も要らない。
そんな態度の博之と桃花に頬を緩めると、博之からちらりと視線を向けられた。
娘達を頼む、という風な真剣な目をされ、ただ一人の男としてしっかりしなければと意気込む。
その証明として頷きを返せば、満足そうに博之が笑んだ。
「それじゃあ渚は泊まる用意をしてきなさい」
「はい!」
渚が元気よくリビングを出て行き、階段で二階へと上がっていく。
娘が去ったのを確認して、博之達が頭を下げた。
「勝手に決めてすまないね。問題はあるかな?」
「いえ、特には。むしろ、俺も凪さんも渚に泊まって欲しいと思ってましたから」
「なら良かった。でも、四人になるんだ。足りない物はないかい?」
「足りない物、ですか……」
凪の家は海斗の家よりもかなり物があるので、足りない物はなかったはずだ。
そう思って口を開こうとしたのだが、先に凪が「それなら」と声を響かせた。
「布団が欲しい。四人で私のベッドを使うのは流石に無理」
「そうか。凪は来客用の布団を持ってなかったんだっけ」
「……そう言えばそうでしたね」
凪のベッドは二人で寝ても十分にスペースはあるのだが、高校生三人に小学生一人は寝られない。
ただ、凪や渚と一緒に寝るのは良いが、いくら実の妹とはいえ美桜と海斗が一緒に寝る前提だったので、つい突っ込みそうになってしまった。
明らかにおかしいはずなのに、博之も桃花も特に指摘せず話を続ける。
「なら買おうか、渚の準備が出来てから買いに行っても、集合時間には十分間に合うだろう」
「ありがとう、お父さん。あ、でも買う布団は海斗用にするつもりだから、良い物を買いたい」
「はい!?」
突然海斗の名前が出て来て、悲鳴のような声が出てしまった。
どういう事なのかと凪に視線を向ければ、彼女が不満そうな顔をして腰に手を当てる。
「今は私と一緒に寝てるけど、万が一の為に布団は必要でしょ?」
「……いや、まあ、そうかもしれませんが」
桃花には既に凪と一緒に寝ているのを知られているが、博之は知らなかったかもしれない。
流石に怒られるかと思って顔色を窺うと、微笑ましそうに目を細めていた。
許されて良かったと安堵するが、同時にあっさり許し過ぎではと心配にもなる。
とはいえここで話を脱線させたくはなく、海斗を信頼しているからと思う事にした。
「でも、布団は引っ越しの時にアパートから持って来るつもりでしたよ?」
「海斗には悪いけど、あれは使わせられない。もっときちんとしたものを使うべき」
「薄っぺらいですから、否定出来ないですねぇ……」
凪にしては珍しい拒絶だが、海斗自身が今使っている布団はみすぼらしい物だと自覚しているので否定出来ない。
とはいえ、海斗だけが使うなら買う必要はないと思っていたのだが。
苦笑と共に肩を落とせば、博之がパンと手を叩いた。
「それならきちんとした物を買わないとね。本当ならベッドが良いとは思うけど、流石に今すぐ準備は無理だから、我慢してくれると助かるよ」
「我慢するものじゃないと思いますが。それと、もしかしてお金は……」
「当然僕が出すよ。桃花、構わないよね?」
「ええ。むしろ博之さんが言わなかったら私が言い出してたわ」
どうやら着物だけでなく、布団も買ってくれるらしい。
いくら息子扱いをしてくれるとしても、あまりに申し訳ない。
頭を下げようとしたのだが、手で遮られた。
「謝罪は受け取らないよ。これは当然の事なんだから」
「遠慮するのは駄目だからね?」
「わ、分かりました。でも、安いものでいいですからね」
西園寺家の人達に任せると、たかが布団でも高い物を買うだろう。
今回は四人で泊まる事による寝床の確保だが、その後は海斗の布団になるのだ。
高級なものなど必要ないし、気後れしてしまう。
しかし、海斗の言葉に三人が勢い良く首を振った。
「「「それは駄目」」」
「………………ハイ」
海斗の寝具なのに、海斗の意見は取り入れてくれないらしい。
諦めの境地で頷く海斗だった。
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