第133話 今年だけではなく
凪と共に神社を見回る事になったが、まずは腹ごしらえとの事で屋台のエリアに来た。
近くに寄らずとも、肉やとうもろこし等の焼ける良い匂いが鼻腔を突く。
参拝の時から感じていた空腹感が一段と強まり、屋台の料理が全てご馳走に思えてしまった。
凪も似たようなものだろうと様子を窺えば、彼女の瞳がぎらついた欲望に染まっているのが見える。
「…………あぅ」
欲望はあまりにも正直だったらしく、彼女の腹が海斗にも聞こえるくらいに鳴った。
流石に恥ずかしいようで、白磁の頬が朱に染まる。
「これは生理現象だから、仕方ないの」
「分かってますよ。それじゃあ適当に食べますか」
言い訳をする凪が微笑ましく、海斗の唇が弧を描いた。
弄ると不機嫌になると判断し、凪の手を引いて歩き始める。
残念ながら思いきり表情に出ていたせいで、凪にぽすりと軽く腹を殴られたのだが。
「何か、子供扱いされてる気がする」
「そんな事ありませんって。ほら行きますよ」
「……むぅ」
笑みを浮かべながら誤魔化すと、凪が不機嫌そうに唇を尖らせた。
しかしその表情は屋台が目前に来た事であっさりと崩れる。
「焼き鳥、美味しそう……」
「ならこれにしますか。すみませーん」
着物姿の凪は勝手に周囲の視線を集める程の美少女だが、食べ物の趣向はいつも通りの肉料理好きだ。
そのちぐはぐさが可愛らしくて小さく笑みを落としつつ、焼き鳥を買う。
何本か買った内の一つを凪に手渡せば、アイスブルーの瞳が輝いた。
「いただきます!」
待ちきれないとばかりに凪が焼き鳥にかぶりつき、満足げな笑みを浮かべる。
愛らしい姿に、通りすがりの男子達の視線が引き付けられた。
胸に靄のようなものが沸き上がり、ほんの少しだけ凪との距離を詰める。
「店の前に居続けるのも何ですし、移動しながら食べましょうか」
「ん」
海斗へ信頼の目を向ける凪に、男子達が面白くなさそうに目を細めた。
ついでとばかりに嫉妬の視線を向けられたが、その原因は海斗にあるので甘んじて受け入れる。
そして屋台を見回りながら、凪が焼き鳥を食べてはその串を回収し、代わりに手に持っていた焼き鳥を渡していく。
海斗も一緒に食べていたのもあるが、あっという間に焼き鳥はなくなった。
「お肉は満足。甘い物が食べたい」
食べ物に変化は欲しいがまだまだ食べ足りないようで、今度は凪が海斗を引っ張る。
すると、彼女が一つの屋台の前で立ち止まった。
「あれがりんご飴なんだ……」
「知ってはいるんですね」
「うん。本を読んでると偶に出て来る」
凪はラブコメ系の小説も読むので、おそらくそこでりんご飴が出たのだろう。
とはいえ、凪のこれまでの生活や先程の発言からすると、実物を見るのは初めてらしい。
澄んだ蒼の瞳が興味の色に染まり、ジッとりんご飴を見つめている。
こんな姿を見て、買わないという選択肢はない。
「すみません、りんご飴ひとつ」
「あいよ!」
海斗の注文に店員が気の良さそうな声を上げ、すぐにりんご飴を用意してくれた。
屋台があるエリアの端に向かいつつ凪に手渡せば、無邪気な笑顔が海斗へと向けられる。
「ありがとう、海斗。いただきます!」
凪がりんご飴に勢いよくかぶりついた。
とはいえりんごはかなり大きく、水飴で覆われている。
そのせいで、瑞々しい頬に水飴がついてしまっていた。
「ん。ちょっと食べ辛いけど、これはこれでいい」
「それならいいんですけど、ちょっと失礼しますね」
薄く化粧をしているだけなので、多少頬を
そう思ってハンカチで水飴を拭き取ると、何をされたのか理解したのか、凪が恥ずかし気にはにかんだ。
「ごめんね、海斗」
「いえいえ。でも、折角おめかししてるんですから、気を付けてくださいね。まあ、元々綺麗なんですけど」
「はぅ……」
決して化粧で綺麗になっているだけではないと褒めれば、凪が頬を朱に染めて顔を俯ける。
頭を撫でたくなってしまったが、周囲からの嫉妬と生温かい視線を感じ、流石に自重した。
代わりとして可愛らしい凪の姿を眺めていると、目の前にりんご飴が突き出される。
「ん」
「いいんですか?」
「ん!」
何をしたいのかなど、わざわざ質問する必要はない。代わりに確認を取れば大きく頷かれた。
おそらく海斗にもりんご飴を食べさせて、似たような思いをさせるつもりなのだろう。
一応、凪が食べた場所とは別の所を食べるつもりだが、いつかは間接キスになってしまう。
それを分かってるようで、凪は耳まで真っ赤になっていた。
「ならいただきますね」
凪からりんご飴を受け取り、頬に水飴が付かないようにかぶりつく。
初めて食べたりんご飴は、甘ったるい味だった。
すぐに凪へと返せば、不満なのか彼女が子供っぽく頬を膨らませて海斗の肩を叩く。
「かいとは、ずるい」
「そんな事を言われましても」
凪に水飴を拭ってもらうのも悪くはないが、こういう時は男性が女性を世話するべきだろう。
可愛らしい抗議を流し、頬を緩めた。
流された事で不貞腐れた凪だが、再びりんご飴食べ始める。
当然ながらりんご飴には海斗の歯形が残っており、間接キスをしそうになると、凪が顔から火が出そうな程に照れたのだった。
りんご飴を食べて腹ごなしを終えた海斗達は、再び神社の本殿近くに来ていた。
そして、すぐ傍にあるおみくじを凪と一緒に引いている。
「今年の運勢はどうかな?」
「大吉だったら嬉しいですねぇ」
海斗は神様を信じていないだけでなく、おみくじも信じていない。
しかし、ここで水を差すのはあまりに無粋だろう。
凪の運勢が良いのならそれで構わないと思いつつ、引いたおみくじを広げる。
そこには大吉と書いてあった。
「……珍しいもんだ」
詳細を見れば恋愛は成就し、順風満帆な一年になるとの事らしい。
過去の運勢に関しては物申したいが、今年に関しては素直に喜ぶべきだろう。
とはいえ、口から出たのは皮肉たっぷりの言葉だったが。
「海斗も大吉なの!? おそろいだね!」
どうやら凪も大吉だったらしく、満面の笑みを浮かべながら海斗の手を掴んだ。
両方が大吉だったとはいえ、これでおみくじを信じるようにはならない。
けれど凪が喜んでいるのだから、これだけでも大吉だったかいがあった。
頬を緩めつつ、凪に引っ張られるようにして近くの木におみくじを結ぶ。
「これでばっちり。改めて今年もよろしくね、海斗」
ただ、彼女の言葉を少し訂正したい。
その為に凪の両手を海斗の両手で包み込み、澄んだアイスブルーの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「今年だけじゃなくて、これからもずっとよろしくお願いします。その……」
おみくじは今年一年の運勢を占うものであって、それ以降の事は何も分からない。
場の空気には合っていないのかもしれないが、それでも、だからこそ海斗の想いを伝えたいと思った。
緊張に心臓の鼓動が大きく弾む中、つっかえそうになる口を必死に動かす。
「大好きですよ。凪さん」
本当は、利華と縁を切った昨日の時点で伝えるべきだったのだろう。
けれど、縁を切ってすぐに伝えるのは気が引けたし、その後は一緒にお風呂に入ったり、凪に抱き締められながら寝てしまった。
流石に告白出来る状況ではなかったが、ずるずる状況に流されるのは良くない。
意を決して好意を口にすると、凪は全く予想出来なかったようで、大きく目を見開いた。
「……え?」
「遅くなってすみません。もう、俺も言葉に出来ますよ。改めて、これからもよろしくお願いします」
「うん。…………うん!」
凪が海斗の言葉に何度も頷き、瞳を潤ませる。
海斗の気持ちが分かっていたとはいえ、やはり言葉にされると違うのだろう。
溢れんばかりの歓喜を宿した笑みを、凪が浮かべた。
「私の方こそ、これからもよろしくね!」
結局海斗は一ノ瀬家の恩恵を受けたし、海斗自身に出来る事は凪と一緒に過ごすくらいだ。
けれど凪の傍に居る為に努力し続けると、彼女の笑みに改めて誓う。
周囲からの興味の視線を跳ねのけ、しっかりと凪と指を絡ませ合って歩き出すのだった。
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