第132話 新年の抱負

 凪の家を出てから博之の車に乗り、近くにあるそれなりに有名らしい神社に着いた。

 西園寺家の所有する車なのでとんでもないものかと思っていたが、普通のファミリーカーのようだった。

 なので肩身の狭い思いをする事はなかったものの、普通の車に見えて実は高級だった、というのが有り得る。

 怖いので自分から聞こうとは思わず、車の事を忘れて目の前の光景を眺め、溜息を落とす。


「三が日を過ぎても、滅茶苦茶多いなぁ……」


 人が多くないタイミングで初詣に行きたいと思って、三が日を外したのだ。

 なのに、視界は人で溢れている。

 凪も同じ気持ちのようで、隣で肩を落としていた。


「多分これでも少ない方だし、こればっかりは仕方ないよ。取り敢えず参拝しようか」

「はい。それじゃあ凪さん、お手を拝借です」

「ん」


 博之の言葉に気を取り直し、凪と手を繋いで神社へと足を踏み入れる。

 目の前では博之と桃花が指を絡ませて手を繋いでいるので、あまり恥ずかしくない。

 それに、こんな場所ではぐれてしまえば、合流が大変どころか凪が間違いなくナンパされるだろう。

 周囲から嫉妬の視線が向けられるかもしれないが、その程度で凹むような心ではなくなった。

 嬉しそうにはにかむ凪と共に、背をしゃんと伸ばして博之と桃花に着いて行こうとする。

 そんな海斗の空いた手を、小さく柔らかいものが掴んだ。


「では、こちらは私がいただきます!」


 少し幼く、楽し気な声を誰が発したのか、わざわざ確認するまでもない。

 しかし手を掴まれるとは思っておらず、内心で驚きながら声の主に視線を向ければ、渚が楽し気に笑んでいた。


「いいですよね、お兄様?」

「勿論。逸れると大変だからね」


 小学生低学年ではあるが、渚も凪と同じく美少女なのだ。万が一があってはならない。

 それに、目の前で父と母にいちゃつかれると、間に入るのも気まずいのだろう。

 海斗と凪も似たようなものだが、親よりは頼りやすいのかもしれない。

 何にせよ断るつもりなど微塵もなく、笑顔で渚を受け入れた。


「ありがとうございます、お兄様!」


 天真爛漫てんしんらんまんな笑みは、頭を撫でたくなる程に愛らしい。

 しかし、渚も着物を着ているだけでなくおめかししているので、流石に控えるべきだ。

 そもそも海斗の両手は西園寺姉妹に繋がれているので、撫でるに撫でれないのだが。

 渚の姿に頬を緩めていると、最初に繋いだ手の力が僅かに強まる。


「……渚」

「お姉様には申し訳ありませんが、今回ばかりは許してください」


 凪の低く短い言葉での抗議を受け、渚が頭を下げた。

 言葉こそ素直な懇願ではあるが、渚の瞳は楽し気に細まっている。

 明らかに凪を揶揄っているのが分かるものの、かといって放り出す訳にもいかない。

 それを凪も分かっているからか、大きな溜息を落として肩を竦めた。


「分かった。でも、海斗の一番は私だからね」

「当然じゃないですか。一番を奪うつもりはありませんし、奪えるとも思ってません」


 じとりと目を細めた凪の発言に、渚が心外だとばかりに唇を尖らせる。

 姉を揶揄いたいとはいえ、流石に怒られたくはないらしい。

 ある意味仲の良い、けれどもほんの少しだけ刺々しい姉妹のやりとりに苦笑を零し、二人の手を軽く引く。


「博之さんと桃花さんに置いてかれそうですし、行きますよ」

「うん」

「分かりました」


 美少女二人と手を繋いで初詣など、あまりにも恵まれ過ぎている。

 とはいえ、周囲の男性から突き刺さる程に強い視線を向けられているので、素直に喜べないのだが。

 それでも両手を離すつもりはなく、三人でゆっくりと歩き出すのだった。





 博之達に追いついてから参拝の列に並び、ようやく海斗達の番となった。

 賽銭さいせんを入れてから凪や渚と一緒に鈴を鳴らし、二回お辞儀をしてから二回拍手する。

 あまり褒められたものではないが、海斗は神様は居ないと思っているし、願いなど聞き届けられなくて当たり前だと思っている。

 もし居るのなら、海斗のこれまでの生活はとっくの昔に改善されていただろうから。

 なので、目を瞑って頭の中で今年の抱負を述べる。


(俺に出来る事をやる。凪さんの隣に居る為に)


 多くのものは望まない。ただ、凪の隣に居られたらいい。

 その為に実の母と縁を切り、実の父を利用したのだ。

 ならば、海斗は何をしてでも凪の隣に居なければ。

 参拝にしては夢がないなと自虐しつつ目を開ける。

 ちょうど凪や渚も目を開けたので、すぐに神前から退いた。


「海斗は何を願ったの?」

「願ったというよりは、これからも頑張るって意気込んだだけですね」

「海斗は頑張ろうとすると抱え込んで無理するからダメ」

「いきなり今年の抱負が打ち砕かれたんですが……」


 許嫁からのまさかのダメ出しに、がっくりと肩を落とす。

 とはいえ海斗を心配しているからこその言葉だと分かっているので、それほど傷付いてはいない。

 凪はというと、不満げに唇を尖らせていた。


「頑張るなら一緒に、楽しむのも一緒に、だよ。分かった?」

「……はい」


 決して一人ではないのだと宣言する凪が眩しくて目を細める。

 すると、すぐ傍で小さな溜息が聞こえた。


「お姉様とお兄様は、すぐにお父様やお母様みたいになるでしょうね……」


 目の前でいちゃつかれて、居た堪れなくなったのだろう。

 渚の言葉には嬉しさや微笑ましさが混じっていたが、それよりも呆れの感情が大きかった。

 流石に気まずくて頬を掻く海斗とは反対に、凪は嬉しそうに頬を緩める。


「そうなれたらいいな」

「……お姉様は手強いですねぇ」


 全く動じない凪の姿に、渚が嘆息した。

 小学生低学年の妹に苦笑される高校生の姉、というのも不思議な光景だが、これはこれで微笑ましい光景だ。

 何はともあれ参拝は終わったので、これからどうするのだろうかと博之と桃花を探す。

 すると、二人はすぐ近くで海斗と凪を見ており、微笑ましそうに笑んでいた。


「さてと、これからちょっとだけ自由行動にしようか。昼に出たし、お腹も空いてるだろう?」


 海斗と凪のやりとりにあえて突っ込まず、博之がこれからの方針を提案した。

 それなりに有名な神社だからか、境内は広く屋台もやっている。

 昼飯をまだ済ませていない事もあり、確かに腹が減っていた。


「はい」

「ん。お腹減った」

「よし。じゃあ一時間後に神社の入り口で落ち合おう。渚はこっちだよ」

「分かりました」


 どうやら海斗と凪を二人きりにしてくれるらしく、渚が博之と桃花の元へ向かう。

 明らかに気を遣われているのが分かって小さく会釈をすると、博之は柔らかく目を細めて桃花と渚の三人で人込みの中へと歩いていった。


「それじゃあ俺達も行きますか」

「ん!」


 再び手を差し出せば、着物姿の凪が楽し気に頷いて指を絡ませてくれる。

 きっと良い時間になると胸を弾ませ、凪と共に歩き出すのだった。

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