第131話 宣誓
利華との縁を切ってから一夜が明け、博之達が凪の家に来た。
初詣の迎えではあるのだが、何故か海斗と凪が着替えさせられている。
「いつの間に俺の着物なんて用意してたんですか?」
「前回海斗くんが家に来てからに決まってるじゃないか」
「因みに、何でサイズがぴったりなのかは?」
「清二さんの喫茶店で働いている時点で、筒抜けだと思わないかい?」
「そういう事ですか……」
どうやら、喫茶店の制服から海斗の服のサイズを割り出したらしい。
プライバシーという程のものではないので知られているのは構わないが、既に準備されているとなれば、受け取らないという選択肢がなくなってしまう。
用意してくれた嬉しさはあるものの、それでも申し訳なさの方が大きくて深く頭を下げた。
「用意していただいてすみません。この代金は必ず払います」
「息子の着物を用意するのは親の役目だろう? お金なんて気にしないでいいんだよ」
「……息子、ですか」
包容力のある笑みと共に告げられた言葉は、今まで一度も向けられた事がないものだった。
どう反応すればいいか分からずに苦笑すると、博之の骨ばった手が海斗の頭に伸びて来る。
どこまでも優しさに溢れた撫で方に、目の奥が痛くなった。
「そうだとも。もう海斗くんは僕の家族だ。何も遠慮しなくていいし、お金を用意されても受け取らないからね」
「ありがとう、ございます」
これぞ父親という態度に、もう一度深く頭を下げる。
すると博之が仕方ないなあという風に頬を緩め、海斗の着付けを再開した。
これから家族になる人に着付けをしてもらうのは罪悪感があるものの、一人では出来ないので甘えさせてもらう。
「正直な事を言うと、息子が欲しかったんだよ」
「娘が二人も居るのに、どうしてですか?」
「その……。別に嫌いだったり後悔してる訳じゃないんだけど、男一人だとどうにも肩身が狭くてね」
西園寺の家長だし、実際は行動力があるのだろうが、博之の性格だと娘である渚や妻の桃花には普段頭が上がらないようだ。
気恥ずかし気に苦笑する博之の姿に、親近感が湧く。
「凪さんはこっちで暮らしてますけど、三対一ですからね」
「そうなんだよ。だから同じ男同士、気兼ねない関係で居たいな」
「まあ、出来る限りやってみます」
すぐに博之を父のように思うのは無理だが、いつかは父と息子の関係になりたい。
玉虫色の返答だったものの、それでも前向きに考えた事が伝わったようで「三人には内緒だよ」と言って博之が笑った。
「さて、着付け終わりだ。それじゃあ凪を待とうか」
「はい」
初めての着物は落ち着かないが、それでもソファに座ってジッと凪の着替えを待つ。
それほど時間が経つ事なく、凪の自室の扉が開いた。
涼やかな声が、海斗の耳朶を打つ。
「お待たせ、海斗」
「いえいえ、待ってませ――」
ソファから立ち上がって凪の姿を見た瞬間、海斗の思考がフリーズした。
淡い紫色の着物は銀色の髪やアイスブルーの瞳と完璧に調和しており、まるで芸術品のようだ。
雪のように白い頬が薄い化粧で彩られているのも、そう思う理由の一つだろう。
ただ姿を見ているだけでも、心臓の鼓動が早くなる。
「海斗、どうしたの?」
「い、いえ、何でもありません。綺麗ですよ、凪さん」
折角着物に着替えたのだ。男として、婚約者として、感想を述べるべきだろう。
博之や桃花、渚に見られており羞恥が沸き上がるが、それでも凪を褒めた。
突然の海斗の賞賛に、凪の頬が一瞬で赤く染まる。
「そ、そう。……ありがと」
「どういたしまして」
「それと、海斗もかっこいい、よ」
「…………ありがとうございます」
はにかみながらの誉め言葉は、とてもお世辞だとは思えない。
あっさりと羞恥に限界が訪れ、凪から視線を逸らす。
「あらー。青春ねぇ」
「いやぁ、良いものが見られたね」
「お姉様とお兄様が、お父様達みたいになってます……」
博之と桃花が生暖かい微笑みを浮かべ、渚が呆れ交じりに苦笑した。
三人の反応でとっくに熱くなっていた頬が更に熱を持つ。
流石にやりすぎたかと思って、慌てて頭を下げた。
「す、すみません」
「謝る必要なんかないよ。それじゃあ行こうか」
博之の声を合図に、桃花と渚が家の外へと向かう。
そんな西園寺家の人達に「あの!」と声を掛けた。
海斗が声を張り上げた事で、不思議そうな顔をして三人が振り返る。
「これから頑張りますので、よろしくお願いします!」
海斗が西園寺家の一員と成れたのは、一ノ瀬家との繋がりがあるからだ。
つまり極論を言うなら、海斗本人の力はどうでもいい事になる。
それでも何か出来るようになると、努力をし続けると、これから一生の付き合いとなる人達に宣誓した。
凪の家に博之達が来てからあれよあれよと流されて言えずじまいだったが、ようやく言えたと安堵で胸が満たされる。
三人はというと、海斗の言葉に目を見開き、それから優しく破顔した。
「そんなに気負わなくていいよ。こちらこそ、よろしくね」
「博之さんの言う通りよ。これからは家族になるんだし気楽に、ね?」
「お兄様はいつでも、どんな時でも私のお兄様ですよ!」
予想はしていたが、それでもあっさりと受け入れられて胸が痺れる。
この優し過ぎる家族に会えて良かったと思っていると、隣から手を差し出された。
美しい着物姿の許嫁は、甘く喜びに満ちた笑顔を浮かべている。
「行こう、海斗」
「……はい」
凪と手を繋ぎ、家を出る。
そんな海斗と凪を、博之達は優しく笑って迎えてくれたのだった。
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