第130話 洗ってくれたお礼
「体は洗い終わりましたか?」
女性の方が時間が掛かるだろうと、自らの体を洗い終えて暫くしてから声を掛けた。
途中で聞こえる吐息や水音が妙に艶めかしかったが、未だに海斗の欲望は暴走していない。
とはいえ、心臓はずっと早鐘のように鼓動しているのだが。
「うん。もう大丈夫」
「それじゃあ交代しましょうか」
凪の返事をしっかり聞いてから立ち上がり、彼女と位置を入れ替える。
真っ白な肌に紺色のスクール水着が映え、思わずごくりと息を呑んだ。
「海斗? しないの?」
「……え、あぁ、すみません。それじゃあ洗っていきますね」
凪の背中に見惚れていたとは言えず、急いでシャンプーを手に取る。
そのまま銀髪へと触れ、泡立てるついでに洗い始めた。
「こんな感じの力加減でどうですか?」
「もうちょっと強くしていいよ」
「了解です」
逆の立場の時は凪が強めに洗ってくれていたが、彼女がそれを好むか分からない。
なのでなるべく優しく洗っていたものの、お気に召さなかったようだ。
もう遠慮する必要はないと理解し、普段自分の髪を洗っている時と同じ力加減にする。
「んー! 気持ち良いー!」
どうやら最適な力加減だったようで、凪の弾んだ声が風呂場に響き渡った。
少しテンションの高い凪の姿に頬を緩ませながら、手際良く洗っていく。
余程気持ち良いのか、海斗が力を込めると簡単に凪の頭が右へ左へと揺れるのが可愛らしい。
出来る事ならずっと洗っていたいが、残念ながら凪の髪は短く、あっという間に洗い終えてしまった。
「はい、終了です。流しますよー」
「ぅー」
返事とも言えない返事に小さく笑みつつ、シャワーで髪についた泡を流していく。
綺麗にした後は、いよいよ湯船に浸からなければ。
一応断りを入れて先に海斗が入り、湯船の端に背を付ける。
勿論、凪の髪を洗う前に腰に巻いたタオルは固く縛っており、解ける心配はない。
湯船の中であっても、大切な場所は凪に見えないように守ってくれるだろう。
「凪さんもどうぞ」
「ん。お邪魔します」
凪が湯船のどこに座るかで、海斗の理性が試される。
もし彼女が海斗に背中を預けるのならば、ある意味一番辛い時間になるだろう。
しかし凪は海斗とは反対の湯船に背中を付けた。
足は伸ばせないものの、浴槽は十分に広いので
「はふー」
「やっと一息つけますねぇ」
「そうだねぇ……」
凪は日中の件で単に疲れたのだろうが、海斗は彼女が対面に座ってくれた事も含めて溜息をついた。
許嫁と一緒にお風呂というだけでなく、その許嫁がスクール水着を着ている状況が非日常過ぎる。
しかし同時に楽しくもあり、決して悪くない。
凪も同じ気持ちだと思ったのだが、美しい顔立ちが僅かに曇った。
「何だか海斗を癒せてない気がする。ごめんね?」
やはりというか、凪が一緒に風呂に入る提案をしたのは、海斗を癒す為だったらしい。
相変わらず優し過ぎる凪に唇が弧を描く。
「これは凪さんの八つ当たりでしょう? 俺を癒す事なんて気にしないでいいですよ」
「でも――」
「いいんですって。俺は凪さんとこうして居られるだけで十分ですから」
全てが無事に終わり、凪との生活がこれからも続く。それだけで、海斗の望みは十分に叶っているのだ。
ましてや一緒にお風呂に入るなど、男の夢の一つだと言ってもいい。
凪が水着ではあるものの、これはこれで良いものを見られた。
流石に欲望を口にはしないが、それでも微笑みを向ければ凪の顔が綻んだ。
「なら、いいけど」
「それに、一緒にお風呂に入るのも楽しいですしね。凪さんはどうですか?」
「すっごく楽しい。これから毎日一緒に入りたいくらい」
「え゛。それはちょっと……」
決して凪と一緒に入るのが嫌なのではない。だが、これから毎日一緒に入るとなると、確実に海斗の理性が崩壊する。
例え、彼女が水着を着ていてもだ。
思わず
「ダメ……?」
「……ダメじゃないですが、もう少し経ってからでいいですか?」
「もう少しって、どのくらい?」
「え、えっと、とにかくもう少しです」
凪との関係がもう少し進展したら、などと言える訳もなく、あまりにも苦しい言い訳をしてしまった。
流石に突っ込まれるかと思ったが、海斗が困っているのを察したのか、凪が不満そうに唇を尖らせつつも頷く。
「分かった。でも、絶対だからね」
「りょーかいです」
取り敢えず問題を先送りに出来た事に胸を撫で下ろしつつ、何とはなしに両手を握り込んで中にあるお湯の行き場を無くす。
子供っぽいなと思いつつも簡易的な水鉄砲を作って真上に発射すると、凪がぱしゃりと水音を立てて身を乗り出した。
「今の、どうやったの!?」
「普通にやっただけですが……」
「教えて教えて!」
「いいですよ。それじゃあ――」
簡単に出来るので凪も経験があると思ったが、どうやら無かったらしい。
興味で瞳を輝かせる凪に水鉄砲の作り方を教えたら、彼女はあっさりと覚えてしまった。
「意外と簡単。でも面白い」
「たった数回で俺より勢いがあるのはおかしいんですよねぇ……」
元々器用だからか、凪はあっさりとコツを掴んだ。今では水がかなりの勢いで射出されている。
天才がゆえだろうが、どうにも才能の無駄遣いだなと苦笑を浮かべると、凪が海斗へと水鉄砲を向けた。
「えい」
「わぷっ!?」
まさか凪に悪戯されるとは思わず、驚きに目を瞬かせる。
悪戯を仕掛けた本人はというと、楽しさとほんの少しの怒りを混ぜた笑みを浮かべていた。
「海斗が無理矢理私を納得させたから、その仕返し」
「それは分かりましたが、止めてくださいって」
「やだ」
水鉄砲に興味を引かれはしたが、凪は先程の件を許していなかったらしい。
海斗の懇願も虚しく、再び水が顔に当たった。
「な、凪さん!」
「やーだよ」
再び懇願しても、凪は海斗へ水を掛け続ける。
とはいえ凪が悪戯するのは非常に珍しく、じゃれているだけなのも分かるので不快な気分にはならない。
多少は怒っているものの、凪が笑みを浮かべているのもその理由の一つだ。
「えへへ、楽しいね」
「……そうですね」
これまで生きて来た中で、凪はこんな風にじゃれあう事など殆ど無かったに違いない。
数少ない例外は以前凪と一緒に風呂に入った美桜くらいだが、あの時は流石にしなかったのだろう。
もしくは最近仲を深められた渚だが、二人が一緒に風呂に入った事はないはずだ。
(いや、待てよ。確か美桜が泊まった時は……)
当時のリビングまで聞こえていた凪と美桜の会話を脳裏で再生し、そういえば母性の塊を触っていたはずだと思い出して急いで記憶を消した。
ここで意識すると、海斗の下半身が大変な事になる。それだけは避けなければならない。
必死に心と頭を落ち着かせつつ、凪が満足するまで水鉄砲を受け入れようと肩を竦めるのだった。
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