第111話 火花を散らす姉妹

「遊ぶのはいいけど、何をしようか」


 家の中かつ三人で遊ぶのは、美桜が凪の家に泊まりに来た時以来だ。

 ましてやここは西園寺家なので、何があるかさっぱり分からない。

 あれこれ考えるよりも聞いた方が良いと行動に移せば、渚がリビングにある大型のテレビへと近付いてゆく。


「でしたらこれをやりたいです! 折角買ったのにあまりしてなかったので!」


 そう言って渚が見せてきたのは、据え置きのゲーム機とパーティーゲームだ。

 凪が家を出た今、西園寺家には三人で住んでいるので、普段から遊んでいてもおかしくはない。

 もしくは友人と遊ぶかだが、渚の言い方だとそのどちらでもないのだろう。


(凪さんが帰って来た時の為に、とか? ……まさかな)


 海斗の考えが合っているのなら、渚はずっと凪と遊びたかったはずだ。

 それを尋ねる空気ではないし、海斗が尋ねてはいけない。

 僅かに浮かんだ可能性を首を振って消し去り、小さく頷く。


「全然やった事ないけど、それでもいいなら。凪さんは?」

「ん。私もやった事ないけど、やってみたい」

「じゃあ準備しますね!」

「手伝うよ」

「これくらい私一人で大丈夫ですよ」


 渚が手伝いを断り、小さな体を動かしてゲーム機を準備してしまった。

 コントローラーを渡され、三人が座ってもまだ余裕のある、ふかふかのソファに座る。

 至れり尽くせりなのは申し訳ないが、海斗の頭に疑問が浮かんだ。


「何というか、普通の家だな」

「豪邸を買っても持て余すだけって博之さんと話したのよ。だから、私達にはこれくらいで十分なの」

「も、桃花さん!? すみません!」


 海斗の呟きに、いつの間にか傍に来ていた桃花が応えた。

 かなり失礼な発言を聞かれていた事に加え、ジュースをソファの前に置かれて慌てて頭を下げる。

 桃花はというと特に気を悪くした風でもなく、穏やかな笑みを浮かべていた。


「いいのよぉ。気になるのは当然なんだから」

「お母様の言う通り、私は豪邸なんて要りません。お姉様もですよね?」

「うん。あんなのがあっても使わないだけ」

「こう言うのも何ですが、庶民派なんですね」


 正直な所この家でも十分に豪邸だが、そこは身の丈に合った物を選んだという事だろう。

 かなりの収入があるのにオンボロな家に住んでいたら、それはそれで違和感が凄そうだ。

 西園寺家の女性三人の発言に苦笑を零すと、桃花が悪戯っぽく目を細めた。


「そうよぉ。もしかして海斗くんは使用人とか出て来た方が良かったかしら?」

「いえ、ああいう人が居たら落ち着かないと思うので、こっちの方が良いです」

「そうなんですか? ああいうのは男の人の憧れだと思うんですけど」

「……渚はどこでそういう知識を身に着けてくるのかな?」


 小学校低学年に男の浪漫ろまんを理解されるとは思わず、頬が引き攣る。

 ませた小学生女子は、実に楽し気に目を細めた。


「クラスの男子が言ってましたから。『お前の家って使用人とか居るんだろ? 羨ましい』って」

「それは――」

「ああ、大丈夫ですよ。この程度は良くある事なので」


 明らかに悪意のある弄られ方をされているというのに、渚は全く動じていないらしい。

 美しい微笑みを前に、何も言えなくなってしまった。

 桃花は娘ならば乗り越えられると思っているのか、それとも渚からいつも聞いているのか、曖昧な微笑を浮かべている。

 

「それで、どうなんでしょうか?」

「……まあ、一度は夢を見る、かな」


 男として、使用人にお世話されるのに憧れない人は居ないだろう。

 海斗の場合は、そんな裕福な人が羨ましいというやっかみも入っているが。

 視線を逸らしつつも正直に告げれば、隣に座っている想い人にくいくいと袖を引っ張られた。


「なら、今度私が使用人の服で海斗をお世話しようか?」

「あら、いいわねぇ」

「流石はお姉様、大胆です」

「……凪さん、そういうのはせめて二人きりの時にお願いします」


 桃花や渚がはしゃいでいるからまだいいが、男を誘惑すると家族の前で宣言したようなものだ。

 恥ずかし過ぎて、海斗の頬を羞恥が炙りだす。

 とはいえ、凪としては単に海斗に喜んで欲しいだけのようで、きょとんと無垢な顔で首を傾げた。


「どうして?」

「どうしても、ですよ。それに、俺達はもうお世話するのとされる立場じゃないでしょう?」


 凪に使用人の服でお世話されると、海斗は間違いなくいかがわしい気持ちを抱くだろう。

 なので少々狡い手を使い、話を逸らした。

 反論出来ないのか、凪が僅かに眉を下げて頷く。


「そう、だね……」

「海斗くんは狡い男の子なのねぇ。もし必要になったら言ってちょうだい、凪。ちゃんと用意するから」

「桃花さん!?」

「あらあら、私は娘の味方よー?」


 明らかに海斗の煩悩を見抜いている桃花が、凪の味方をしてしまった。

 母親に肯定された事で、凪の顔が僅かに綻ぶ。


「必要になる時がいつか分からないけど、その時になったらお願い、お母さん」

「任されましたー」

「…………はぁ」


 純粋な娘を掌の上で転がす母親に、呆れ交じりの溜息を零した。

 海斗が後々苦労するのが分かったのか、渚が心配そうに海斗を見上げる。


「頑張ってください、お兄様」

「ありがとう、渚。もしかすると、渚が一番の救いかもしれない」

「あ、ありがとうございます……?」


 嬉しくはあるがいまいち状況を理解していないらしく、渚が不思議そうな表情で首を傾げた。

 話が一段落したからか、満足そうな笑みを浮かべて桃花がソファから離れる。


「長話してごめんなさいね。私は博之さんの様子を見に行くから、三人で楽しんでね」

「ありがとうございます」


 にこやかな笑みを浮かべ、桃花がリビングを出て行った。

 気を取り直して凪や渚とゲーム画面へ視線を向ける。


「それじゃあ簡単に説明しながらやりましょうか」


 内容を知っている渚から説明を受け、すぐにゲームを開始した。

 パーティゲームなだけあってルールは簡単で、海斗も凪もすぐに理解する。

 しかし、そこからが問題だった。


「お姉様、私のコインを取らないでください」

「これはきちんとルールにのっとって行動しただけ、文句を言われる筋合いはない」

「……言いましたね? では私も遠慮なく」

「…………渚? 私に負債を全部押し付ける必要あった?」

「必要な事に決まってるじゃないですかー。変なお姉様ですねー」


 殆ど会話をせずとも育った環境が似ているからか、渚も凪と同じくゲームとなると熱くなるらしい。

 凪が美桜の時と違って渚を挑発しがちなのは、壁がなくなった姉妹が故だろうか。

 ある意味仲睦まじい光景なのだが、火花が散っているのはいかがなものかと思う。

 しかも凪の頭が良いのは当然として、渚も非常に頭の回転が良いらしく、かなり計算ずくの行動を取っている。


「あれぇ……? 俺の想像していたパーティゲームじゃない……」


 パーティゲームの常として、熱くなるのは構わない。

 凪も渚も感情を露わにしているので、かなり楽しんでいるのだろう。

 しかし、高度な頭脳戦になるのは話が違う。

 西園寺家の人達と遊ぶのは大変だと、身を持って味わう海斗だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る