第112話 温かい家庭

「やはり正義は勝つという事でしょうか。ぶい」

「……露骨に私を狙っておいて、正義ぶらないで」


 頭脳では流石に姉には勝てないが、どうやらパーティゲームの運は妹の方が上らしく、渚が誇らしげに胸を張る。

 ゲームを始めてから数時間経っているが、凪は数回一位になった程度だ。

 海斗はというと、二人が足を引っ張り合った結果偶に一位になったりしたものの、二人は海斗そっちのけで盛り上がっている。

 その大きな理由は、一回目に渚が一位を取った後、彼女が「ご褒美が欲しいです」と言って頭を撫でられる事を所望したのだ。

 結果として姉妹喧嘩に巻き込まれた形であり、海斗へのご褒美もない。


(まあ、美少女の頭を撫でられるだけで役得だな)


 本来なら好意を向けている相手以外の頭を撫でるのは良くないと思うが、凪の妹である渚なら許されるだろう。

 実際、凪は海斗へ文句を言わず渚に勝つ事に集中したのだから、間違ってはいないはずだ。

 ある意味一番のご褒美を受け取れる立場とはいえ、思いきりはしゃぐ事も出来ず苦笑を零す。


「さてお兄様。もう一度頭を撫でてください」

「分かったよ」


 期待に瞳を輝かせて頭を差し出してきた渚へと手を伸ばした。

 さらさらの黒髪をゆっくりと撫でれば、はしばみ色の瞳が気持ち良さそうに蕩ける。


「んー。さいこうですぅ」

「……ズルい」

「これは勝者の特権ですから、ズルも何もありませんよー」


 姉の低い声をさらりと流し、渚が海斗の手を掴んで頬へと持っていく。

 すりすりと愛おしいもののように頬ずりされて、瑞々しい頬の感触が分かってしまった。

 アイスブルーの瞳が絶対零度の冷たさで渚を射抜くものの、海斗のクラスメイトに怒った時のような拒絶感はない。

 本気で怒っていないのは分かるが、ここまで感情を露わにするのは珍しい気がする。


「というか今更だけど、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」


 海斗の記憶する限り、姉妹が顔を合わせるのはクリスマスパーティー以来だ。

 あの時もそれなりに仲睦まじいやりとりをしていたが、火花を散らせる程に仲良くなれたとはとても思えない。

 不思議に思って尋ねれば、渚が僅かに頬を染めて視線を下げる。


「実は、ここまでのやりとりは初めてでして……」

「その割には遠慮が無かった気がするけど」

「……その、ゲームで熱くなってしまったのと、一度お姉様に全力でぶつかってみろとお母様にアドバイスされたんです」


 どうやらぶっつけ本番で姉に感情をぶつけた結果、想像以上に遠慮のない会話が出来たらしい。

 その姉はというと、先程までの不満を露わにした表情ではなく、大人びた微笑を浮かべている。


「私も、海斗や美桜の時のように壁を作らないようにしたの。……ちょっとやり過ぎたけど」

「別にやり過ぎとは思いませんけどね。二人が仲良くしてるのを見れて良かったです」

「そうだねぇ。二人が仲良く遊んでくれて、僕も嬉しいよ」


 聞き取りやすい低い声が突然聞こえてきた。

 声の方を向けば、博之が桃花と一緒にリビングへと入ってきている。

 父親に褒められて、娘二人が嬉しそうにはにかんだ。


「お、お父様……」

「お父さん、ただいま」

「すみません。お邪魔してます、博之さん」

「お帰り、凪。それといらっしゃい、海斗くん。挨拶が遅れてすまないね。ああ、わざわざ立たなくていいよ」


 家主に挨拶しようと腰を僅かに浮かせたが、博之に手で制されてしまう。

 苦笑しながら元の位置に戻り、小さく会釈をした。


「さてと、こちらの用事が終わったし、もういい時間だ。皆、晩御飯にしようと思うが、いいかい?」

「「はい」」


 博之の言葉に全員が頷き、ゲームがお開きとなる。

 晩飯の準備の為にキッチンへ向かおうとするが、桃花に通せんぼされた。


「海斗くんはお客様なんだから、用意しちゃダメよー?」

「そうだよ。席に座って座って」

「いや、でも――」

「ほら、海斗」


 招かれた側ではあるが、素直にジッとしているのも落ち着かない。

 なので引き下がろうとしたが、海斗の服の裾を凪が掴んで引っ張った。


「わ、分かりましたよ」


 強い力ではないが有無を言わせない姿に、手伝いを諦めて大型のテーブルに備えられた椅子へ座る。

 あっという間に西園寺家四人が料理を運び終え、準備が完了した。


「……何と言うか、大量ですね」


 グラタンにピザ、ローストチキン等、いかにもなご馳走が並ぶ光景に感嘆の声を漏らす。

 海斗も作れる事は作れるが、ここまで豪華な晩飯の数々を一度に食べた事がない。

 西園寺家が裕福な家だと改めて思い知り、僅かに肩身が狭くなる。

 そんな海斗の弱気を包み込むように、桃花が柔和な笑みを浮かべた。


「海斗くんが来ると思って張り切り過ぎちゃったわぁ」

「僕達も普段はここまでの物は食べないよ。だから、海斗くんも気にしないでくれ」

「は、はい」


 博之に慰められて背筋を伸ばし、皆で手を合わせて料理にありつく。

 文句のない程に美味しい料理を食べながら、西園寺家の人達が浮かべているのは曇りのない笑顔だ。


「おや。また腕を上げたかい、桃花? 今日は一段と美味しいね」

「もう、上手なんですから」

「お姉様お姉様、こちらも美味しいですよ」

「ん。じゃあ今度はそれ食べる。渚、これと交換」


 五人も集まれば、食卓は非常に賑やかになる。

 クリスマスパーティーの時と似たような光景に、これぞ家族と呼べる温かい食卓に、何故だか激情が込み上げてきた。


「……海斗、どうしたの?」


 感情が顔に出ないよう必死に抑えているはずなのに、凪にはバレてしまったのだろう。

 心配そうな表情で海斗の顔を覗き込んでくる。


「何でもありませんよ。美味しいですね」


 招かれた側だとしても、食事の空気を壊していいはずがない。

 笑顔を浮かべて誤魔化すが、何かを察したように西園寺家の人達が柔和な笑みを浮かべた。


「あー。お父様とお母様がいちゃつくから、お兄様が引いてしまいましたよ」

「これは愛情表現なんだよ海斗くん。だ、だから引かないでくれると助かるなぁ……」

「そうよぉ。というか、凪はいつもお世話してくれる海斗くんに感謝を伝えているわよね?」

「当然。一度も忘れた事なんかない」


 渚が呆れ気味な、けれども明るい声を発して博之を揶揄からかい、桃花が話題を逸らす。

 全く落ち着きのない、けれども温かい光景に目を細めると、突然隣に居る凪に手を掴まれた。


「海斗、ありがとう。こうして私がここに居るのは、海斗のお陰だよ」

「そうだよ海斗くん。君はこの場の立役者なんだ。遠慮せずに食べなさい」


 西園寺家の仲が修復されたのは凪の頑張りなのだが、ここで否定すると全員に褒め殺しに合うだろう。

 そう断言出来る程に、この場に居る人達は曇りのない笑顔を浮かべている。

 ならば泣いている訳にはいかないと、込み上げそうになる感情を奥歯を噛んで堪えて笑顔を浮かべた。


「…………はい!」


 海斗が決して得る事の無かった、幸せで温かい家族。

 それを手に入れられた気がしたのだった。

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