第151話 新しい自室の使い方

 少し仮眠を取った後は普段と同じように晩飯を作り、風呂を終えてのんびりしていた。

 すると、いつもより早い時間に凪が隣で欠伸を漏らす。


「ふわぁ……」

「俺の引っ越しに付き添いましたから、凪さんも疲れましたよね。早めに寝ますか?」

「んー。そうしようかな」


 どちらでもいいような声色が返ってきたが、単に横になりたいのかもしれない。

 そう判断して凪と共に寝る準備を終え、彼女の自室の前に立つ。

 もう習慣になっていたので何も考えずとも来てしまったが、海斗の自室があるのを思い出した。


「流石に初日くらいは自分の部屋で寝るべきですよね。それじゃあ凪さん、おやすみなさい」


 凪と一緒に寝ていたのは、ソファでどちらかが寝なければいけなかったり、リビングに布団を広げるのが面倒だったからだ。

 それだけでなく、これからも海斗と一緒に寝るような事を言っていた気がする。

 しかし、折角凪が自室をくれたのだ。

 一度くらいは使わないと、部屋をくれた彼女に申し訳ない。

 寂しいと思いつつも凪に挨拶して自室に向かおうとすれば、服の裾がやんわりと引っ張られる。


「あ、あの……。その……」

「……すみません。良ければ、一緒に寝ませんか?」


 請うような眼差しに失敗を悟り、すぐに先程の考えを放り投げた。

 凪に言わせてしまった罪悪感に胸を抉られつつも提案すると、彼女の顔が華やぐ。


「うん!」


 テンションの上がった凪に腕を引っ張られ、彼女の自室に入った。

 すぐに凪がベッドへ潜り込み、海斗も後を追う。

 先程のお詫びがしたくて腕を広げると、凪はすぐに身を寄せてきた。

 海斗に抱き締められて落ち着いたのか、安堵の溜息が聞こえてくる。


「はぁ……」

「察せなくてすみません。ダメダメでしたね」

「そんな事ない。私こそ、言わせてごめんね」

「いえ、俺が――」

「ううん、私が――」


 許嫁のやりたい事を察せなかった海斗と、海斗の自室があるのに一緒に寝ようと誘いたかった凪。

 どちらも自分が悪いと譲らず言い合うのが何だかおかしくて、二人同時に笑みが零れる。


「ははっ」

「ふふ」


 凪と笑い合ううちに先程までの罪悪感が薄れ、凪の頭をやんわりと撫で始めた。

 彼女も落ち着いたようで、ぐりぐりと海斗の胸へ顔を押し付けてくる。

 しかし何かに気付いたようで、海斗を見上げて僅かに首を斜めにした。


「結局、海斗が自分の部屋に居る時間がない気がする」

「別にいいですよ。部屋をくれた凪さんには悪いですけど、あんまり使わないと思うので。……そうなると、泊まっていた時に物置として使っていたのと変わらなくなりますが」


 引っ越しても海斗と凪の生活が変わらなかったのだから、自室が出来ても同じ事だ。

 そして寝る時も今までと同じように凪と一緒なのだから、最早海斗の自室は私物を置くための物置きに近い。

 実際、簡素な衣類掛けと布団しか置いていないので、間違ってはいないだろう。 

 折角の凪の厚意を無下にしている気がして苦笑を落とせば、彼女もへにゃりと眉を下げた。


「海斗の部屋だし、どんな風に使っても海斗の自由だよ。でも、私に合わせなくていいからね?」

「無理に合わせてませんよ。それに、こうして寝ると幸せですし」


 普段から凪と触れ合っていても同じ事はしていないので、合わせているつもりはない。

 それに、一度は別々に寝ようとしたものの、海斗も凪と寝たかったのだ。

 証明の為に少し強めに抱き締めるが「んぅ」と声を漏らしつつも凪はジッとしている。


「じゃあ、これからもずっと一緒に寝よう?」

「はい」

「でも、海斗の部屋にもきちんと家具を置くからね」

「別にあのままでも構わないんですけど」

「ダメ。カーテンもカーペットもテーブルも、ちゃんとした物を揃えるから」


 カーテンは以前使っていたものを再利用し、テーブルは古すぎたので廃棄。カーペットはそもそも使っていない。

 結果として生活感がないのが今の海斗の部屋だが、物置きとしては悪くない。

 しかし凪は納得していないようで、ぴしゃりと海斗の反論を封じた。

 じとりと細まったアイスブルーの瞳が、海斗を見上げる。


「今までとあんまり変わらない生活でも、海斗の部屋は海斗の部屋。きちんと住めるようにしたい」

「分かりましたよ」

「折角だし、今度のデートで家具とか見る?」

「いやまあ、確かに魅力的な提案ではあるんですがね……」


 引っ越しが落ち着いてからデートしようと約束した後、おおよその計画は立てた。

 きっちりとしたものではないので、家具を見る事は出来る。

 しかし男女が二人で家具を見るのは、恋人を通り越して夫婦ではないか。


(いや、俺と凪さんは一応婚約者なんだし、おかしくないのか)


 海斗と凪は、既に普通の恋人ではないのだ。

 ならば、一緒に家具を選んでも何もおかしくない。

 考えを改めるのと、凪がきょとんと無垢な顔をするのは同時だった。


「何かダメだった?」

「いえ、駄目じゃないですよ。それじゃあ家具も見ましょうか。付き合わせてすみません」

「これは私の望みでもあるし、気にしないで。というか海斗、また自分を蔑ろにした?」

「……はい?」


 家具を揃えるのは完全に海斗の用事だと思ったので一応謝罪したのだが、凪はお気に召さなかったらしい。

 アイスブルーの瞳がすうっと細まり、背筋に冷や汗が流れた。


「い、いや、そんなつもりはないですよ」

「じゃあ何で謝ったの? 私と一緒なのは当然でしょ?」

「その、あの……」

 

 棘のある言葉への反論が思いつかず、視線を逸らして口ごもる。

 どうやって凪へ説明すべきかと悩んでいるうちに、彼女が暴れ始めた。


「海斗、交代。今日は私が甘やかす」

「そうはさせません。今日はこの体勢で寝ます」


 このままだと、海斗の理性が試されるのは間違いない。

 なので凪を思いきり抱き締め、腕の中から抜け出せないようにする。

 男の力には流石に敵わないようで、凪は暴れるものの抜け出せる気配はない。


「んぅー! 海斗はひきょう!」

「この際卑怯でも何でも構いません。絶対に離しませんからね」

「うー!」


 駄々を捏ねるように凪が胸を叩くが、全く痛くない。

 後日仕返しをされそうだなと思いつつも、凪を抱きしめ続ける海斗だった。

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