第150話 生涯のパートナー

 我が家となった凪の家に入り、まずやる事と言えば荷解きだ。

 とはいえ荷物は多くなく、冷蔵庫や古びたちゃぶ台など、引っ越しの際に廃棄したものもある。

 結果として、今日は衣類を段ボールから出せば終わりだ。

 凪は手伝うと言ってくれたのだが、これくらい海斗一人で出来る。

 なので遠慮すると、彼女は海斗の自室となる部屋の布団の上に座って作業を見始めた。


「あの、そんなに見られるとやりづらいんですが」

「海斗が私を除け者にするから、その腹いせ」

「除け者にした覚えはないんだけどなぁ……。ゆっくりしてていいんですよ?」

「私はここでゆっくりする」

「……さいですか」


 どうやら凪は、頼ってくれなかった事が不服らしい。

 遠回しにリビングや自室でゆっくりして欲しいと告げたのだが、全く取り合ってくれなかった。

 溜息を落としつつも手を動かし、てきぱきと衣類を段ボールから取り出しては畳んでいく。

 元々量が少ないのであっという間に段ボールがなくなり、残りは一つだけだ。

 ただ、流石に凪が見ている前で中身を取り出したくなくて、彼女へと顔を向ける。


「ここに居ても暇じゃないですか?」

「全然暇じゃないから大丈夫」

「……分かりました」


 再び凪を部屋から追い出そうとしたが、やはり駄目だった。

 普段は逆の立場なので、これくらい諦めるべきだと意を決して段ボールを開ける。

 中身を取り出せば、凪の体がびくりと震えるのが見えた。


「そ、それ、下着、だよね?」

「当然じゃないですか。警告したんですから、怒らないでくださいよ?」


 凪の家に泊まる際にある程度持ってきたが、当然ながら全てではない。

 そして洗濯の担当は海斗なので、凪は海斗の下着を殆ど見た事がないのだ。

 堂々と下着を広げて畳みつつ凪に懇願すると、白磁の頬を真っ赤にしながら頷かれた。


「勿論。ここに居たいって言ったのは私だから、そんな事しない」

「助かります」


 怒らないのなら、もう好きにして欲しい。

 凪を放っておきながら下着を畳んでいると、強い興味の視線が下着へと注がれているのが分かる。


「……そんなに興味があるんですか?」

「っ!? そんな事、全然ないよ!?」

「態度と言葉が全く合ってないんですが……」


 男の下着のどこに惹かれるのか、海斗には全く理解出来ない。

 しかし凪が目の前で下着を畳んでいたら海斗も視線を向けるだろうし、似たようなものなのだろう。

 焦ったように首を振る凪に苦笑を落とし、手を動かしていく。


「わ、わぁ……。海斗の下着って、あんな感じなんだぁ……」


 時折聞こえる凪の声に羞恥が炙られつつも、下着を片付ける海斗だった。





「ふー。取り敢えず一段落ですね」

「うん。お疲れ様」

「大した事はしてませんけどね」


 荷解きを終えてリビングのソファで休憩しつつ、一息つく。

 昼過ぎから引っ越しを開始したが、荷物が少ないのもあってまだ夕方だ。

 今日は事前に晩飯の買い物を済ませていた事もあり、時間に余裕がある。


「でも、疲れたなら少し寝た方がいいよ? それか、自分の部屋でゆっくりするとか」

「まあ、確かに自分の部屋は出来たんですけどねぇ」


 今までは凪の家に泊まっていつつも、海斗の部屋は無かったので彼女に合わせて行動していた。

 しかし、もう海斗が好きに過ごせる部屋がある。

 だからこそ凪は自分の事を気にせず寛いで欲しいという提案をしたのだろうが、どうにも自室で時間を潰す気になれなかった。


「物も大してないですし、こっちで過ごすのに慣れちゃったんですよ」

「なら、ここにおいで?」


 凪が膝を軽く叩き、海斗を促す。

 利華の件が終わってから、海斗の心が乱される事はなくなった。なので膝枕はしていなかったが、今日くらいはいいだろう。

 そう思って柔らかい膝に頭を乗せれば、すぐに細い指先が海斗の頭を撫で始めた。


「……ん」


 膝枕が久々とはいえ、寝る時は偶に頭を撫でられている。なので、この感覚にもとっくに慣れた。

 海斗を気遣う細い指先の感覚に浸っていると、だんだん瞼が重くなってくる。

 凪の言う通り少し寝ようかと目を閉じれば、くすりと小さな笑い声が耳に届いた。


「何だか、いつもと変わらないね」

「そりゃあそうでしょう。……元々、一緒に暮らしてたようなものですし」


 同棲紛いの事をしていたと口にするのは恥ずかしかったが、凪は嬉しそうに微笑むだけだ。

 かなり機嫌が良いようで、くしゃりと髪を乱され、その後優しく梳かれる。


「ふふ、そうだね」

「まさかほんの数週間で、ここまで生活が変化するとは思わなかったですけど」


 冬休み前まではまだ凪のお世話係だった。

 しかしお世話係を辞め、彼女と許嫁の関係になり、ついに本当の意味で一緒に暮らす事になったのだ。

 凄まじい変化にしみじみと呟くと「そうだね」と涼やかな声が聞こえた。


「でも、私はすごく嬉しい。これからもずっと、海斗と一緒なんだから」

「許嫁ですからねぇ。何があっても、離れる事は出来ませんよ」


 高校生で恋人が出来るのは珍しい事ではないが、許嫁が出来るのは普通ではない。

 ましてや海斗と凪は、これから先の長い人生でお互いに縛られる事になる。

 海斗は構わないが、凪はそれでいいのかとほんの少しだけ不安になった。

 目を開けて凪の顔色を窺いつつ苦笑すれば、とろりと幸せが滲み出て生まれたようなはにかみが落ちてくる。


「うん、分かってる。海斗の隣に居られるのが私の幸せなんだから、後悔はないよ」

「…………そうですか」


 高校生という多感な時期にこれからの人生を決めたのだ。

 なのに凪は、一片の曇りもない笑顔を浮かべている。

 心配は無用だったと理解して肩の力を抜き、再び目を閉じた。


「海斗、大好きだよ」

「俺も大好きですよ、凪さん」


 最近では当たり前になっていて、海斗も凪も好意を言葉にしていなかった気がする。

 だからなのか、どうにもくすぐったい。

 凪も同じ気持ちなのか、小さく笑ったような振動が膝から伝わってきた。


「……ちょっとだけ、寝てもいいですか?」

「勿論。おやすみ、海斗」


 海斗を寝かしつける為にか、凪が海斗の頭をやんわりと撫で始める。

 慈しむような力加減と、静寂に包まれた穏やかな部屋の空気が、急速に眠気を呼び起こす。

 抵抗する理由もなく、あっさりと意識を沈める海斗だった。

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