第170話 隠し事
凪と共に学校から帰って、日課の掃除を行う。
その後はいつも通りくっつきながら晩飯時まで過ごすのだが、今日の凪は珍しくスマホを弄っていた。
海斗の膝に頭を乗せて仰向けになりながらなので画面は見えないが、何かを熱心に調べているらしい。
博識な凪でも調べる事はあるのだと、今更ながらの新しい発見にくすりと笑みを零す。
「調べ物、役に立つといいですね」
「はえっ!? う、うん、そうだね!」
「……そんなに驚かなくても詮索しないですよ」
びくりと体を跳ねさせ、目をあちこちさ迷わせる姿に苦笑を落とした。
以前、詮索して良いと凪は言っていたが、この態度から察するに今回ばかりは知られたくないのだろう。
ならば自室で調べ物をすればいいはずなのに、海斗と離れたくもないようだ。
かなりの違和感を覚えるが、凪が海斗に害のある行動をするとは思っていないので好きにさせる。
しかし凪は罪悪感を抱いているのか、形の良い眉がへにゃりと下がった。
「ごめんね」
「何を謝られているのか分かりませんねぇ。恋人がすぐ傍でスマホを弄るなんて普通でしょうに」
気に病む必要はないと美しい銀糸を撫でれば、曇っていた凪の顔が僅かに柔らかくなる。
「ん……。ありがと」
「お礼も必要ないですよ。……あれ? 誰かから連絡ですか?」
凪の頭を撫で続けて励ましていると、彼女のスマホが音を発した。
海斗の知る限り、凪のスマホには西園寺家の人達と清二、そして海斗と美桜くらいしか登録されていない。
なので基本的に凪のスマホが鳴る事はなく、珍しくてつい質問してしまった。
痛い所を突いたのか、凪の顔に焦りが浮かぶ。
「そ、そうなの! ちょっと美桜とね」
「ああ、そういう事ですか」
美桜が一番凪と連絡を取り合う可能性が高いので、凪の言葉は嘘ではないのだろう。
露骨に誤魔化されたのは気になるが、意見を変えるつもりはない。
代わりに一つの閃きを言葉にしようと、口を開く。
「美桜と出掛けるなら、遠慮なく行ってきていいですからね」
「分かった。ちょっと相談する」
凪がスマホに集中しだし、何度も何度もスマホから音が鳴る。
いっその事電話すべきではと思ったが、海斗には知られたくないようだし、控えているのだろう。
聞き耳を立てるつもりはないが、部屋を移動したからといって絶対に知られないという確証は無いのだから。
目の前で明らかな隠し事をされるという、殆どの人は経験しない出来事に苦笑を落として凪を眺める。
暫くすると、不安に揺れるアイスブルーの瞳が海斗の方を向いた。
「……ねえ海斗、今週末ってバイトだよね?」
「そうですね。いつも通り土曜日と日曜日は夕方からバイトですよ」
「日曜日のバイトは昼からに変えられる?」
「まあ、それくらいなら出来ますけど」
あと数日で日曜日だが、シフトは変えられるだろう。
勿論、もっと働けという注意ではないのは分かっている。
言葉の裏に秘められた要望を察して肯定すると、凪が安堵の溜息をつく。
「そう……。ならお願い。それと、土曜日は昼から美桜とお出掛けするね」
「了解です。帰る時間は分かりますか? また迎えに行こうと思うんですけど」
「大丈夫。多分海斗がバイトに行くのと入れ違いで帰ってくるから」
「……了解です」
入れ違いなら迎えに行けるのではと思ったが、どうやら迎えにも来られたくないらしい。
もしくは、時間が読めないからバイトに行く前の海斗に負担を掛けたくなかったのか。
何にせよ、今の海斗には頷く事しか出来なかった。
その後はおそらく時間等の調整をしているのか、再び凪が美桜と数回やり取りを行い、スマホをテーブルに置く。
「もういいんですか?」
「うん。後は土曜日と日曜日が勝負」
「勝負って……。危ない事はしないでくださいよ?」
決意を秘めた瞳からして、凪がとても大切な事をしようとしているのは分かった。
力になれないのは申し訳ないが、本当にどうしようもなくなったら海斗に頼るはずなので、放っておいてもいいだろう。
それでも心配になって忠告すれば、凪が海斗を安心させるような、穏やかな笑みを浮かべた。
「そんな事しないから安心して。あ、でも、キッチンを使っていい?」
「元は凪さんの物ですし、俺に聞かなくても大丈夫ですよ」
キッチンは海斗が管理しているが、普段から凪と一緒に料理しているのだ。わざわざ許可を取らなくても構わない。
単に確認の為だろうが、律儀な凪にくすりと笑みを落とす。
同時に、何をしようとしているのか少しだけ察してしまった。
(この感じだと、美桜と一緒に料理するのか。しかも俺が居ない時を狙って。……何をするのかねぇ)
海斗には詳細がさっぱり分からないが、ここで聞くような野暮な事はしない。
代わりに凪の髪を梳くように撫でて、整い過ぎている顔を覗き込んだ。
「でも、外に出掛ける時はナンパに気を付けて欲しいですし、キッチンを使って怪我しないでくださいね?」
「うん。分かってる。本当にありがとう、海斗」
「俺は何もしてないんですが」
「それでも、だよ。あ、今日は私が海斗を抱き締めて寝るね」
唐突な話題転換に驚きはするが、海斗を甘やかすのは隠し事をしている罪滅ぼしだろう。
海斗を嫌っているのではないと、態度で示す意味もあるのかもしれない。
凪に頭を撫でられながら寝るのは好きなので、素直に頷いた。
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
「任せて」
隠し事をしている凪と、察していながらも尋ねない海斗。
普通ならば少しくらい空気が悪くなるのかもしれないが、何も変わらない海斗達だった。
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