第163話 久しぶりの学校
「海斗と一緒に登校出来るなんて、幸せ」
家から出て学校までゆっくり歩いていると、凪がぽつりと呟いた。
二人の間でしっかりと繋がった手が揺れており、美しい顔は柔らかく微笑んでいる。
「俺もですよ。登校するだけでこんなに幸せな気持ちになるなんて思わなかったです」
「だね。それに、学校なんて海斗と会う以外退屈でしかないから、楽しみが増えるのは嬉しい」
「それは、まあ、何というか……」
凪は既に高校三年分の知識を身に付けており、出席日数の為に学校に通っているだけだ。
全て理解している内容を一々説明されるのだから、学業に心底興味がないのは分かる。
それでもキスを条件に起きて学校に行くのは、海斗が居るからか、それとも博之達に心配を掛けさせない為か。
何と答えればいいか分からず曖昧な笑みを零し、言葉を濁らせた。
休み明けで学校への不満が沸き上がっているようで、小さな唇が尖る。
「というか、テストで基準点を取れば勉強しなくていいとかだったら最高なのに。それだったら私は家から出ない」
「一般人の俺達にはどうしようも出来ない事ですねぇ。でも実現したら、凪さんなら確実にそうするでしょうね」
ベッドやソファでひたすらだらけ、本を読んでいる凪が簡単に想像出来た。
海斗としても、もし凪の言葉が現実となれば、彼女が家にずっと居てもいいと思っている。
だが、それだと実現出来ない事があると繋いだ手に僅かに力を込めた。
「まあ、俺としては凪さんと登校したり一緒に昼飯を食べられなくなるので、少し残念ですが」
「あれこれ言ったけど、それは私も同じ。海斗が居るから、私は学校に行ってる」
「それは責任重大ですね」
元々殆ど楽しみが無かったからか、どうやら凪の中で学校は海斗と触れ合えるだけの場所、という認識になったようだ。
つまり、海斗が何らかの理由で学校に行かなくなれば、凪は平気で休もうとするだろう。
彼女の為にも学業に励まなければと決意しつつ、肩を竦める。
その後は会話が途切れ、けれどいつも通りの穏やかな空気の中、学校付近に来た。
多くの人が登校しており、大半の人が海斗達へと視線を向けている。
初詣やデートの時と似たようなものだが、同じ学校の生徒からの視線はどうにも勝手が違う。
大量の嫉妬や驚愕の視線に、思わず頬が引き攣った。
「……注目されてますねぇ」
「あんなの気にしちゃダメ。勿論、悪口もだよ?」
「分かってますよ。俺は凪さんの婚約者なんです。この程度の視線でへこたれたりしませんから」
既に海斗は凪と将来を約束したのだ。視線を向けられたり悪意を向けられる程度で、心が折れたりしてはいけない。
そう気持ちを切り替えて微笑を零せば、凪が小さく笑んで頷いた。
「ん、ならよし。でも、辛かったら我慢しないで言ってね」
「因みに、言ったらどうなりますか?」
「うーん。今私達を見てる人達に怒ろうかな」
「そんな事しなくていいですって。……もし辛い時は、凪さんに慰めてもらいますよ」
すまし顔で割と過激な事を口にしたあたり、海斗が本当に辛くなったら間違いなく周囲に怒る。
そんな事はしなくていいのだと、きちんと凪を頼ると口にすれば、整い過ぎている顔がふわりと綻んだ。
「任せて。全力で慰める」
「頼りにしてます」
最近キスに嵌っているので、慰める場合はキスし続けるのかもしれない。
理性には悪いものの、それはそれで幸せだと思いつつ、周囲の視線を流して昇降口へ向かう。
靴を履き替えて階段を上がり、一年生の階へと辿り着いた。
「海斗。何度も言うようだけど、悪口を言われても気にしちゃダメだし、私か美桜に言ってね」
「はい」
「絶対だよ、約束だからね?」
「絶対に言いますって。ほら、凪さんも教室に行ってください」
何度も何度も海斗へ言い聞かせているので、相当心配なのだろう。
息子を心配する母親のような、弟を心配する姉のような姿に、嬉しさが沸き上がり笑みが零れた。
心配は無用だと自らの教室に行くよう促せば、渋々といった風に頷かれる。
「うん……」
「昼休みに教室で待ってます、それじゃあ」
「またね、海斗」
元々決まってはいたが昼に会えると口にすれば、凪の顔に少しだけ明るさが戻った。
小さく手を振る凪と別れ、教室に向かう。
随分久々に感じる扉に手を掛けて中に入れば、クラスメイトからの視線が集中した。
「おはよう」
誰にでもなく取り敢えず声を響かせ、席に着く。
周囲はというと、海斗からすぐに視線を外して世間話をし始めた。
「冬休みの間、何にもしてなかったなー」
「俺も俺も。というかおばあちゃんの家で色々食べさせられて、多分太ったんだよなぁ」
「うぅ……。冬休みで何にも収穫が無かった……。彼氏作りたかったのに……」
「げ、元気出しなって、ね?」
海斗と凪が手を繋いで登校してきた事など無かったかのような、以前と全く変わらない雰囲気。
勿論、海斗が到着したばかりだというのもあるだろうが、あまりにも変わらなさすぎる。
とはいえ騒がれる方が嫌なので、ホッと胸を撫で下ろしつつ鞄から荷物を出す。
ある程度整理し終えた所で、冬休み前から多少話していたクラスメイトの男子達が近付いてきた。
「おー、天音。明けましておめでとう」
「なーんか久しぶりだなぁ。明けましておめでと」
「明けましておめでとう。今年もよろしくな」
お決まりの挨拶とはいえ、凪や美桜以外に軽い世間話が出来る相手が居るのは嬉しい。
内心でかなり喜びつつも表面上は柔らかく対応すれば、彼等の顔が悪い笑みへと変わった。
「こっちこそ。それで、西園寺先輩と手を繋いでたんだって?」
「俺はしっかり見たぞぉ。ついに付き合ったんだな」
「いやまあ、そうだけど。何か反応が薄いな」
出自は別として平凡な海斗と、学校でも有名人な凪が手を繋いで登校したのだ。
にも関わらず彼等以外に騒いではいないし、彼等も軽く祝福してくれる程度に留まっている。
正直なところ意外で思わず突っ込みを入れれば、呆れたような笑みが返ってきた。
「そりゃあ俺達は昼休みの天音と西園寺先輩を見てるからな。付き合っても驚かねえよ」
「というか、冬休み前に付き合ってなかった事すら有り得ないと思ってたけどな」
「……そうなのか」
冬休み前はいくら凪との距離が近くとも、彼女が海斗を友人だと言っていた。
しかし周囲から見れば、既に付き合っているようなものだったらしい。
よく考えなくても、違う学年の男子の所に向かう女子など、付き合ってると思われるはずだ。
改めて以前の関係の異常さを突き付けられて苦笑を零せば、ぱしりと肩を叩かれた。
「他のクラスの天音達の関係を信じてなかった奴とかは悲鳴を上げてたけど、気にすんなよ」
「そうそう、天音と西園寺先輩の間に割り込める奴なんていないし、やっかみなんて無視だ無視」
「そうするよ、ありがとな」
海斗への悪口や嫉妬などは絶対に消えない。
だが、彼等のような味方が居るだけで海斗は救われる。
心からの感謝の言葉を送れば、二人が照れくさそうに笑った。
「いいって。それで、冬休みに何かあったんだよな?」
「折角だし聞かせてくれよ」
「まあ、話せる範囲でな。でも俺ばっかりじゃなくて、二人が冬休みの間に何してたかも聞かせてくれ」
海斗が美桜と兄妹だった事などは流石に話せない。
言葉を濁しつつ、世間話を楽しむ海斗だった。
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