第162話 甘やかした結果?
「♪~、♪~」
最近あまり聞いていなかった電子音が、海斗の意識を無理矢理覚醒させる。
重い
「ふわぁ……。ねむ……」
怠惰な生活を送っていたせいで、健康的な時間なのに眠気が取れない。
今すぐ二度寝したい欲望に駆られるが、冬休みは終わったのだ。
無理矢理体を動かそうとするものの、海斗の胸に引っ付いている存在がそれを許さなかった。
「凪さーん。朝ですよー」
出来る事なら寝かせておきたいが、心を鬼にして凪の背を叩く。
スマホのアラームで起きたようだが、眠気が酷いのか彼女は嫌がるように小さく首を振るだけだ。
「やだぁ……。ねたいぃぃ……」
「そういう訳にもいきませんって。学校に行かなきゃいけないんですから、起きてください」
「やーすーむーぅ……」
「こればっかりは駄々を捏ねられても駄目ですよ。ほーら」
我儘な子供のような姿は可愛らしく、一瞬だけ海斗の意思が折れそうになる。
けれど凪と一緒に住み始めてから学業が
凪の頭なら一日休んだ程度では何の問題もなかったとしても、ここで甘えを許せば凪はずっと学校に行くのを渋るはずだ。
心苦しいが少し強く凪の体を揺さぶると、ぐりぐりと頭を胸に押し付けられた。
「やーぁ」
「強情ですねぇ。なら、どうしたら起きてくれますか?」
「きす」
「まあ、そのくらいなら」
凪とキスをした次の日から、海斗達は起きるとキスするのが日課になっている。
特に約束などはしていなかったものの、どうやら今日もご所望らしい。
慣れた動きで凪の頬に手を当て、小さな唇に自らのものを這わせる。
「「ん……」」
凪の唇の瑞々しい感触は、何度キスをしても飽きない。
それどころか、もっとしたいと思ってしまう。
流石に今日は駄目なので欲望を縛り付けて唇を離すと、シャツの裾を引っ張られた。
とろんと眠気によって蕩けた瞳は、ずっと見ていたくなる程に美しい。
「もーいっかい」
「なら、起きて学校に行く準備してください。その間に俺も準備したり朝飯作っておきますから」
絶対に
「えー。かいとの、いじわる」
「いじわるでも何でも、凪さんが起きるなら何だってしますよ。さあ、起きてください」
「分かったよぅ……」
何度も起こそうとする海斗に折れたのか、それともキスが決め手となったのかは分からない。
何にせよ凪が海斗から離れ、のっそりと体を起こしたのだから、上手く行ったのだろう。
かなり近い距離で無防備に背伸びをした事で、大きくはないが形の良さそうな胸が強調される。
「んー! おはよー、海斗」
「……おはようございます。それじゃあ、俺は部屋に戻りますからね。二度寝は駄目ですよ」
「ここで二度寝したら流石に海斗が怒りそうだから、しない」
どうやら海斗の視線に凪は気付かなかったようで、小さな頷きが返ってきた。
もし二度寝したらどうしようかと考えていたので、凪自ら起きようとしてくれたのは有り難い。
心の中でホッと溜息をつきつつ、ベッドから降りて自室へと向かう。
「こんだけ朝が弱かったら、いつもどうやって起きてたんだろうな……。というか、もしかして俺のせいだったりするのかな」
昼の学校で凪に会った際は特段眠そうに見えなかったし、朝は会う機会がなかった。
なので本当のところは分からないが、もしかしたら以前から眠い目を擦って登校していたのかもしれない。
だが海斗が甘やかし過ぎたせいで凪が朝起きれなくなった気がして、背中を嫌な汗が伝う。
「まさかな。そんな事ある訳ないっての」
楽観的な思考をしつつも、頭に浮かんだ可能性が消えない海斗だった。
「おー。朝から海斗のご飯だー」
一度起きてからの凪は宣言通り海斗が色々と準備している間に、着替えや身だしなみを整えた。
久しぶりに見た気がする制服姿や嬉しさが零れたような笑みに見惚れつつも、肩を竦めて苦笑を落とす。
「目玉焼きにウインナー、キャベツの千切りっていう超手抜きですがね」
「手抜きでも気にしないし、海斗が作ってくれた事が嬉しいの。いただきます」
待ちきれないとばかりに凪が手を合わせ、朝食を摂り始めた。
朝であろうとも海斗の料理を喜んでくれる事に胸を温め、海斗も食べ始める。
「制服姿で一緒に食べるのって、違和感が凄い。というか初めてじゃない?」
「基本的に凪さんは部屋着でしたからねぇ。何なら朝飯を一緒に食べるのが初めてなんですけども」
制服に関しては海斗が学校帰りに凪の家に寄るか、休日は私服で飯を作りに来るかだったので、凪が制服を着る意味がない。
そして、数週間も一緒に暮らしておいて、海斗達は今まで一度も一緒に朝食を摂った事がないのだ。
それほどだらけた生活をしていたという証明であり、怠惰な生活だったと改めて自覚して渋面を作る。
凪はというと、意外にも楽しそうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、今度からこれが当たり前になるね」
「……はい。でも、明日からはちゃんと起きてくださいよ?」
凪からすれば、ただ嬉しさを言葉に出しただけなのだろう。
けれど、もう一人寂しく朝飯を摂る必要はないのだと、彼女の言葉で強く実感した。
込み上げる熱いものを誤魔化すように釘を刺せば、納得がいかなさそうに小さな唇が尖る。
「海斗がキスしてくれたら起きる」
「なら、俺は凪さんが起きないとキスしません」
「うー。いじわる」
「いじわるにもなりますって」
凪の抗議の視線や唸り声を流し、朝食を摂り終えた。
海斗が引かないからか諦めたようで、不服そうにしつつも凪は後片付けを手伝ってくれる。
綺麗に片付けを終え、鞄を持って凪と共に玄関に向かった。
靴に履き替えようとしたのだが、海斗の制服の裾が僅かに引っ張られる。
「海斗、今日のご褒美をもらってない」
「ご褒美? ……ああ、そういう事ですか」
起きて準備出来た事がご褒美になるのかは怪しいが、キスという行為で釣ったのは確かだ。
物欲し気な上目遣いにくすりと笑みを零し、僅かにしゃがんで凪と唇を合わせる。
すぐに離すと、凪は満たされないような表情をしつつもおねだりはしなかった。
そうして日課となる行為が終わり、玄関の外に出る。
鍵を閉めて戸締まりを確認すれば、雪のように白い手が差し出された。
「いいよね?」
海斗と凪は付き合っているのだ。同じ高校の生徒に見られるからといって、怯える必要はない。
嫉妬と興味の視線は向けられるだろうが、そんなもの相手にしなければいいだけだ。
「勿論です。行きましょう」
「うん!」
しっかりと指を絡ませ、凪の歩調に合わせて歩き出すのだった。
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