第21話 意外な一面
清二に凪との現状を報告し、あっさりと許された次の日。
海斗は高級マンションへ入り、昨日凪に教えてもらった通りにエントランスのロックを外した。
今までは毎回インターホンで凪を呼び出していたのだが、もう使う事はないだろう。
「何か、変な感じだな」
エレベーターの浮遊感に身を包まれながら、ぽつりと呟いた。
他人の、それも異性の家の鍵を受け取るなど、普通に生きていたら有り得ない出来事だ。
唯一それが有り得る状況と言えば、恋人くらいのものだろう。
残念ながら海斗は凪のお世話係だし、彼女は海斗を異性として見ていないようだが。
何にせよ、今の海斗の置かれている状況は普通の男子高校生のものではない。
それでも海斗はやりがいを感じており、表情は笑みを形作っていた。
「よし到着っと」
エレベーターを降り、凪の家に向かう。
何の変哲もない、けれど綺麗な扉の前に立ち、キーケースから鍵を取り出した。
カチリと音がするまで回し、扉を開けて中に入る。
「お邪魔します」
「んー。いらっしゃーい」
一応学校終わりに連絡していたので、家主が居る事は分かっていた。
しかし、彼女は玄関に来るつもりはないらしい。
全力で歓迎されるとそれはそれで驚くので、間延びした声に苦笑を落としてリビングへ向かった。
昨日と変わらない乱れた部屋の中で、一人の少女がソファに腰掛けている。
「こんばんは、凪さん」
「こんばんは、海斗」
どうやら本を読んでいたらしく、凪は一瞬だけ海斗へと視線を移して柔らかく笑んだ。
大事を取って今日は学校を休んだようだが、それでも昼に凪から風邪が治ったという知らせを受けていた。
なのでソファで読書をしている事や、これまでと同じくラフな長袖と長ズボンの服装に文句は言わない。
しかし、きちんと確認をすべきだと食材を置いて凪に近寄る。
「体調はどうですか?」
「たっぷり寝て、ばっちり元気。ぶり返してもない」
「了解です。じゃあご飯を作りますね」
今日からここで料理するが、学校から帰ってすぐに向かってはおらず、二時間くらいバイトをしてきた。
一応、清二からは「気にしなくていい」と言われているが、時間がある土日以外は喫茶店に行かないというのは申し訳なさ過ぎる。
それに早めに凪の家に来ても何もする事がないという事もあり、折角だからと頼み込んだのだ。
なので今はとっくに日が落ちており、海斗の腹も空腹を訴えている。
「お願い」
凪が深く頭を下げて
海斗に興味が無いかのような行動だが、ジッと料理の風景を見られても困るのでこの方が良い。
むしろ玄関に来なかった事も含めて、警戒なんてしていないと、
胸に温かなものが沸き上がり、頬を緩めながらキッチンへ向かう。
「あの、配置を弄っていいですか?」
「いいよ。そこは海斗専用になったから」
「じゃあ遠慮なく」
昨日キッチン使って調理器具の配置や収納場所を覚えてはいるが、海斗が使いやすいようにしたい。
念の為に確認を取ればあっさりと許可が出たので、先に米を炊いて配置を弄る。
ついでに改めて整理したのだが、全て終える頃には米が出来上がっていた。
そこからは真剣に調理し、出来上がった皿をテーブルに持って行って、未だに本を読んでいる凪に声を掛ける。
「出来ましたよ」
「すぐ行く。お腹減った」
読書に熱が入って「後で食べる」と言われないか心配だったが、食欲が勝ったらしい。
パタリと本を閉じて凪がテーブルにつく。
既に置かれていた料理を目にすれば、アイスブルーの瞳が輝いた。
「これ、オムライス?」
「はい。半熟にしてみましたが、大丈夫でしたか?」
「うん! 早く食べよう、海斗!」
半熟のオムレツに感極まったのか、凪が待ちきれないとばかりに、スプーンを取りに行った海斗へ着席を促す。
テンションの上がった無邪気な姿が愛らしくて、笑みが零れた。
「はいはい、すぐ行きますよ」
「早く早く!」
つい子供に接するような態度を取ってしまったが、興奮している凪は全く気にしない。
こういう一面もあるのだなと新たな発見に笑みを深め、手を合わせた。
「「いただきます」」
半熟のオムレツをスプーンで割り開けば、とろりと卵が溢れてくる。
会心の出来に内心で自画自賛しながら凪の様子を見るが、彼女はスプーンをオムレツの上で止めていた。
それだけでなく、先程まであんなに興奮していたのに、顔を曇らせてオムレツを見つめている。
あまりのテンションの違いっぷりに、何かしてしまったかと危機感を抱いた。
「どうしました?」
「綺麗過ぎて、割るのが勿体ない」
「…………はい?」
全く予想出来なかった言葉に、海斗の思考が固まる。
しかし凪は一大事だとばかりに唇を尖らせていた。
「海斗の料理は凄すぎる。これはもはや芸術品」
「いやまあ、折角ならとタッパーで持ち運べない料理にしましたし、気合も入れましたが、大げさでは?」
「そんな事はない。料理の写真を撮って自慢してるクラスメイトの気持ちが分かった。撮りたい」
「撮らなくていいですって。凪さんが気に入ったなら何度でも作りますから、食べてください」
凪の真剣な表情は美しいと思うが、口から出る言葉でその綺麗さが台無しだ。
褒めてもらえるのは嬉しいものの、写真は流石に恥ずかしい。
適当な理由をつけて食事を促すと、アイスブルーの瞳に今までにない程の強い光が灯った気がした。
「約束、だからね?」
「は、はい」
「ならよし。改めて、いただきます」
否定を許さない圧に思わず頷けば、凪がパッと表情を緩めてオムレツを割る。
とろりと零れる卵に「おぉ……!」と感激し、いよいよスプーンでオムライスを
おそるおそる口に運び、数回
「ん! おいひい!」
「これが出来立ての味ってやつですよ」
「最高だね。やっぱり海斗を家に上げて良かった」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、何か複雑だなぁ……」
信頼関係が強くなったからではなく料理の味で家に入る許可を得られた気がして、ぽつりと呟いた。
勿論、そんな事はないと分かっている。
それでも納得出来ない感情を胸に秘め、オムライスを平らげるのだった。
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