第53話 修学旅行

「西園寺さん、次行くよー!」

「分かった」


 クラスメイトであり、今回の修学旅行で一緒のグループになった女子が、少し離れた場所に居た凪を呼んだ。

 集団行動を義務付けられているので、素直に彼女を含むグループについていく。


(面倒くさいなぁ……)


 別に彼女を嫌っている訳ではないし、一緒のグループの他の女子達が嫌な訳でもない。

 それでも親しい人以外との会話が苦手な凪にとって、集団行動というのは非常に億劫おっくうなのだ。

 修学旅行の定番といえる、寺の見学に興味を持てないのもあるが。

 とはいえ、和を乱して他の人の楽しい気分を邪魔したくないというのもあり、怒られない程度に距離を取って大人しくしていた。

 なので特に問題なく昼の活動は終わり、晩飯の時間となる。


「うわぁ、美味しそー!」

「これぞ修学旅行って感じだね!」


 何処かの高級な肉を使っているらしい晩飯は、一般的にはテンションが上がるものなのだろう。

 実際、同じグループの女子達ははしゃいでおり、写真を撮りたいという人も居るくらいだ。

 しかし凪は「手間が掛かってるんだろうなぁ」としか思えず、会話に混ざる事なく晩飯を口に運ぶ。

 文句の付けようのない程に美味しいが、どこか味気ない気がした。


(海斗のご飯の方が美味しいし、海斗と食べてる方が楽しい)


 目の前の晩飯とは違う、高級食材など使っていない家庭的な料理。

 今と同じ、会話こそあまりしないが、穏やかな空気。

 それが無性に恋しくて、傍に海斗が居ないのが寂しくて。

 美味しいはずのご飯を、何の感情も抱く事なく平らげていった。

 そして晩飯の後は風呂だが、すぐに終えて部屋に戻る。


「ふぅ……」


 部屋は一緒のグループである女子達と同じなので、どうにも気まずい。

 彼女達も、部屋の隅で凪がジッとしていたら居心地が悪いだろう。

 なのでフロントの休憩所にでも出ようと思うが、一度荷物を置いておきたかった。

 幸い凪はすぐに風呂から出たので、クラスメイト達はまだ帰ってきていない。

 今がチャンスだと手早く済ませようとしたのだが、タイミング悪く全員が帰ってきてしまった。


「西園寺さん上がるの早いねぇ」

「そう? 私はこれがいつも通り」

「そうなんだ。というか折角こうして集まったんだし、はい西園寺さん!」


 そう言って、このグループのリーダーである女子が凪に座布団を手渡す。

 訳が分からず目をぱちくりとさせれば、彼女が楽し気な笑みを浮かべた。


「やっぱり旅行といったら恋愛話でしょ!」

「なら私は――」

「という事で、今日は西園寺さんお気に入りの後輩くんの話です!」

「えぇ!?」


 恋愛話なら凪に関係ないので部屋を出ようとしたのだが、まさか海斗の話題になるとは思わなかった。

 素っ頓狂な声を上げて固まる凪を、同じ部屋の女子達が生暖かい目で見つめている。


「さあ西園寺さん、座って座って!」

「でも、海斗はそういうのじゃない。それに面白い話なんて、私は出来ないんだけど……」

「面白い話なんてしなくていいよ! 西園寺さんの気持ちが聞きたいんだから!」

「そうそう! あと、話したくない事は言わないでいいからね!」


 昼からそうだったが、彼女達は凪を居ないものとして扱わない。むしろ積極的に話し掛けてくれる。

 あまりにも意外過ぎて目を瞬かせ、取り敢えず座布団を敷いて座った。


「……あの、何で?」

「うん? 何でって何が?」

「何で私をそんなに気にしてくれるの?」

「え、だって折角一緒のグループになったんだし、仲良くなりたいじゃん」

「私も! それに西園寺さんって、ちゃんと話してみると意外と受け答えしてくれるし、苦手じゃなくなったなぁ」

「苦手って本人の前で言わないの。でも、正直私も同じかな。というか、最近雰囲気が丸くなった気がする」

「そう、かな……」


 周囲への態度は変えていないつもりだが、彼女達は凪が変わったように見えているらしい。

 あまり実感は出来ないものの、少なくとも以前より学校が苦痛ではなくなった気がする。


(多分、海斗が居てくれるから、かな)


 家でお世話してくれるだけではなく、苦労すると分かっていても、凪の無茶苦茶な提案を受け入れてくれた大切な友人。

 彼の事を考えるだけで、胸が温かくなる。


「あー。もしかして西園寺さん、後輩君の事考えてた?」

「っ!? どうして分かったの!?」

「いやぁ、いきなり幸せそうに笑うんだもん。バレバレだよ」

「噂で聞いてはいたけど、ホントに後輩くんの事が大切なんだねぇ」

「ん。海斗は大切な、誰よりも大切な友達。だけど……」


 信頼しているからこそ海斗の傍に居たいし、海斗にならお世話されたい。

 けれど、最近の凪は何か変だ。

 自分でも分からない感情に答えは出せず、海斗にも何故か言い辛かった。

 しかし、彼女達ならばこの謎の感情を知っているのではないか。

 口ごもる凪の態度に首を傾げている彼女達へと、恐る恐る視線を向ける。


「……あの。もし良かったら相談に乗って欲しい」

「え!? うん、いいよ! 喜んで!」

「これは楽しくなってきましたなぁ!」

「修学旅行はこうでなくっちゃ!」

「よ、よろしくお願いします」


 弾んだ声を上げる彼女達の圧に押されそうになるが、お願いしたのは凪なのだ。

 ここで「やっぱり言わない」という選択肢はなく、大きく息を吸い込む。


「お願いだから、誰にも言わないでね」

「もっちろん! ここだけの秘密だよ!」

「うわぁ、西園寺さんに相談されるなんて夢みたい」

「このグループになって良かったぁ」

「えっと、それじゃあ――」


 海斗がお世話してくれている事を除き、彼女達に最近の凪の変化を伝える。

 男子に告白された際に外見を褒められても何も感じなかったが、海斗の時は無性に恥ずかしかった事。

 それだけでなく偶に彼を視線で追っている事や、一緒に居て何故か居心地悪くなる事。

 お世話の件に関しては具体的な話を出来ず申し訳ないが、それでも自らの感情をしっかり伝えると、彼女達が一斉に溜息をついた。

 気を悪くしてしまったかと、慌てて頭を下げる。


「こ、こんな話をしてごめんなさい」

「違うの! ちょっと当てられただけだから、西園寺さんが悪い訳じゃないの!」

「何と言うか、甘酸っぱいなぁ……」

「ホントにね。まさか高校生になってこんなに純粋な恋愛話を相談されるとは思わなかったよ」

「? ??」


 彼女達がどうして慈愛を込めた微笑みを浮かべているか分からず、首を捻る。

 とはいえ、彼女達が凪の話に幻滅していなくて一安心だ。

 これからどうするべきかと彼女達を見つめれば「ちょっと待ってて!」と言って凪を放り出し、一塊になった。

 耳を澄ませば「これは下手な事言えない」だったり「見守るのが一番」という声が聞こえてくる。

 やはり彼女達でも答えを出せないのかと肩を落とすと「でも西園寺さんが頼ってくれたんだし、ちょっとくらい背中を押したい」と聞こえた気がした。

 頷き合うのが見え、あっという間に彼女達が戻ってくる。


「西園寺さんは、後輩くんと一緒に居るのは嫌?」

「嫌じゃない。もっと一緒に居たい」

「じゃあ触れられるのは?」

「ん……。それも、嫌じゃない」


 質問の意図は分からないが、本音を隠す理由もない。

 風邪を引いた際に海斗が手を握ってくれたが、決して嫌ではなかったし、もっと握って欲しいと思ってすらいた。

 それ以外の接触となると満員電車くらいだが、その時も嫌どころか海斗が心配だった。


「なら、後輩君にもっと触れてみて欲しいな」

「具体的には、何をして?」

「そうだねぇ。すっごく些細な事でも良いから理由をつけて手を握るとか、何かのお礼に頭を撫でてもらうとか」

「手を握るのと、頭を撫でてもらう……」


 凪が海斗に出来る事はそう多くない。なので触れる状況を作るのは難しいが、一つ思いついた。

 海斗は清二からお願いされて凪の世話を焼いているものの、全て海斗が行う必要はないのだから。


「分かった。やってみる」

「よし、これで一つだね。なら次だけど、今日は後輩君と一緒に居られなくて寂しかったりする?」

「うん。海斗が傍にいないと、寂しい」

「それなら電話しに行きなよ!」

「電話?」


 あまり使った事のないスマホの機能を、どうして今使用するのかと首を傾げた。

 すると彼女達は弾んだ笑顔を浮かべ、凪に説明しだす。


「消灯時間まで、フロント近くの休憩所で電話出来るみたいなの」

「折角だし、後輩君の声を聞いたら寂しさも消えるんじゃないかな?」

「多分、今の西園寺さんの気持ちを正直に伝えた方が喜ぶよ!」

「分かった。電話してくる」


 すぐに声を聞けるとなれば、居ても立っても居られない。

 座布団から立ち上がって部屋を後にしようとすれば「西園寺さん」と穏やかな声が掛かった。


「私達は西園寺さんの感情に答えを出しちゃいけない。でも応援してるし、アドバイスもするからね」

「……本当にありがとう。相談して良かった」


 修学旅行など苦痛でしかないと思っていたが、思わぬ収穫があった。

 もしかすると、明日からは楽しく過ごせるかもしれない。

 凪のつまらない話に付き合ってくれたお礼を微笑みながら告げると、彼女達が嬉しそうに笑んだ。


「ううん。こっちこそ相談してくれて嬉しかったよ!」

「頑張ってね、西園寺さん!」


 クラスメイトの温かい言葉を背に、部屋を出る。

 海斗の声を聞きたくて、小走りにフロント近くの休憩所へ向かうのだった。

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