第160話 悪戯と報復

 晩飯を摂った後はいつも通り風呂を終え、凪の部屋でのんびりしている。

 勿論彼女は海斗の膝に頭を乗せて本を読んでいるが、偶にアイスブルーの瞳が海斗の唇へと向けられていた。


「……珍しく本に集中してませんね」

「ん。だって、キスしたいから」

「滅茶苦茶堂々と言いましたね」


 日課となっている読書よりも、海斗とのキスは優先されるものらしい。

 あまりにもストレート過ぎる言葉に苦笑を零せば、凪の顔に僅かな不安の色が宿った。


「駄目だった?」

「まさか。でも、このままじゃ読書に集中出来ないでしょう?キスは後でたっぷりしますから、今は他にしたい事をしませんか?」

「……分かった。絶対だよ?」

「りょーかいです」


 恐ろしく澄んだ瞳を向けられて、逃げ場が無くなったのを悟る。

 けれど凪とのキスが嫌という訳ではないので、キス以上の事をしないよう、海斗が欲望を縛ればいいだけだ。

 肩を竦めて頷きつつ片手で凪の髪を触り、もう片方の手はスマホを眺める。

 意識はほぼスマホに向けており、凪の髪を触るのは何となくでしかない。

 それでも彼女は嬉しいようで、偶に気持ち良さそうな吐息が聞こえてくる。

 

「……ふふ」


 キスをせがまれているとはいえ、それ以外はいつも通りの非常にのんびりとした時間。

 しかし後に海斗が大変な思いをするのだから、少しくらい悪戯してもいいのではないか。

 そんな悪い心が沸き上がり、スマホを置いて両手で凪の髪に触れる。


「……」


 海斗が凪の髪に意識を集中させた事でちらりとアイスブルーの瞳が向けられたが、すぐに本へと戻った。

 ならばとくすぐるように、遠慮なく凪の髪を触り続ける。

 そんな中、髪の間から見える小さな耳に手が触れてしまった。


「……っ」


 海斗の手が何かの間違いで触れたと判断したようで、ぴくりと体を震わせつつも、凪は何も言わない。

 明らかに今までと違う反応に、ふと先日の一幕が思い出される。


(そう言えば、凪さんって耳が弱かったんだっけ)


 海斗も多少は弱いが、凪はそれ以上で海斗が耳元で話す度にじたばた暴れていた。

 近くで話され、吐息が触れるだけで悶えたのだ。実際に触れれば、どうなるのだろうか。

 沸き上がる好奇心には勝てず、今度は自らの意思で凪の耳に触れた。


「ひうっ!? な、何?」

「いや、その、何となく」


 流石に我慢出来なかったのか、凪が本を置いて海斗へ抗議の視線を向ける。

 その姿にぞくぞくとしたものが背中を這い上がり、再び凪の耳に触れた。

 擦るように触れば、凪が擽ったそうに体を揺らす。


「かい、と、それ、だめ……」

「嫌ですか?」

「いや、っていうか、せなか、ぞわって、する」

「うーん。なら、ちょっとだけ触ってていいですか?」


 決して嫌だとは言わない凪に笑みを落とし、彼女に取って非常に悩ましい質問を投げかけた。

 勿論、ここで凪が拒絶すれば、海斗は絶対に続けない。

 ジッと凪の顔を見ろすと、アイスブルーの瞳がすいっと逸らされ、その後小さく頷かれる。


「ちょっと、だけだよ?」

「はい。ありがとうございます」


 擽ったい感覚をもう少し味わっていたいのか、それとも海斗の頼みを断れなかったのか。

 何にせよ、許可が出たのなら遠慮なく触らせてもらう。

 くにくにと耳たぶを揉めば、びくりと凪の体が跳ねた。


「ん、くぅ……。ぁ……」


 漏れそうになる声を口を塞いで我慢し、体を忙しなく動かす凪。

 勿論、彼女からすれば、必死に我慢しているだけなのだろう。

 しかし小さく聞こえる声や体の動きが艶めかしく、海斗の欲望が刺激された。


(あれ、これって俺が自爆してないか?)


 沸き上がった嗜虐心しぎゃくしんそそのかされて行った行為が、海斗の首を絞める事になるとは予想出来なかった。

 とはいえ滅多に見られない凪の色っぽい姿は魅力的で、自爆していると知りつつも彼女の耳を触り続ける。


「そ、れ……。きも、ち……」

「この触り方ですか?」


 擽ったさが快感に変わったのか、凪がおねだりしてきた。

 お望みに応えて凪の言う通りに触ると、とろみを帯びたアイスブルーの瞳が海斗を見つめる。


「う、んっ。あ、ぅ……。ひぅ……」


 どうか海斗の体の一部が凪にバレませんようにと願いながら、誘うような彼女の姿と声を目に焼き付けるのだった。





 凪に約束した以上、耳を触るのは程々にしなければならず、ある程度で辞めた。

 すると彼女は多少ふらつきながらも立ち上がり、洗面所へ向かう。

 散々悪戯した海斗が心配するのもどうかと思うが、流石に尋ねずにはいられない。


「な、凪さん、大丈夫ですか?」

「…………うん? 大丈夫、大丈夫だよ」


 いつもならすぐに反応が返ってくるのに、どうにも鈍かった。

 アイスブルーの瞳は胡乱うろんで、海斗を見ているようで見ていない気がする。

 とはいえ意外にも足取りはしっかりしており、すぐに寝る準備を済ませた。

 凪の自室へと戻り、ベッドに入るよう促す。


「さ、凪さん。お先にどう――」

「えい」


 前に一度あったような気がする衝撃と共に、ベッドに倒れた。

 何となく嫌な予感がしつつも仰向けになると、すぐに凪が海斗の腹へと乗る。

 海斗を見下ろすアイスブルーの瞳は、普段なら澄んでいるのに今はどろりとした感情が秘められている気がした。


「……海斗」

「な、凪さん、一度落ち着きませんか?」

「やだ。海斗が私を好きにしたんだから、私も好きにする」


 凪を本当に好きにしていいなら、海斗はもっと別の事をしていたのだが、凪は気付いていないのだろう。

 とはいえ、悪戯したのは事実であり、凪の言葉を拒否出来ない。


「いやまあ、そうなんですが、具体的に何をするんですか?」

「決まってる。キス」


 短く言うやいなや、凪が海斗の頬を両手で挟み込んだ。

 すぐに美しい顔が近付き、海斗が何か言う間もなく唇が触れ合う。

 むように唇が動き、本当に食べられている気がした。


「……ぷは。今日は寝るまで、ずっとキスしてようね?」

「因みに、拒否権は?」

「ある訳ないでしょ? 約束したし、さっきの仕返しでもあるんだから」

「ですよねぇ……」


 なけなしの抵抗として傍に置いている時計を見れば、いつも寝ている時間よりかなり早い。

 おそらく凪の体を満たす熱が収まるまで、彼女は眠らないだろう。

 初めてキスをしたのが数時間前だというのに、既に数えきれないくらいしているのは、普通ではない気がする。

 しかしこの状況は海斗の自業自得だと諦め、必死に下半身の熱を抑えつつされるがままになるのだった。

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