第18話 進展するお世話
凪の自室を後にし、清二しか使った事のないはずのキッチンへ向かった。
調理器具の確認を口実にしたが実は氷枕の準備の際に終えているので、次の工程の為に心を落ち着かせる。
その後は特に問題なく調理を行い、そう時間を掛ける事なく晩飯が出来た。
「凪さん、出来ましたよ」
「ん、行く」
慣れない名前呼びに羞恥が沸き上がるものの、必死に取り繕って扉の前で告げれば、凪が自室から出て来る。
片付けておいたリビングのテーブルには、凪を呼びに行くついでに熱々の鍋を置いておいた。
中身は卵と市販の調味料のみで味付けられた
「あんまり濃ゆい味付けにしなかったので大丈夫だと思いますが、食べられそうですか?」
「うん、これなら食べられる」
「なら良かったです」
凪の茶碗を手に取り、まずは少なめによそって彼女の前に置く。
後は凪が食べ終わる度に海斗がよそえばいい。
病人とはいえ、それくらい凪にも出来ると思うが念の為だ。
凪の正面に座って食べるのを待っていると、こてんと首を傾げられる。
「海斗は食べないの?」
「俺は家に帰ってから食べますよ」
「……そっか、家にご飯があったら食べられないよね」
しゅんと肩を落とす姿からは、海斗と一緒に食べられないのが残念だという気持ちが強く伝わってきた。
海斗の家が一般家庭ならば凪の考察は間違っていないので、ここで頷いて誤魔化すという手もある。
しかし彼女が家庭事情を多少なりとも説明したのだから、海斗も説明すべきだろう。
面白くない話なので空気を重くしたくないが、何が何でも隠しておきたい事でもない。
「家には晩飯なんてありませんよ。これが俺の晩飯ですから」
学生鞄の中に入れておいた、凪の晩飯用に使っていたタッパーを取り出す。
そこには、テーブルの上に乗っている料理と全く同じ物が入っていた。
突然取り出された物に、凪が目をぱちくりとさせる。
「それ、雑炊?」
「はい。多めに作っておいて、分けさせてもらいました。調味料を足せば十分味は濃くなりますからね」
「どうしてそんな事をしたの?」
「俺も凪さんと同じで一人暮らしなんですよ。なので家に帰っても誰も居ませんし、自分で料理しないといけない。それだけです」
一緒に食べると凪が嫌がるかと思って分けておいたものだが、彼女の様子からすると最初から一緒に食べても良かったのだろう。
とはいえ、今更「じゃあ一緒に食べませんか」とは言い辛い。
提案を飲み込んでほんの少しだけ海斗の事情を話せば、形の良い眉がへにゃりと下がった。
「デリカシーが無くてごめんなさい」
「踏み込まれたくないなら嫌だって言いますし、話したいと思ったから話しただけです。気にしないでください」
「分かった。それじゃあ一緒に食べよう?」
「……何か、話がすっ飛んだ気がするんですが」
海斗が言わなかった提案をあっさりと口にされ、頬が引き
思わず突っ込みを入れたが、きょとんと無垢な顔をされた。
「だってわざわざ晩ご飯を持って帰って一人で食べるなら、ここで食べた方が効率が良いと思う」
「そりゃあそうですけど」
「それと、海斗と一緒に食べたい」
「……」
溜め込んでいた物をある程度海斗に話して受け入れられたからだろうが、凪から凄まじい信頼を置かれている気がする。
そのせいで飛んで来た剛速球のストレートに、心臓が拍動のペースを早めた。
何と反応していいか分からずに固まっていると、凪が柔らかく笑んで海斗を見つめる。
「海斗が家に帰らなきゃいけないなら言わないつもりだったけど、そうでもなさそうだったから言ってみた。ダメ?」
美少女の小首を傾げてのおねだりは反則的に可愛らしい。
しかも質の悪い事に、凪は単にそうしたいから提案しただけだ。
女性慣れしている人ならあっさり流せるのだろうが、家族を除いて海斗の知り合いの女性は美桜だけだし、こんな頼み事をされてもいない。
どくどくと激しく鼓動する心臓を抑えつつ口を開く。
「…………それじゃあ、遠慮なくここで食べさせてもらいますよ」
「うん。そうして欲しい」
タッパーを開き、そこに調味料を足していく。
同じ料理をタッパーと茶碗で分け、それを一つのテーブルで食べる事になるなど予想出来るはずもない。
あまりにもシュールな光景に苦笑を作りつつ手を合わせる。
「「いただきます」」
凪と一緒に食事するのはこれで三回目だが、出来立てを食べてもらうのは初めてだ。
タッパーの雑炊に調味料を追加しながら凪の様子を
最近は割と感情豊かな気がするアイスブルーの瞳が、今まで見た事ない程に輝いていた。
「……ん。今日も美味しい」
凪が雑炊を口に含めば、端正な顔が柔らかく綻ぶ。
海斗の料理への絶対の信頼が乗せられた言葉に胸が温かくなった。
「いつもと違って薄めの味付けですけどね」
「今日は風邪を引いてるからこれくらいが丁度いい。流石海斗」
「そんなに褒めても何も出ませんよ」
「もうご馳走が出てるから大丈夫」
海斗の照れ隠しに全く動じる事なく、凪が料理を食べていく。
その姿は先程まで食欲が無かった人には思えない。
素晴らしい食べっぷりに小さく笑みながら、海斗も雑炊を口に運ぶ。
「にしても美味しそうに食べますね」
「海斗の味は好きだから。というか清二さんと同じ味だし、教えてもらったんでしょ?」
「……大正解です」
さらりと「好き」と言葉にされ、動揺で反応が遅れてしまった。
味の感想を言っているだけだと心を落ち着かせて答えを告げれば、端正な顔が柔らかな笑みを形作る。
「やっぱり。お弁当を食べた時に何となく気付いた」
「あの時は味が合わなかったかと心配しましたが、そういう事だったんですね」
「うん。だから味には期待してたの。それに、海斗が清二さんから教わってなかったら料理すら断ってた」
「勝手にハードルを上げられてたんですか……」
凪が海斗の晩飯を受け入れたのは、料理の味が清二に似ていたからのようだ。
一応清二にお墨付きをもらっているが、海斗としては彼にまだまだ敵わないと思っている。
凪の様子から海斗の味を気に入ってくれているのは分かるものの、胸を張る事は出来ないと苦笑を落とした。
「でも、海斗は私のハードルを全部超えてきた。今は海斗の味の方が好き」
「……そう、ですか」
真っ直ぐで純粋な褒め言葉に、羞恥が沸き上がって海斗の頬を炙る。
まさか清二よりも好まれているとは思わず、顔を俯けて表情を見られなくした。
あまり良い反応ではないと海斗ですら思うのだが、特に気にした風でもなく凪が「だから」と続ける。
「もっと色んな料理が食べたい」
「そうは言いますけど、タッパーで持って来れる料理には限界がありますよ?」
「何で作って来るの? ここで作ればいいでしょ?」
「はい?」
明らかに話が噛み合っておらず、思いきり顔を上げた。
沸き上がっていた熱は疑問によって冷やされ、海斗の提案に首を傾げている凪の顔をしっかりと見る事が出来る。
「家に入っていいんですか?」
「もう今更だし、もっと迷惑を掛けていいって海斗は言った。そうだよね?」
「まあ、確かに」
「だから、今度からはここで作って欲しい」
「……了解です。腕に
この家に来る前には門前払いされそうになり、家に上がっても最初は凪がお世話される事に否定的だった。
しかし何とか料理だけは持って行く事になって、それから約一ヶ月。ようやく凪の家で料理出来るようになった。
わざわざタッパーに入れて持って行くのは正直なところ非常に面倒くさかったので、それが改善出来たのは嬉しい。
しかし家に上がって料理しても良いと言われる程に信頼され、頼られた事の方が余程嬉しかった。
ジンと胸が痺れて目の奥が熱くなるが、取り乱したり涙を流すのはみっともない。
ぐっと感情を押し込めて宣言すれば、凪が柔らかく笑んで頷いた。
「ん。これからもよろしく。期待してる」
凪の微笑みに、もっと料理が上手くなりたいとやる気が
胸の温かさに頬を緩めながら、雑炊を平らげるのだった。
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