第139話 兄妹の企み

「んー。海斗の手は相変わらず気持ち良いねー」


 美桜と渚の髪を乾かす事になり、何とか一仕事終えた後、風呂から上がった凪の髪も乾かした。

 そして一番最後に手入れされたからか、髪が乾いても凪は海斗に撫でられるがままになっている。


「むー。お兄様を独占する為に一番最後だったんですね」

「抜け目ないよねぇ。まあ、あんなに手際良く髪を乾かされて、しかも凪ちゃん先輩の言う通り気持ち良かったから納得は出来るけどさ」

「……そうか」


 凪や渚からは褒められると思っていたが、美桜から褒められるのは正直なところ意外だった。

 なにせ、彼女は普段から自分磨きをかなり行っているのだ。

 決して凪や渚をけなすつもりはないものの、この中で一番容姿に気を遣っているのは間違いない。

 そんな美桜からの賞賛の言葉に、視線を逸らして言葉を零した。

 すると美桜は悪戯っぽく目を細めて口を開く。


「普段から凪ちゃん先輩の髪を乾かしてるだけあるねぇ。毎日やってもらいたいくらい」

「ですよね! お姉様が羨ましいです!」

「「ねー!」」


 気持ちは同じのようで、渚と美桜の声が重なった。

 美少女二人の髪を毎日乾かせるのだから、殆どの男が承諾するはずだ。

 凪から一応の許可も出ているので、海斗さえ頷けばそれで話が進む。

 けれど一度やってみて思ったが、決して楽ではなかった。

 苦笑を浮かべて肩を竦める。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、毎日三人の髪を乾かすのは流石に大変だから、勘弁してくれ」

「ま、そりゃあそうだよね」

「了解です」


 海斗が断ると分かっていたようで、二人は引き下がらずあっさり承諾した。

 話題を変えたいのか、美桜が「さて」と声を発して空気を変える。


「まだ寝る時間じゃないけど、これからどうしよっか? 前と同じようにカードゲームとかする?」

「四人いるし、それはそれで面白いだろうな」


 以前は凪と美桜が二人で対戦し、それを海斗が見守るのが多かった。

 しかし、今回は四人居るので同じ事は出来ない。

 全員が遊べるとなると、やはり定番の事をした方がいいだろう。

 凪と渚に確認を取れば、頷きを返された。


「じゃあ七並べでもしよっか」


 美桜の言葉によって種目が決まり、トランプが配られる。

 全員に行き渡ったところで、再び美桜が口を開いた。

 可愛らしい顔立ちには、何かを企んでいるような笑みが浮かんでいる。


「折角大人数でやるんだし、一位の人に何か商品でもあげない?」

「別にいいけど、今すぐ用意出来るようなものなんてあるか?」

「それなんだけど、凪ちゃん先輩ちょっといいですか?」

「私? まあいいけど」


 突然名前を出された事で、凪がきょとんと首を傾げた。

 そんな凪に美桜が近付き、何かを耳打ちする。

 凪の美しい顔立ちが悩まし気にしかめられたが、最終的に首を縦に振った。

 何となく嫌な予感がして美桜の顔を窺うと、一瞬だけ申し訳なさそうな表情だったが、すぐに普段の明るい笑みへと戻る。


「許可が出たので、一位の人に海斗と一緒に寝る権利をあげようと思いまーす! あ、海斗が一位の時は誰を選んでもいいからね!」

「それを凪さんに相談したのは偉いけど、俺の意見は無視かよ」


 恋人が血の繋がらない妹や、半分血が繋がっているとはいえ同年代の女性と一緒に寝るのは、流石に凪にとって面白くないだろう。

 そう判断したのはいいが、海斗の意見が全く反映されていない。

 普通は許嫁が一緒に寝るべきなのだから。


(何でそんな提案をしたんだか……)

 

 凪を揶揄うつもりなのか、それとも単に場を盛り上げる為か。

 何にせよ、美桜の意図が読めない。

 不思議に思いつつ苦言を呈せば、美桜がへらりと軽い笑みを見せる。


「まあまあ。海斗に損はないんだし、いいじゃん」

「……ノーコメントで。まあ、俺は凪さんが納得してるなら、それでいいですけど」


 凪と一緒に寝れないのは損なのではと思ったが、それを口すると渚や美桜を貶める事になってしまう。

 なので言葉を濁し、あくまで凪の許可が得られたのならと、アイスブルーの瞳と視線を合わせた。

 凪は顔をほんの僅かだが不満の色に彩らせつつも、強い決意を秘めた瞳をしている。


「構わない。私が勝てばいいだけだから」

「了解です」

「お姉様には申し訳ありませんが、負ける訳にはいきません!」

「それじゃあ始めよっか!」


 どうやら渚は乗り気のようで、可愛らしい顔立ちに気合を漲らせていた。

 明らかに海斗と一緒に寝る気の姿に小さく笑みを零しつつ、配られたカードを見る。

 そんな中、膝に置いていたスマートフォンが誰かからの連絡を知らせた。


「ん? ……え?」


 海斗の連絡先を知っているのは清二に凪と、縁の切れた母親である利華、そして日中の間にこれからの為にと連絡先を交換していた美桜くらいだ。

 だからこそ、スマートフォンに表示された『美桜』の文字に戸惑いを隠せない。

 ちらりと様子を窺えば、スマートフォンを置いた美桜が視線だけで「早く見ろ」と促してきた。

 目の前で連絡を取り合っていると思っていないようで、凪と渚はカードに視線を集中させている。

 今がチャンスだと、素早くスマートフォンのロックを解除して、メッセージに目を走らせた。


『凪ちゃん先輩と渚ちゃんを一緒に寝させてあげたい。一位になれるよう協力して』


 簡素な文からすると、渚と一気に距離を詰めた美桜だからこその気付きというものがあるようだ。

 美桜が一位となれば海斗と一緒に寝る事になるのだが、それは構わないらしい。

 海斗が勝てるようにしないのは、波風が立たないようにする為だろう。

 素早くスマートフォンから手を離してもう一度美桜と視線を合わせれば、真剣な表情を向けられた。

 普段の軽い雰囲気とは全く違う様子に、単なる揶揄いや冗談ではないのが分かる。


(まあ、今日は殆ど姉妹らしい事をしてないしな。ゆっくり話せる時間も必要だろ)


 良くも悪くも渚が美桜に懐いた事で、凪と渚の時間が減っているのだ。

 寝る時くらい、姉妹の時間を作るべきだろう。

 もしかすると美桜も同じ事を思ったのかもしれないし、そうであるなら協力するのもやぶさかではない。

 今の段階では美桜の本心が分からないが、後で確認すればいいと、小さな頷きを返すのだった。

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