第140話 自ら選んだ道
「私が一位! やったー!」
七並べを数回終えて、美桜が歓喜の声を上げた。
勿論、海斗が協力したからではあるが、その上で何回か凪や渚が勝っていた。美桜一人ならば確実に一位を取れなかっただろう。
とはいえ毎回スマートフォンを触っていたり、視線を合わせたりし過ぎていると察しの良い凪にバレそうで、美桜の雰囲気や僅かな仕草で出すカードを決めただけなのだが。
それだけでも何とか意思疎通を行えたのは、これまでの友人関係の
何にせよ美桜が一位になった事で、凪と渚が一緒に寝る事になった。
「むぅ……」
許可したとはいえ不服なのは変わらないらしく、凪が唇を尖らせる。
流石に文句を言うつもりは無いようなので、後日フォローをするべきだろう。
そして一位になれなかった事で、凪よりも落ち込んでいる人が居た。
「あぁ……。お兄様と一緒に寝たかったのに……」
可愛らしい顔立ちを絶望の色に染め、渚が打ちひしがれている。
具体的な事はしていないが、それでも卑怯な手を使って渚の夢を打ち砕いた事にズキリと胸が痛んだ。
流石に美桜も申し訳ないと思っているようで、先程までの明るい笑顔を引っ込めて渚を見つめる。
「私は明日には帰らないといけないんだよね。渚ちゃんは明日以降って凪ちゃん先輩の家に泊まれるの?」
明日以降、海斗と一緒に寝ればいいのでは。
美桜の言わんとしている事を察したのか、渚の瞳に光が灯る。
「お母様達には特に何も言われていないので、お姉様が良いのなら泊まれると思いますが……」
「ん。別に何日泊まってもいいよ」
渚がちらりと凪の顔色を窺えば、あっさり許可が出た。
とはいえ無条件という訳にもいかないようで「でも」と口にしつつ凪が真剣な表情を渚に向ける。
「寝る時は私も一緒。渚の体なら三人で寝ても大丈夫なはず」
「全然構いません! むしろお願いします!」
一日は他の人に海斗と一緒に寝るのを譲るが、それ以上は妹といえど嫌だ。
独占欲の見える言葉ではあったものの、それでも渚は嬉しそうに破顔した。
博之達は一日だけと言っていなかったし、渚の言う通りきちんと連絡すれば許してもらえるだろう。
相変わらず海斗の意見は反映されていないのだが三人で寝るのは嫌ではないし、渚は以前一緒に寝たいと言っていたので、拒否する理由はない。
何も言わず事態を静観していると、機嫌が上を向いた渚が凪の手を掴んだ。
「という訳で、今日はお姉様と一緒です! いっぱいお話ししましょう!」
「え、う、うん」
「それでは寝る準備です!」
「わ、分かった」
あくまで海斗と一緒に寝るのが一番だっただけで、凪と寝るのも渚は喜んでいる。
だからなのか、困惑している凪を洗面所へと誘導していった。
時刻を確認すれば、三人の髪を乾かしたり七並べをしていたからか、少し早いものの寝れる時間にはなっている。
とはいえ渚の言葉からすると結局は夜遅くに寝る事になりそうだが。
何だかんだで上手く事態が運んだ事に胸を撫で下ろせば、美桜も安堵の溜息を吐き出す。
「ふー。何とか上手くいって良かったぁ……」
「全部任せて悪かったな」
今回の件は、美桜が一位にならなければ話が進まなかった。
それは、凪と渚の嫉妬等の感情が美桜に向けられるのと同義だ。
全ての責任を擦り付けた申し訳なさに頭を下げれば、美桜がへらりと軽い笑みを見せる。
「気にしないでいいって。海斗が一位になると、絶対揉めるからね」
「確かにな」
「それに同じ立場として、姉と話したがってる妹を放ってはおけなかったし」
「……やっぱりか」
どうやら、海斗の予想は的中していたようだ。
美桜が何となく察したのか、それとも海斗が傍に居ないタイミングで渚と話したのかは分からない。
良くない方法を取ったとはいえ、姉妹の仲が深まるならそれでいいと肩を下げた。
「渚ちゃん、私とばっかり話してたのを気にしてたんだよね。気遣い屋なのは姉妹で同じだねぇ」
「そうだな。本当に似てる姉妹だよ」
素晴らしい姉妹だと、美桜と共に笑いつつ海斗達も洗面所に向かうべく立ち上がる。
すると、彼女は今まで見せなかった疲れを滲ませた表情になった。
「ま、私にもメリットがあったから良かったよ」
「そんなのあったのか?」
海斗と一緒に寝る事で、美桜に何のメリットがあるか分からない。
不思議に思って首を傾げれば、美桜が遠くを見るような目をした。
「海斗に愚痴を聞いてもらえるっていうメリットだよ。もうこの冬休みの間、本当に大変で大変で……」
冬休みに入ってからクリスマスに正月、そして海斗の事情などイベントが目白押しだった。
海斗の事情に関しては話がついているので、恐らくクリスマス等でクラスメイト達とややこしい事になった
美桜とゆっくり話す時間が無かったのもあり、ここで一度話を聞いておくべきだ。兄は妹を気にするものだと思うから。
そう考えると、美桜と一緒に寝るのも悪くない。
「そんじゃあ久しぶりに美桜に付き合うとしようかな」
「助かるぅ。さっすが兄貴」
「そうだろう? 俺は頼れる兄なんだぞ妹よ」
何の意味もない軽い会話をしつつ、寝る準備をし始めるのだった。
凪や渚と別れ、美桜の愚痴を聞いてからどれくらい経っただろうか。
結構な時間が経っていると思うのだが、凪の自室から小さな声が聞こえてきているので、まだ二人は話しているらしい。
海斗と美桜はというと、博之に買ってもらった布団に背中合わせに入っている。
既に美桜を恋愛対象とは見ておらず、妹として扱っているからか、それとも凪と普段から一緒に寝ているからなのかは分からない。
しかし学校でも凪と同じくらい有名な美少女と一緒の布団で寝るというのに、不思議と海斗の心臓は落ち着いていた。
「ねー、海斗」
愚痴を言ってある程度満足したのか、美桜が感情の読めない透明な声を漏らす。
今までと違った雰囲気に、靄のように海斗の頭に掛かっていた眠気が晴れた。
「何だよ」
「海斗は、こうなった事に後悔してない?」
自らの出生の秘密を知り、西園寺家と一ノ瀬家を繋ぐ道具となった事に悔いはないのか。
勧めた側ではあるし、一度喫茶店で海斗の意思を確認しているが、それでも美桜は気になっていたのだろう。
もしくは、あの場ですら口に出来なかった想いは無いのかという質問なのかもしれない。
静寂が暗闇を満たす中、ゆっくりと考えを口にしていく。
「凪さんと一緒に居られるようになったんだ。後悔なんてしてないよ」
「そう、なんだ」
「そりゃあ沖嗣さんに文句を沢山言いたいし、あのクソ母親をぶん殴ってやりたい気持ちもある」
実の父親ではあるが、それでもお互いに利用し利用される関係である沖嗣。
海斗を一ノ瀬家に取り入る為に生み落とし、失敗と分かったらお金を自分の為だけに利用した利華。
今更愚痴を言っても遅いというのが分かっていても、胸の内に秘めた思いは消えはしない。
けれど胸にあるのはそれだけではないのだと、くすりと小さく笑んだ。
「でも、それはもういいんだ。俺の過去を、俺の存在を、凪さんが受け入れてくれたから」
凪が傍に居てくれるのであれば、他に何も要らない。
清々しい気持ちで感情を言葉にすれば「……あのね」と迷うような声が聞こえた。
「海斗の母親はどうしようもないけど、お父さんはね――」
「分かってるよ、美桜。分かった上で、俺と沖嗣さんは取引したんだ」
沖嗣が海斗の知らない所で海斗を援助してくれていたのは知っている。
おそらく、海斗が思っている以上に気にしてくれている事も。
だが、それを分かった上でも、沖嗣を父とは呼べなかった。
それを察してくれたからこそ、ドライな関係を築いてくれたのだろう。
もしかすると、これが沖嗣なりの愛情なのかもしれない。
彼に近付くつもりはないと明確に意思を示せば「そっか」と簡素な返事が返ってきた。
「こんな親不孝者の兄で悪いな」
「そんな事ないよ。海斗はずっと親に振り回されて苦労してきたんだから。少なくとも私はそう思うし、この考えは変わらない」
「そう言ってくれるだけで助かる」
美桜としては海斗と沖嗣、どちらの味方でもあるのだろうが、それでも励ましの言葉は嬉しい。
胸が温かいもので満たされ、話が途切れたので目を閉じる。
「……幸せになってね」
「おう、そんなの当たり前だ。美桜も、だぞ」
「うん」
兄妹らしい会話を最後に、意識を眠りの海に沈めるのだった。
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