第154話 デート開始
凪が美桜と買い物に行った次の日。かなり久しぶりの、海斗と凪だけのお出掛けの日となった。
殆ど物のない自室で着替えを終え、リビングのソファに座って凪を待つ。
「……いつもより長いな」
昨日凪が出掛けた際の準備や、偶に一緒にスーパーへ買い物に行く際、彼女はすぐに準備を終えていた。
しかし、今日は明らかに準備に時間が掛かっている気がする。
清二から女性の準備はそういうものだと教わっているので不満はないが、それでも気になった。
とはいえ、ここで凪に声を掛ける程無神経ではない。
落ち着かない気持ちを抑えていると、暫く経って凪の自室の扉が開いた。
「待たせてごめんね」
「大丈夫ですよ。気にしないで――」
ソファから立ち上がり、凪の方へと向きを変えて励まそうとする。
しかし、彼女の姿を見て言葉が止まってしまった。
特に気にしていないのか、それとも余裕がないのか、凪が僅かに身を
「ど、どうかな?」
今まで見て来た凪の服装は、簡素で着やすいものが殆どだった。
美桜と三人で買い物に行った際に買った服も同系統のものであり、偶に着ているので見慣れている。
だが、今日の凪の服装は長めのひらひらとしたスカートに、正面でクロスされているニットセーターと、少し手間が掛かっていた。
明らかに気合が入っているのが分かり、嬉しさに海斗の胸が弾む。
「綺麗さの中にも可愛さがあって、凪さんの雰囲気にとても似合ってますよ」
「そう? ……よかったぁ」
これほど似合っているのに不安だったのか、凪がふにゃりと緩んだ笑みを見せた。
魅力的な姿に頭を撫でたくなってしまったが、短いとはいえ髪の毛が綺麗に整えられているのが分かるので控えておく。
「これを昨日買いに行ったんですよね?」
「うん。海斗と婚約者になってから二人きりのお出掛けは初めてだから、頑張りたいなって」
「ありがとうございます。滅茶苦茶嬉しいです」
昨日家に帰ってくる時点で、凪が美桜と服を買ったのは何となく察していた。
しかし、ここまで気合いの入った服だとは思わなかったし、髪も自分で整えるとは思わなかったのだ。
そんな凪の期待に応えられるデートにしたいと思う反面、自らの服装に目を向けて気持ちが沈む。
「でも、俺の方は有り合わせの服なんですよね。すみません」
「海斗の服はいつもセンスが良いから、気にしないで。今日もかっこいいよ」
「……まあ、その、どうも」
僅かながら持っていた私服は、清二からの教えを元に厳選に厳選を重ねたものだ。
なので褒められるのが嬉しく、頬が熱を持つ。
僅かに視線を逸らしながら唇に弧を描かせると、凪が楽し気に目を細めた。
「もし海斗が納得してないなら、今日のデートで一緒に買おう?」
「え、別にいいですよ。今日はそれなりに予定を入れたでしょう?」
以前からデートを計画していた事もあり、内容は凪と相談して決めている。
余裕を持ってはいるし、夜遅くまで遊ぶつもりもないが、海斗の服選びに凪を付き合わせる必要などない。
だが凪は納得できないのか、アイスブルーの瞳をすうっと細めた。
「海斗の服を選べない程じゃないでしょ? また遠慮したから、今日は絶対服を買ってもらう」
「あれぇ……? 俺の服なのに凪さんが決定してる……」
元々は有り合わせの服が申し訳ないという話だったし、彼女からはあくまで提案だった。
なのに、海斗の服を買うのがデートの内容に入ってしまっている。
むすっと唇を尖らせる姿に、凪の意思を曲げさせる事を諦めて肩を竦めた。
「分かりましたよ。それじゃあ、服選びに付き合ってくれますか?」
「勿論。とっておきのを選ぶね」
「凪さんが選ぶんですね」
凪はシンプルな服が好きなだけで、センスが変という訳ではない。
今日の服も、凪の意見を元に美桜が選んだはずだ。
なので心配はしていないし恋人に選んでもらえるのは嬉しいのだが、海斗の発言を勘違いしたのか澄んだ蒼の瞳に不満の色が宿った。
「私が選んじゃ駄目なの?」
「まさか。嬉しいですし、期待してますよ」
「ん、それで良し。行こう、海斗」
凪が海斗へと雪のように白い手を差し出す。
玄関で靴を履き替えるのですぐに手を離さなければならないが、拒否するつもりもない。
「はい。いっぱい楽しみましょうね」
「うん!」
恋人になって初めてのデートだというのに、指を絡ませる繋ぎ方はある程度慣れている。
そんなちぐはぐさがおかしくて、小さく笑みを浮かべた。
しかしいざ玄関に向かおうとしたところで、ふと疑問が浮かんだ。
「凪さんの服って、前と同じ場所で買ったんですか?」
「そうだけど、どうしたの?」
「いや、二日連続で同じ場所に行くのもどうかと思いまして」
海斗と凪がデートに選んだのは、大型ショッピングモールだ。
以前美桜と三人で行ったきりだったので良い案だと思ったのだが、凪からすれば面白味がないだろう。
海斗が楽しむのは勿論だが、凪に楽しんでもらわなければ意味がないと苦笑を落とした。
すると凪は首を勢いよく振り、繋いだ手に力を込める。
「元々ショッピングモールでデートする予定だったのに、直前に買い物に行くって決めたのは私。だから、そんな事は考えなくていいよ」
「分かりました。じゃあ、気を取り直して行きましょうか」
「ん」
勝手に服を買いに行ったのは凪なのだから、気に病む必要などない。
そんな凪の優しさに甘え、今度こそ玄関に向かうのだった。
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