第71話 才能の無駄遣い

「髪と肌の手入れは終わりましたし、後は眠くなるまで楽しみましょうか!」


 凪とのじゃれつきを終えた美桜が、弾んだ笑顔で提案した。

 彼女の手には、鞄から取り出したトランプが握られている。


「それはいいけど、定番中の定番だな」

「こういうのは定番だからいいんでしょ? どうですか、凪ちゃん先輩?」

「ん。やりたい」

「よし、それじゃあまずはババ抜きからですね!」


 三人で遊べるお馴染みのゲームの為に、美桜がトランプをシャッフルして配り始めた。

 やはりというか凪は初めてらしく、トランプの持ち主である美桜に念の為のルール説明を任せ、ゲームが開始される。

 すると、すぐに強敵が現れた。


「上がり」

「「……」」


 一番で上がった凪が、淡々と勝利宣言を上げる。

 ルールは簡単だし、凪の頭ならすぐにコツも分かると思っていた。

 しかし、彼女のスペックと態度を甘く見ていたと言わざるを得ない。


「……完全なポーカーフェイスって、滅茶苦茶強いな」

「というか、何で絶対にババを引かないんだろ……」

「あんまり表情が動かないのはいつも通りだし、ババは美桜の表情から推測しただけ。結構簡単」

「「才能の無駄遣い!」」


 相手にバレないように無表情がいい、と美桜が説明していたが、完璧に実践されては手札が全く分からない。

 その上で、美桜の僅かな表情の変化を読み取っていたらしい。

 普段は必要がないから相手の表情から内心を読まないが、やろうと思えば出来るのだろう。

 実際、凪は偶に海斗の内心を見抜くような事を言うので、間違いではないはずだ。

 天才としての力を見せつけられ、思わず美桜と一緒に叫んでしまった。


「そ、それじゃあ今度はスピードで勝負です!」

「分かった。受けて立つ。でもルール説明をお願い」


 どうやら美桜に火が付いたようで、今度は一騎打ちをしたいらしい。

 ババ抜きが自信に繋がったのか、凪が胸を張って美桜の提案を受け入れた。

 ただ、スピードとは頭の回転と咄嗟とっさの判断力がものを言うゲームだ。

 判断力に関しては分からないが、少なくとも頭の回転で美桜に勝ち目はない。

 無謀な挑戦を行う美桜へ、生温かい視線を向ける。


「じゃあ俺は見学してるよ。……頑張って善戦しろよ、一ノ瀬」

「何で私が負ける前提なのよ! くっそぅ! 絶対勝ってやるー!」


 海斗の言葉を煽りと受け取った美桜が、凪に説明を行ってゲームが開始された。

 結果は完全に海斗の予想通りとなり、美桜がカーペットに手をついて項垂うなだれる。


「わ、私が、負けた……!?」

「何か悪役が言いそうな台詞だな」

「すっごく楽しかった」


 純粋な遊びに頭を使えて、かなり楽しかったのだろう。

 凪が頬を上気させ、柔らかく微笑んだ。

 その表情を見て美桜のスイッチが入ったのか、ブラウンの瞳に闘志が宿る。


「それなら、別のゲームで勝負です!」

「別って何をするの?」

「トランプは完敗だったので、次はオセロです!」

「…………また惨敗しそうなものを」


 三人で遊べるものなどそうそうないし、見学し続ける分には構わない。

 美少女二人の遊ぶ姿は、目の保養になるのだから。

 しかし、オセロという露骨に頭の良さが試されるもので挑戦するとは思わなかった。

 再び天才に挑む勇者につい呟きを落とせば、思いきり睨まれる。


「いいでしょ!? 天音は私が勝つのを見てなさい!」

「はいはい。期待しないで見てるよ」

「海斗、私が勝つのは?」

「そりゃあ全力で応援します」

贔屓ひいきだー!」


 美桜が喚くが、相手は学年一位どころではない天才なのだ。

 流石にここまで勝ちの目のない勝負となると、応援するのも気が引ける。

 勿論、凪に好意を抱いているからというのもあるが。

 とはいえ味方が誰もいないのも困るだろうと、溜息を落として口を開く。


「分かった分かった。それじゃあ一ノ瀬が勝ったら明日デザートを作ってやるよ」

「本当!? やる気出て――」

「それは不公平。勝った方にご褒美をあげるべき」


 美桜の瞳が輝いたと思ったら、すぐ傍から底冷えのする声が聞こえてきた。

 声の方を向けば、凪がゾッとする程に真剣な表情をしている。

 彼女の圧に押されて、つい首を縦に振った。


「よくよく考えれば、確かにそうですね。分かりました」

「ちょっと!?」

「…………すまん、頑張ってくれ」


 結果的にではあるが、海斗が凪を焚きつけた事は否定出来ない。

 流石に美桜をフォロー出来ず、苦笑を浮かべて彼女を戦場へ送り出した。

 更に勝つ可能性が減ったと実感したのか、美桜が「あー、もう!」と自棄やけになったような声を上げる。


「こうなったらやってやる! 私がまいったと言うまで付き合ってもらいますからね!」

「私にも負けられない理由が出来たから、望むところ。やるのは初めてだけど、ルールは知ってるから大丈夫なはず。すぐにやろう、美桜」


 何故か初めてオセロをするであろう凪が胸を張り、美桜がチャレンジャーのように挑む事になっている。

 二人の熾烈な争いは、疲れ果てるまで続いたのだった。





「あー、疲れたぁ……」


 数時間後。美桜がソファにもたれ、ぐったりと肩の力を抜いた。

 結局美桜はオセロで勝つ事が出来ず、最終的に盤上が全て一色に染まった光景が見られた程だ。

 心が折れて再びトランプに戻るものの、相変わらず美桜は完敗した。

 最終的に美桜が負けを認めはしたが、彼女の表情は笑みの形を作っている。


「でも楽しかったです。またやりましょうね」

「うん。またやろう、美桜。本当にありがとね」


 凪としても誰かと一緒に何時間も遊びに熱中する、というのは今まで一度もなかったはずだ。

 花が咲くような満面の笑みを浮かべているのが、それを証明している。


「でも、こんなに一緒に遊んだのに、美桜に何もないのはダメ。だから、美桜にもデザートを作って欲しい。いい、海斗?」


 海斗の負担が増える事を心配したのか、僅かに揺れるアイスブルーの瞳が海斗を見上げた。

 凪のお願いに対する答えは、とっくに決まっている。

 というより、凪が言い出さなければ海斗が提案しただろう。


「凪さんがそう決めたのなら、俺は構いませんよ」

「ん。なら一緒に食べようね、美桜」

「うぅ……。凪ちゃん先輩が優し過ぎるぅ……」


 凪の優しさが沁みたようで、美桜が瞳を潤ませる。

 そんな美桜へと、凪が大人びた笑みを向けた。


「そんな事ない。本当に楽しかったから、そのお礼」

「な、凪ちゃん先輩ー!」

「はえっ!?」


 着飾らない言葉に限界が来たのか、美桜が凪へと飛びつく。

 突然襲われた事で凪が身を固くするが、すぐに美桜の背へと腕を回した。

 二人の姿だけを見れば凪が抱きしめられているように見えるものの、凪の珍しいお姉さんのような態度のせいで、どうにも逆に見える。


「こういうのも楽しいね」

「はい! 私も、こんなに相手を気にせず楽しめるのは初めてですよ!」


 美桜としても、全く相手に合わせる事なく楽しめる機会はなかったのだろう。

 笑い合う美少女二人のやりとりを、しっかりと目に焼き付ける海斗だった。

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