第6話 海斗が世話をする人とは
清二からのお願いを受けて約一週間後の金曜日。詳細を話す日という事で、海斗は喫茶店へと来ていた。
「わざわざ時間を取ってもらってすまないね」
「大丈夫ですよ。いつも金曜日は勉強して寝るだけですから」
自ら望んだとはいえ、普段はバイトと勉強に明け暮れているのだ。
バイトが無い時くらいは、だらけたりたっぷり寝たい。
学生らしくない生活に清二が苦笑を零すが、特に何か言う事はなかった。
「それじゃあここから移動するよ」
「了解です」
海斗を喫茶店に呼び出したのは、単に集合する為だったらしい。
清二の後をついてゆっくりと歩く。
そもそも喫茶店が住宅街にあるからか、それほど時間を掛ける事なく目的地に着いた。
目の前に現れた、いかにも高級そうなマンションに頬が引き
「ここ、ですか?」
「そうだよ。綺麗な所だろう?」
「確かにそうですけど、こんな場所に住めるならお金には困ってないでしょう。ハウスキーパー、でしたっけ? それを雇えばいいのでは?」
「それもあの子の為にならないから、頼めるのは海斗くんだけだったんだよ」
「……まあ、そう言うなら」
ハウスキーパーよりも家事等が得意とは言えないが、それでも構わないというなら海斗は何も言えない。
釈然としない思いを抱えながら清二とエントランスに向かう。
当然ではあるが無断でマンションへ上がる事は出来ず、どうやら鍵が必要らしい。
もしくは住人を呼び出して内側から開けてもらうしかないものの、普段からお世話しに来ている清二なら問題ないだろう。
そう思ったのだが、彼が呼び出し用のモニターの前で立ち止まった。
「……海斗くんには申し訳ないけど、実はちょっと問題があってね」
「何となく予想出来ますが、もしかして揉めましたか?」
「その通りだよ。『そんなもの必要ない』って言われてしまってね。はぁ……」
苦々しい表情からすると、相当説得したのだろう。
けれど結局同意は得られず、強引に海斗と会わせようとしているらしい。
普段は穏やかで理路整然としているのに、この件に関して清二は妙に強引な気がする。
誰かにお世話されなければならない『あの子』も悪いとは思うが、とんでもない提案をした清二も悪い。
とはいえこの件に一応同意した海斗にあれこれ言う資格はなく、眉を下げて清二を見つめた。
「それで、取り敢えず呼び出して様子見ですか?」
「だね。最初から部屋に行くと間違いなく怒られると思うから、まずはここからだ」
深呼吸をした清二がモニター横のテンキーを押し、目的の人を呼び出す。
数コールの後に真っ黒なモニターから聞こえて来たのは、『何?』という不機嫌さも隠そうとしない女性の声だった。
(女の子とは思わなかったなぁ……)
あまりにも予想外な相手にひっそりと溜息をつく。
清二がお世話しなければならない上に『あの子』と言っていたので、海斗の年下か少なくとも同年代くらいだろうと思っていた。
そして男子高校生がお世話するのだから、当然相手も男だと判断していたのだ。
それがまさか女性だという事で驚いたし、「そんなもの必要ない」と言われるのも納得出来る。
これは流石に駄目だろうと思ったのだが、清二はモニター越しに必死に懇願していた。
「僕はこれから忙しくなって様子を見れなくなるから、そこを何とか頼むよ」
『そんな事言われても嫌なものは嫌。そもそも一週間に一度なんて、
「でも、それくらいの頻度で来ないと、部屋が散らかりっぱなしになるだろう? ご飯もまもとなものを食べてないし」
『部屋が散らかっても暮らせない訳じゃないし、一ヶ月くらい大丈夫。それに、私が何を食べようともいいはず』
「それは、そうだけど……」
どうやら清二が劣勢らしく、言葉に詰まって顔を俯けている。
とはいえ今の話を聞く限り、一週間おきに世話をしに来るのは清二が勝手にしている事らしいので、モニター越しの彼女の発言は至極正しい。
汚部屋になっているようだが、自分の家くらい誰だって好き勝手にしたいだろう。
(というか、どこかで聞いた事のある声だな)
モニター越しなのでよく分からないが、平坦な声がどうにも引っ掛かる。
頭にとある可能性が浮かんだものの、まず有り得ないと一蹴した。
思考を切り替えて清二の様子を窺うと、悔しさと申し訳なさを混ぜ込んだ表情をしている。
「でも、僕は
『…………だからって、見ず知らずの他人にお世話される義理はない』
どうやら世話をする件に関しては彼女の知り合い――名前からして親だろうか――に頼まれていたらしい。
そうなると清二のお世話は納得出来るが、流石に海斗に代わる事に関しては頷けないだろう。
このままでは話が平行線だと判断し、悪いとは思いつつも口を挟む。
「清二さん、止めましょう。会った事のない男になんて、お世話されたくないに決まってます」
「いや、だが――うん、海斗くんの言う通りだね」
『…………ぇ?』
やはり清二とて無茶苦茶な事をしている自覚はあったのだろう。
完全に諦めたつもりはないようだが、それでも引いてくれた。
モニター越しに驚いたような声が聞こえたが、清二があっさり引くとは思わなかったのかもしれない。
「無理を言って悪かったね。これからについてはもう一度時間を取って話し合いたい。それで――」
『待って。私は清二さんの店のバイトが来るとしか聞いていなかった』
「それは会った時に正式に自己紹介しようかと思ってたんだよ」
『じゃあ今すぐに名前を教えて――ううん、いい』
今まで頑なに拒否していたのなら、誰が来るとしてもどうでも良かったはずだ。
なのに、モニター越しの彼女は海斗の名前を知ろうとしている。
話の流れが変わった事に清二が目を瞬かせているが、海斗には気にしている余裕などない。先程一蹴した可能性が再浮上しているのだから。
どくどくと心臓が早鐘のように鼓動しながらも、海斗はジッと彼女の次の言葉を待つ。
『天音、なの?』
「……こんにちは。まさか貴女だとは思わなかったですよ。西園寺先輩」
海斗の名前を知る中で、淡々と話すような人は一人しかいない。
答え合わせの為にモニター越しの人物の名前を口にすれば、息を呑む気配がした。
『…………上がって』
ガチャリとエントランスの扉のロックが外れ、海斗と清二を中へと誘う。
元々真っ黒だったモニターからは、涼やかで抑揚のない声が聞こえなくなっていた。
あっさりと鍵が開いた事で、信じられないという風な清二の顔が海斗へ向けられる。
「もしかして、凪ちゃんと知り合いだったのかい?」
「まあ、知り合いと言えば知り合いですね。部屋に上がれるとは思わなかったですけど」
図書室で顔を合わせる間柄は、ギリギリ知り合いと言っても良いだろう。部屋に上がれる程の信頼を得ているとは思わなかったが。
世話するのが決まった訳ではないものの、相手が凪なら海斗もやりやすい。
弱音を吐くつもりはなかったが、世話を焼く相手があまりにも我儘だったらどうしようかと不安だったのだから。
「何というか、凄い巡り合わせだね。というか、凪ちゃんに知り合いが居た事がびっくりだよ」
「全面的に同意です」
友人がほぼ居ない海斗と他人を拒絶する凪。
そんな二人が清二を通してプライベートでも知り合うなど、誰も予想出来ない。
肩を竦めてこの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます