第179話 風呂場で
冬休みが明けてからではあるが、バレンタインデーが終わっても海斗は驚く程に穏やかな日常を送っていた。
勿論、海斗をよく知らない人からの陰口はあるものの、全く気にしていない。
また、体調が戻った凪に頻繁に求められているが、流石に平日ははしゃぎ過ぎないようにしてくれている。
そうしてバレンタインデーから約二週間が過ぎた休日。
目を覚ました海斗の胸には、何も身に付けていない凪がぴったりとくっついていた。
「昨日も盛り上がったなぁ」
心地良さそうに寝息を立てる凪にくすりと笑みを落とし、汗で少し湿った銀髪を撫でる。
次の日が休みなら遠慮なくはしゃげると、凪は読書もそこそこに海斗を求めてくれた。
勿論全力で応えたが、最後に時刻を確認したのは夜中の三時を過ぎていた気がする。
だからなのか、昼前まで寝ても体に少し疲れが残っていた。
「さてと、起きて片付けとかしますか。凪さーん」
まずは胸に引っ付いている恋人を起こさなければ。
背中をぺたぺたと叩いて覚醒を促せば、長い睫毛が震え、とろみを帯びたアイスブルーの瞳が見えた。
「おはようございます。片付けの前に汗を流したいので、すみませんが離れてくれませんか?」
「おぁよぅ……。おふろ、はいるの?」
「はい。まあ、凄い事になってますので」
ふにゃふにゃの表情は無垢で可愛らしいが、反対に凪の肢体は海斗の欲情を容赦なく沸き上がらせる。
とはいえ、こんな状況で体を重ねる訳にはいかないと、ぐっと堪えて笑みを向けた。
寝起きで海斗の話がいまいち頭に入っていないのか、凪は「んー」と間延びした声を漏らす。
「だったら、いっしょに、はいろ?」
「え?」
「いいよねぇー?」
海斗が断ると欠片も思っていない蕩けた笑みは愛らしいが、簡単には頷けない。
しかし、別々にシャワーを浴びる必要はないのではないかとすぐに考えを改める。
既に、海斗達はお互いの体をそれなりに知っているのだから。
「いいですよ。でも、何があっても構いませんよね?」
「うんー。おふろばでするのも、たのしそう」
未だに眠気は凪の頭を満たしているのだろうが、それでも一緒に風呂に入ると何が起きるか分かっているらしい。
少しずつ理性を取り戻していく凪の顔には、僅かな興奮が見られた。
無垢なのに艶やかという、一見矛盾した表情を見せる凪にどくりと心臓が跳ね、取り敢えずベッドから抜け出す。
いつもならシャワーで済ませるが、今日は浴槽に湯を張った方がいいかもしれない。
風呂場のスイッチを入れて凪の自室に戻れば、彼女が起き上がって目を擦っていた。
「うー。眠い……」
「この調子だと、今日も仮眠しそうですね」
「これから体を動かす事になるだろうし、多分する」
疲れが残った体ではしゃぐのだから、仮眠を取っても仕方がない。
そう言って色っぽく笑んだ凪の姿に、下半身が反応してしまう。
面倒くさがって何も身に付けなかったせいで、当然ながらバレてしまった。
それに視線を向けつつくすりと小さく笑んだ凪が、こっちに来いと手招きする。
ふらふらと誘われるように彼女の元へ向かえば、慣れた動きで唇を重ねられた。
とはいえそれも一瞬で、すぐに離れる。
「続きはお風呂場で、ね?」
「いつの間にか、するって決まってるんですね」
「そんな風に反応してるのに、しないの? 我慢しないでいいんだよ?」
「…………分かりましたよ。覚悟してくださいね」
海斗を底なし沼へと引き込もうとする甘い誘惑に、あっさりと意思が折れた。
凪を抱き締めて耳元で囁けば、薄い肩がびくりと跳ねる。
「楽しみ」
脅しにもなっていない脅しとは分かっていたが、凪は全く動じない。
その後は凪を解放し、風呂が沸くまで部屋の片付けをするのだった。
「「はふー」」
湯船に凪と共に浸かり、二人して大きな溜息をつく。
宣言通り楽しんだ後、海斗は凪の髪や背中を洗い、凪も逆の事をしてくれた。
そして今は疲れた体をゆっくり癒している。
以前とは違って凪が海斗に
「一緒にお風呂に入るのって、いいね」
「全面的に同意ですけど、もしかして明日から一緒に入るんですか?」
「そのつもりだけど、駄目だった?」
こてんと首を傾げられると、否定し辛いものがある。
けれどここで何も考えずに頷けば、待っているのは毎日のご褒美兼試練だ。
目を逸らす事も素直に頷く事も出来ず、渋面を作って口を開く。
「嬉しい事は嬉しいですけど、手を出しますよ?」
「別にいいよ? 今更それで遠慮する必要はないよね?」
「…………まあ、そうですね」
先程まで盛り上がっていたのだ。海斗の忠告など何の効果も無かった。
バレンタインデーから相当乱れた生活をしているなと思いつつも、既に凪に溺れている海斗にはこの生活から抜け出せない。
救いがあるとするなら、凪が海斗の時間を邪魔しなかったり、何だかんだできちんと博之の仕事の手伝いをしている事だろう。
きちんと今まで通り分別が付けられるなら、一緒に風呂に入る程度なら良いかと、凪を抱き締めつつ頷く。
「じゃあ明日から一緒に風呂に入りますか」
「ん。……もしかして、お父さん達も私と海斗のような事をしてるのかな?」
「家に渚が居ますし、流石にそれは無いと思いますけど……」
娘がいつ風呂場に来るか分からない中、親二人が盛り上がるのは流石にどうかと思う。
つい頭の中で想像してしまい、気持ちが一気に沈んだ。
頬を引き攣らせるが、凪は親二人の行為を想像しても気にしていないのか、凪が「そうだね」といつも通りの平坦な声を発した。
「なら子供が出来るまで、私達はこのままでいようね」
「…………はい」
子供を作るつもりなのは嬉しいが、あっさりと告げられて驚きに返答が遅れてしまった。
とはいえ凪は博之の会社に就職するとの事だったので、高校を卒業してすぐに作るという事はないだろう。
許嫁なので覚悟が決まっていて当然だが、それでも今の段階で将来を見据える凪に尊敬の念を覚えるのだった。
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