第180話 ホワイトデー
凪と一緒に風呂に入るようになってからもあっという間に日が経ち、ホワイトデーとなった。
幸いな事にバレンタインデーと同じく休日なので、海斗は午後からキッチンに立っている。
「こっちの下拵えは良し。じゃあ次は――」
てきぱきと体を動かし、日が高いうちから晩飯を作っていく。
勿論、料理は一品二品だけではない。
そして、今日は珍しく凪の手伝いを拒否していた。
手持ち
「本当に手伝わなくていいの?」
「はい。先にネタバラししますが、これがホワイトデーのお返しなので」
手作りのチョコレートに何を返そうかと悩んだ結果、海斗は晩飯を豪華にする事を選んだ。勿論、デザートもしっかり作る予定だ。
その為に今日はバイトを休んでいるし、清二も快諾してくれた。
とはいえ、お返しを物品ではなく料理にしたのは、以前デートで買ったアクセサリー以上の物が思いつかなかったからなのだが。
また、二つ目のプレゼントに関しては、既に海斗は凪にもらわれているので同じ事は出来ない。
一応なけなしのお返しは考えてあるが、釣り合っていない気がして苦笑を浮かべつつ肩を竦める。
「……いつもと変わらないですけどね」
「そんな事ない。海斗の料理は美味しいから、すっごく楽しみ」
「なら全力を尽くしますね」
海斗の罪悪感を溶かすような、柔らかい笑みに胸が軽くなった。
張り切って下拵えを再開し、必死に手を動かす。
「じゃあ私は待ってるね。でも、無理はダメだよ」
「分かってますって」
喫茶店でバイトしているのだ。何品も料理を作る程度、無理でも何でもない。
しかし海斗に何かあったら凪が悲しむのも事実なので、肩の力を抜いて作業するのだった。
料理をしているうちにあっという間に日が落ち、晩飯時となった。
目の前にはグラタンにローストビーフ等、様々な品が並んでいる。
大量のご馳走を前に、凪がアイスブルーの瞳を輝かせた。
「おぉ……!」
「バレンタインデーのお返しの一つです。まあ、俺も食べますが」
「全然良いよ。むしろ二人でも食べきれないと思うけど」
「その時は残して、明日食べましょう。無理して食べる必要はありませんよ」
勿論、食べきれないのは最初から分かっており、日持ちする物を作っている。
心配する必要はないと事前に説明すれば、凪の顔が歓喜に彩られた。
「なら食べたいだけ食べる」
「それでお願いします。あ、デザートもあるので、満腹まで食べないでくれると嬉しいです」
「デザートもあるの? 最高のお返しだね」
「そう言ってくれると頑張ったかいがあります」
ホワイトデーのお返しは三倍だと聞いた事があるが、それを目指したのだ。
凪の言葉に達成感が沸き上がり、頬を緩めつつ手を合わせる。
「という訳で、冷めないうちにいただきましょう」
「うん! いただきます!」
きちんと食材に感謝し、料理を口に運んでいく。
ちらりと凪の様子を確認すれば、彼女は
いつもよりも喜んでいる気がする笑顔を見られただけで、ホワイトデーのお返しは大成功と言えるかもしれない。
そうして料理を半分程平らげ、晩飯の残りを冷蔵庫にしまった。
ついでに上半分が赤、下半分が白のカップを取り出す。
リビングで待っていた凪の前に置くと、こてんと可愛らしく首を傾げられた。
「苺?」
「はい、苺のムースです。ケーキとかでも良かったんですけど、やり過ぎ感があったので今回はこれにしました」
何故か清二からケーキの作り方も叩き込まれたので、作れはする。
けれどバレンタインデーと同じく、お返しに手作りのケーキは流石に重いと判断したのだ。
代わりに苺をたっぷりと使ったデザートにしたが、自信作と言ってもいい。
胸を張って凪に食べるよう促すと、彼女は顎に手を置いて考え始めた。
「もしかして、苦手だったりしますか?」
「苺は好きだし、海斗が作ってくれたんだから何があっても食べる。そうじゃなくて――うん、良い事思いついた」
凪がカップを海斗の前に置き、立ち上がる。
何をするのかさっぱり分からずに様子を見ていると、彼女は海斗の傍にやってきた。
「海斗、椅子引いて」
「はぁ……、こうですか?」
「ばっちり。えい」
凪が掛け声と共に海斗の膝の上に乗り、デザートのカップを持つ。
そのまま食べるのかと思いきや、海斗の手に乗せた。
凪にしては珍しく、澄んだ蒼の瞳が悪戯っぽく細まっている。
「食べさせて」
「りょーかいです」
以前食べさせた時は外だったが、今は家の中なのだ。周囲を気にせず凪と密着しながら食べさせる事が出来る。
普段は時間が掛かるのでしないが、今日はデザートなのとホワイトデーという事で、特別なのだろう。
いじらしいおねだりに頬を緩めつつ、ムースを
「あーん」
「あーん。んー! おいひぃ!」
「全力を出しましたからねぇ。因みに冷蔵庫に何個かあるので、明日も食べられますよ」
「流石海斗。という訳でもう一口。あーん」
「はいはい。あーん」
晩飯を食べた後だというのに、凪は次から次へとデザートを要求する。
そんな恋人が可愛過ぎて、デザートを食べていないのに胸が甘い気持ちで満たされたのだった。
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