第68話 晩飯と風呂

「ほら、出来たぞ」


 一度自分の家に荷物を取りに行き、再び凪の家に戻ってきて晩飯を作り終えた。

 出来立てのから揚げをテーブルに置けば、凪と美桜の顔が輝く。


「「おぉ……!」」

「そんなに驚くようなものじゃないだろ」

「いやいや、天音のから揚げだよ? 期待するに決まってるって」

「ん。絶対美味しいから、すっごく楽しみ」

「……失敗はしてないけど、ハードルを上げないでくれ。ほら、食べるぞ」


 普段と同じように作っただけで、特別な事はしていないのだ。

 なのに美少女二人から期待されると、どうにも気まずい。

 強引に食事をうながせば、二人が微笑ましいものを見るように笑う。


「「はーい」」

「……子供の世話してるみたいだ」


 元気よく返事をされると、同年代を相手しているように思えなくなる。

 勉強会の際に美桜に父親みたいと揶揄からかわれたが、間違っていない気がした。

 小さな呟きを落とし、晩飯を摂り始める。


「んー! おいしー!」

「やっぱり海斗のから揚げは最高。というか海斗のご飯は最高」

「そう言ってもらえると、作ったかいがあるな」


 凪が感謝の言葉を口にしてくれるのはいつも通りだが、それが当たり前だと思ってはいけない。

 とはいえ、今日は美桜も凪と同じように喜んでくれており、二人のお陰で海斗の胸が普段よりも温かいもので満たされる。

 頬を緩ませて唐揚げを口に含めば、さくりと良い音が鳴った。


「はー。凪ちゃん先輩は毎日こんなに美味しいものを食べられるんですよねぇ。羨ましいです」

「海斗のご飯を毎日食べられるのは私の特権。美桜にも譲らない」

「それって職権乱用だと思いまーす」

「私は当然の権利を使ってるだけ。乱用なんてしてない」


 凪がぷくりと頬を膨らませ、美桜から顔を逸らす。

 海斗を取られまいとする独占欲の表れに、どうしようもなく頬が緩んだ。


(というか、随分仲良くなったよなぁ……)


 初対面の頃、美桜が羨ましがると凪は謝っていた。

 しかし今は遠慮なく言い返し、感情を露わにしている。

 内容が海斗に関する事だからというのも少しはあるだろうが、それでも壁のないやりとりに胸が震えた。


「でも、こうして偶になら海斗のご飯を美桜を分け合ってもいい」

「おぉ! じゃあタイミングが合えばまた泊まりに来ますね!」

「……もしかして、俺もか?」


 美桜が凪の家に泊まるのは好きにすればいいし、いつも凪と海斗の分の晩飯を作っているのだ。二人分も三人分も、そう変わらない。

 ただ、美桜の言葉の中に海斗も含まれている気がした。

 恐る恐る尋ねれば、美桜がきょとんと首を傾げ、凪が大きく頷く。


「そうだよ?」

「海斗なら大歓迎」

「もうちょっと――いやまあ、いいか」


 清二から既に泊まる許可は出ており、凪は別として美桜は危険だと分かっていて泊まるのだ。

 ここで苦言を呈しても意味はないし、そもそも何があっても変な事はしないので口をつぐんだ。

 その後は三人で仲良く晩飯を平らげ、風呂を沸かしている間に後片付けを済ませる。

 ちょうど全ての片付けが終わった頃、風呂場から電子音が鳴り響いた。


「風呂が沸いたから、二人のどっちか先に入ってくれ」

「なら海斗が一番先に入って」

「え、俺が最初でいいんですか?」


 リビングのソファに美桜と一緒に座っている凪が、あっさりと海斗へ一番風呂を譲る。

 凪の事なのであまり意識していないと思うが、女子高生なら男が入った湯を使いたくないのではないか。

 それとも、自分が使った湯を男に使わせたくないのかもしれない。

 念の為に確認を取れば、凪が大きく頷く。


「うん。私は美桜と入るから」

「そういう事。だから天音は遠慮しないで入ってね」

「はいよ」


 どうやら凪と美桜は、女子だけのお風呂会を楽しむつもりのようだ。

 ならば、仲間外れは先に入るべきだろう。

 短く応え、持ってきたバッグから着替えを取り出す。


「それじゃあ凪さん、風呂を借りますね」

「ん。ごゆっくり」

「……ん? 天音は使い方とか知ってるの?」

「ああ。大掃除した時に汗を搔いてな。その時に使わせてもらったんだ」


 別に隠す事でもないので、美桜の質問に正直に答えた。

 すると、美桜の瞳が面白いものを見つけたかのように細まる。


「へぇ……。凪ちゃん先輩の家の風呂を使うなんて、大胆だねぇ」

「お世話係として部屋の掃除をしてるんだぞ。何を今更」

「いやまあ、天音が凪ちゃん先輩の家を掃除をしてるから、おかしな事じゃない、のかな?」


 美桜が余計な事に気付く前に、回れ右をして風呂場へ向かう。

 例え気付いたとしても、海斗と凪の間で納得している事なので、余計な口出しはしないはずだ。

 脱衣所で服を脱ぎ、風呂場に入って体を洗う。

 湯船に肩まで浸かって、大きな溜息を吐き出した。


「生き返るぅ……」


 他人の家の風呂だが、この場で肩肘張る必要などない。

 そもそも、普段から凪の下着や制服を触って、散々心臓を虐められているのだ。

 風呂に入るだけで心が乱されはしないし、むしろリラックス出来る。


「……いやまあ、おかしい事だけどな」


 海斗と凪の関係の歪さを改めて実感し、先程とは違った意味の溜息をつく。

 しっかりと体を温めて風呂から上がれば、美桜がほんのりと頬を染めていた。


「どうした?」

「……ねえ天音。いつも天国なの? それとも地獄?」


 どうやら、美桜は海斗が普段どういう片付けをしているか把握したらしい。

 説明したであろう凪も僅かだが頬を朱に彩っているので、多少は恥ずかしいようだ。


「ご想像にお任せする。まあでも、俺達には必要な事なんだよ」

「それに関して口出しするつもりはないけど、まあ、頑張りなさいな」


 肩を竦めながら告げれば、凪が遠くを見るような眼をした。

 揶揄われるかと思ったが、海斗の苦労を察して止めてくれたのだろう。

 

「さてと、それじゃあ凪ちゃん先輩、行きましょう!」

「う、うん」


 気を取り直した美桜が、凪と共に着替えを持って脱衣所へ向かった。

 バタリと扉が閉まり、すぐにくぐもった声が聞こえてくる。


「わー! 凪ちゃん先輩の肌すっごい綺麗!」

「そんな事ない。むしろ美桜の方が綺麗だし、胸も大きい」

「大きいと割と不便ですよ。むしろ私としては凪ちゃん先輩くらいが良いです」

「そう、かな?」


 おそらく、テンションが上がって声が大きくなったのだろう。

 そのせいで、二人の声がバッチリと海斗に聞こえてしまっている。


「……今の状況の方が地獄だっての」


 二人が一緒に風呂に入るとは思わなかったが、女性の家に泊まるのだから、こういう状況になるのは仕方がない。

 しかし、実際に体験すると破壊力があり過ぎる。

 ぐしゃりと前髪を潰して項垂うなだれていると、どうやら二人は風呂場に入ったらしい。

 シャワーの音と、二人のはしゃぐ声が聞こえてくる。


「凪ちゃん先輩の肌すべすべー♪」

「ひゃあっ!? もう、美桜! 仕返し!」

「おお!? 凪ちゃん先輩に反撃されるとは!」

「……美桜のここ、すっごく大きい。たぷたぷ」

「言い方に悪意がある! 私が太ってるみたいじゃないですか!」


 二人が楽しそうなのは良い事だ。しかしはしゃいだ声から、今どんな状況なのか容易に想像出来てしまう。

 そのせいで、海斗の下半身に熱が集まりだしていた。


「鎮まれ、鎮まれ俺。抑えろ俺」


 二人が風呂から上がるまで、必死に熱を逃がし続ける海斗だった。

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