第69話 理想の体型とは
「ふー、気持ちよかった!」
「……」
沸き上がる熱を何とか抑え込んでソファに身を沈めていると、凪と美桜が風呂場から出てきた。
さっぱりとした表情の美桜とは反対に、凪は眉を寄せて顔を下げている。
会話は頑張って聞かないようにしていたが、もしかすると何かトラブルがあったのかもしれない。
「一ノ瀬、凪さんに変な事してないだろうな?」
「してないよ? むしろ、私の方がされたくらい」
「…………おっきかった。湯船に浮かんでた。触ったらぷかぷかした」
「ちょっと、凪ちゃん先輩!?」
凪が呟いた言葉に、美桜が悲鳴のような声を上げて頬を染めた。
何が起きたのか正確に把握した事で、我慢していた羞恥が沸き上がってくる。
とはいえ目の前に海斗よりも慌てている少女が居るお陰で、冷静になれたのだが。
「天音! 何も聞いてないよね!」
「もちろん。俺は二人が仲良く風呂に入ってたとだけ記憶した」
「……頼むわよ」
低い声で呟き、目を鋭く細めている美桜から、凄まじい圧が発せられた。
ここで茶化したり逆らったりしたら海斗の命が危ないと判断し、無言で頷く。
美桜との話し合いを終えれば、凪が僅かに沈んだ顔を海斗へ向けた。
「海斗は美桜のように大きなおっぱいの方がいい?」
「いやぁぁぁぁ!!」
「な、凪さん!? 何を言ってるんですか!?」
凪の気持ちを隠さない態度は美点だし、好ましい所ではあるが、今回はタイミングが悪過ぎる。
折角纏まった話を蒸し返され、美桜が悲鳴を上げてリビングの床にへたり込んだ。
あまりにも心臓に悪い発言に、海斗も素っ頓狂な声を上げて凪を問い詰める。
すると場を乱した当の本人が、顔を
「だって、何となく気になったから……。ごめんなさい」
「う……」
しゅんと肩を落として落ち込む姿に、どうしようもなく庇護欲をそそられる。
その原因が、風呂上りの
普段と変わらない簡素な長袖と長ズボンではあるが、湿った髪や潤いを増しているように見える肌など、明らかに違っていた。
今までは何とか意識から外していたが、強烈に意識させられると、どうにも気まずい。
美桜も凪と同じく簡素なパジャマ姿を着ており、それでも色っぽいのだが、好意を抱いている女性は破壊力が違い過ぎる。
しかも、場を乱した理由が海斗の感想を聞きたいからなのだ。
いじらしい態度に心臓の鼓動が乱れ、怒るに怒れなくなる。
そんな固まる海斗へと、多少は復活したのか耳まで真っ赤に染めた美桜が悪戯っぽい視線を向けた。
「答えてあげた方がいいんじゃないのー?」
「……お前」
「私の事より凪ちゃん先輩の事でしょ?」
どうやら美桜の中で、自身の羞恥よりも海斗を
後で覚えておけと視線で伝えれば、こっちの台詞だとでも言いたげにすっと目を細められた。
美桜に物申したくはあるものの、彼女の言う事にも一理あるので、胸を満たす羞恥を自覚しつつ凪と向き合う。
「……別に、謝る必要はありませんよ。どうしても知りたかったんでしょう?」
「うん。どう、なの?」
「それは……。まあ、俺としては大きくなくてもいいのかなと」
凪の胸のサイズが良い。とは流石に言えず、遠回しに伝えた。
頬が火に炙られたように熱いので、今の海斗の頬は美桜と同じように真っ赤なのだろう。
実際、特に
「そう。……ふふっ」
海斗の発言に納得したのか、凪がへらっと緩みきった微笑みを見せた。
明らかに海斗へ好意を抱いている態度なのだが、当の本人はおそらく自覚していない。
無自覚に可愛らしさを振りまくのは危険だと判断したようで、美桜が凪の肩を掴んだ。
「凪ちゃん先輩。髪をしっかり乾かしましょうか」
「私は短いし、放っておけば乾く。それと、美桜もごめん」
「いやまあ、それは仕方ないので良いんですが。まさか、いつもそうしてるんですか?」
「うん。自然乾燥」
「なのにその髪ツヤ、ですと……?」
信じられないものを見たかのように、美桜が目を見開く。
凪の髪はいつも艶めいており、驚くのも無理はない。正直な所、海斗も美桜と同じ気持ちだ。
とはいえ、適当な海斗よりも毎日しっかりと手入れしているであろう美桜の方がショックが大きく、呆然とした様子で彼女が口を開く。
「私の努力って……」
「え、えっと、ごめん?」
「凪さん、それ以上は駄目です」
「そうなの?」
「はい」
何もせずとも美しい凪が美桜に謝るのは、追い打ちどころか死体蹴りに近い。
きょとんと可愛らしく小首を傾げる凪だが、美桜にどう接すればいいのか分からないのか、次第に視線をあちこちにさ迷わせ始める。
すると美桜が凪の肩から手を放し、私物のバッグからドライヤーを取り出してリビングのカーペットへ座り込んだ。
「凪ちゃん先輩、ここに座りなさい」
「な、何で?」
「女子の本気を見せてあげようかと思いまして。今の状態でこんなに綺麗なら、手入れすればもっと綺麗でしょうから」
「……そっちに切り替えるとか、すげぇな」
べしべしとカーペットを叩き、座れと催促する美桜に尊敬の念を抱く。
凪は特に意識していないが、それでも美桜は完膚なきまでに打ちのめされたのだ。
そんな状態で凪を更に綺麗にするなど、普通は出来ない。
ただ、流石にダメージを負っているのか、美桜が海斗の呟きに目を
「こうでもしないと、我慢出来そうにないの」
「本当にごめんね、美桜」
「凪ちゃん先輩は全然悪くありませんよ。というか、早く背を向けて座ってください」
「う、うん……」
にっこりと微笑む美桜から発せられる圧に凪が怖じ気づきつつも、言われた通り美桜の前に座る。
すると、美桜にドライヤーのコードを渡された。
「天音」
「あいよ」
流れるように顎で使われたが、ここで口答えする身の程知らずではない。
短く応えて近くのコンセントにコードを差し込み、ソファへ避難した。
「それじゃあいきますよ。覚悟してくださいね」
「わ、分かった」
恐ろしいくらいに真剣な声を発し、美桜が凪の髪を乾かし始める。
ドライヤーの音がうるさく、特に二人は会話らしい会話をしていない。
しかし重い空気は既に霧散しており、凪は気持ちよさそうに目を細め、美桜は楽しそうに手を動かしていた。
(ホント、見てると姉妹って感じだなぁ)
美少女二人というのもあるだろうが、それでも凪と美桜が仲良くしている光景は素晴らしい。
残念ながら、凪が妹の立場になっているが。
「よし、乾いた。じゃあ次は――」
「待って。それなら私も美桜の髪を乾かしたい」
「いいんですか!?」
「うん。だから、乾かし方を教えて?」
「りょーかいです!」
してもらってばかりではない凪の姿と、取り繕う必要が無くて生き生きとしている美桜の姿を、海斗は横目で眺めるのだった。
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