第167話 時間は有限
「海斗、ご飯食べよ」
冬休みが明けて二日目となれば、質問される事が減るらしい。
海斗の教室に来た凪は多少の疲れが見えるものの、いつも通りの美しい無表情をしていた。
そんな凪を、クラスメイトの女子達が取り囲む。
「さ、西園寺先輩、昨日言ってたように少し話を聞きたいんですが!」
「私も私も!」
「……別にいいけど、海斗との時間を取りたいからざっくりとしか話さないよ?」
昨日約束した手間、断るに断れなかったらしい。
凪は一瞬だけ不満そうに目を細めたものの、素直にクラスメイト達のお願いに応じた。
とはいえ、流石に海斗との時間を無くしてまで説明したくないようで、しっかりと釘を刺す。
彼女達も海斗と凪の邪魔をしたくないらしく、大きく頷いた。
「分かってますよ!」
「そんな無粋な真似はしませんって」
「ならよし」
凪が小さく頷くのと同時に、アイスブルーの瞳が一瞬だけ海斗へ向けられる。
視線だけで謝罪されたので、小さく首を横に振って心配ないと返事した。
すぐに凪はクラスメイト達に取り囲まれたのだが、何故か美桜がその輪から出て来る。
可愛らしい顔立ちには、海斗への揶揄いの色が浮かんでいた。
「凪ちゃん先輩を取られちゃったねぇ」
「仕方ないさ。俺が質問責めされなかったからだし、そもそも女子は女子から話を聞きたいだろうしな」
美桜の弄りをさらりと流せば、意外そうにブラウンの目が見開かれる。
「なーんかやけにあっさりしてるねぇ」
「そりゃあこの状況を作ってくれた人の前で、悪態なんてつけないって」
本来ならば、海斗に凪との状況を尋ねる女子はそれなりに居たはずだ。
それが無いのだから、誰かが根回しをしたと考えるのが普通だろう。
海斗を気遣ってか、凪が説明した方が聞き耳を立てている男子が騒がないと思ってなのかは分からないが。
何にせよ助かったのは確かなので、唇の端を釣り上げながら遠回しに確認すると、美桜の顔に焦りが浮かんだ。
「こ、恋人との時間が減るけど、それでもいいの?」
「時間が減るのは今日くらいだろ、凪さんが少し話せば終わるって。さんきゅ、一ノ瀬」
「私は何もしてないんだけどなー」
懐かしさすら感じる苗字呼びをしつつ感謝を伝えれば、美桜が露骨に目を逸らす。
明らかに棒読みな声色からもバレバレなのだが、認めたくないらしい。
薄っすらと頬が朱に染まっているので、勝手に行動したのに受け入れられて恥ずかしいのだろう。
美桜が惚けるというのなら、深くは踏み込まない。
「そっか、そういう事にしておく」
「……むかつく」
「そう言われてもなぁ。あ、凪さんの話が終わったみたいだぞ」
先程から女子達がきゃあきゃあと黄色い声を上げていたが、お開きとなったらしい。凪がこちらへと歩いてきている。
宣言通り、簡単に話を済ませたようだ。
露骨に話を逸らされた事で美桜にじとりとした目で睨まれたものの、追及する気はないのか溜息をつくだけに留める。
「ま、何かあったら言いなさいよ。良くも悪くも天音は目立ってるんだからね」
「肝に銘じておくよ」
「あ、美桜も一緒にご飯を食べる?」
海斗の机へと到着した凪が、こてんと首を傾げて提案した。
澄んだ瞳からは、純粋な善意で提案したのが分かる。
けれど、美桜は首を振ってへらりと軽い笑みを見せた。
「私はクラスメイト達と食べるので気にしないでください」
「ん……。分かった」
「それではー」
ひらひらと手を振り、美桜が去っていく。
そんな美桜を心配そうな目で凪が見ていたが、気にしても仕方ないと割り切ったらしい。視線を切って弁当を広げ始めた。
昨日と同じようになるのかと思いきや、凪は普通に自分の箸を手に持っている。
「今日は食べさせ合いしないんですか?」
「あれは凄く楽しかったけど、時間が掛かるのが問題。昼休みは有限だし、何より教室から移動出来ない」
「ああ、そういう事ですか」
昨日は食べさせ合いをしているだけで、昼休みが終わってしまった。
寒いから教室で昼食を摂っているものの、凪は人が多い場所は好きではない。
だからこそ、非常に有意義な時間ではあったが別の機会にする。
そんな凪の気持ちには大いに同意出来たので、頷きを返した。
「だから、ぱぱっと食べて移動しよう」
「ですね」
冬休み前のように弁当を食べ始めると、先程凪と話していた女子達が残念そうな声を漏らす。
だが海斗達は見世物になったつもりはないので、完全に無視して弁当を平らげた。
すぐに教室を出て、図書室に辿り着く。
受付の顔なじみとなった教師がにやりと楽し気な笑みを浮かべたが、会釈だけを返していつもの場所に来た。
「ふー。やっぱりここが良い」
「最早俺達の特等席ですからねぇ」
冬であっても窓から差し込む日差しで温かく、殆ど人が来ないからこそ静寂に満ちている空間。
久しぶりに来たが、ここは相変わらず過ごしやすい。
「さてと、それじゃあ俺は昼寝しますね」
「ん。私は本を読む」
付き合う前と変わらない、穏やかな昼休み。
図書室なのだから、当然露骨にいちゃつく事は出来ない。
だがこの空気も好きだと、微笑を落として腕を枕に突っ伏す。
だんだん睡魔が海斗を眠りにつかせようとする中、無言でページを
「今日から起こす時はキスするね」
「…………よろしくお願いします」
予鈴の音で起きられるのだが、そんな無粋な発言は出来ない。
朝とは逆の立場になるという事も合わさって、つい許可してしまった。
見惚れてしまう程に綺麗な顔が、ふわりと柔らかい笑みを作る。
「おやすみ、海斗」
「おやすみです」
ただ挨拶を交わしただけなのに、妙に空気が甘い気がした。
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