第166話 理解のある友人?

 スーパーを出た海斗が目にしたのは、女子生徒数人が小柄な女子一人に対してしゅんとした態度を取っている光景だった。

 周囲を通る人達が怪訝けげんな目を向けるのも仕方ないが、放っておく訳にもいかないだろう。

 苦笑を浮かべつつ彼女達の元へと向かうと、足音から判断したのか凪が振り返り海斗へと視線を向けた。


「あ、海斗。こっちは終わったよ」

「……確かに、終わったって表現が正しいですね」


 終わったのはお話なのか、それとも凪のクラスメイト達のメンタルなのか。

 詳しくは聞かず隣に並べば、アイスブルーの瞳が女子達へと向けられ、すっと細まった。


「ほら、海斗にも謝って」

「ご、ごめんね、後輩くん。出来心だったの」

「その、二人だけの時ってどんな感じだろうって思ったら、我慢出来なくて……」

「あんまりにも微笑ましくて、ずっと見ちゃってました」

「いやまあ、今のところ害はないので、俺はいいですよ」


 年上の女子高生数人に謝られる機会など、普通は訪れない。

 怖気づきそうになりつつも微笑を作って彼女達を許せば、ぱっと表情が華やいだ。


「ありがとぉ、後輩くん!」

「優しいんだねぇ」

「流石西園寺さんの彼氏!」


 凪の説教から逃れられて余程嬉しかったのか、彼女達が海斗へと距離を詰める。

 当然ながら、そんな事をすると凪の機嫌が斜めを向いてしまうはずだ。

 ちらりと隣を見ると、案の定小さな唇が尖っているのが見えた。


「…………ふぅん」

「あ、でも、俺達の事は言いふらさないでくださいね。凪さんに迷惑が掛かるので」


 海斗達の恋人としてのやりとりが広まり、微笑ましい目で見られるだけならいい。

 しかし悪意を持って凪へ質問する人が出て来たり、釣り合わないと陰口を叩く人が今以上に増えるはずだ。

 勿論凪は怒ってくれるだろうが、そんな事で苦労させたくないし、今日以上に疲れるであろう彼女を見たくない。

 許すだけでなくしっかりと釘を刺せば、凪のクラスメイト達がこくこくと何度も頷いた。


「勿論だよ! そんな事しないって!」

「流石にそれはマナー違反だからねぇ」

「……というか、もう一回西園寺さんに怒られたくないし」

「「うんうん」」


 先程よりも大きく頷いた彼女達から察するに、余程凪に怒られたくないらしい。

 どんな怒り方をしたのかと凪に視線を向けると、気まずそうに逸らされた。


「……まあいいか。取り敢えず俺からはそれだけです」

「分かった。変な事はしないって改めて約束するよ」

「こんな事はもうしない」

「私も私も」


 彼女達が改めて誓ったのを確認し、海斗はこれで十分だと一歩引く。

 表情を切り替えた凪が、改めて彼女達に向き合った。


「海斗が許したから私からはもう何も言わない」

「ありがとー、西園寺さん」

「……ところで、当然のように一緒にスーパーへ入ろうとしてたけど、まさか晩御飯とか一緒に食べるつもりなの?」

「あ、それ気になる」


 どうやら広めはしないものの、スーパーに寄った理由は聞きたかったらしい。

 海斗と凪の家庭事情が複雑な事もあり、どうしたものかと凪に視線だけで尋ねた。

 しかし凪は海斗の視線には気付かず、アイスブルーの瞳に剣呑な光を帯びさせてクラスメイト達を見つめる。


「…………あれだけ怒ったのに、まだ怒り足りなかった?」

「「「ひっ」」」


 底冷えのする声に、彼女達が短く悲鳴を上げた。

 こてんと首を傾げる凪だが、無表情かつ目を見開いているので非常に怖い。

 その圧に負けたようで、彼女達が一斉に背を向けて逃げ出した。


「「「すみませんでしたー!」」」


 あっという間に遠くなる凪のクラスメイト達だが、凪が本気で追えば間に合うかもしれない。

 だが彼女は溜息をついて、肩を落とすだけだ。


「追いかけないんですか?」

「言いふらさないって約束してくれたし、説明するのも面倒」

「確かにそうですね」


 凪の言う事はごもっともだが、もしかすると明日学校でもう一度怒る可能性がある。

 流石にそこまではフォローしきれないと、小さく苦笑して凪に鞄を渡した。


「なら帰りましょうか」

「ん。鞄、持ってくれてありがと。荷物も半分持つね」

「はい。お願いします」


 凪に鞄を手渡し、買ってきた食材が入っている買い物袋を半分だけ凪に渡す。

 彼女と手を繋げないのは残念だが、二人の間で食材が揺れるのも悪くない。

 そのまま凪とゆっくり歩き、家に辿り着いた。


「「ただいま」」


 玄関に声を響かせて手洗いとうがいを終え、食材を冷蔵庫に入れてお互いに自室へと向かう。

 制服から部屋着に着替えて部屋から出て来た凪と軽い掃除を行い、時間が出来たのでソファに凭れた。

 凪も隣に座ると思ったのだが、彼女は海斗の前に立って背を向ける。


「えい」

「おっと」


 何をしたいのかは察していたので、凭れてきた凪を受け止めた。

 細い腰に片腕を回し、空いた手は美しい銀髪へ。

 労うように撫でれば、凪が思いきり溜息をつく。


「かいとぉ、疲れたよぉ……」

「本当にお疲れ様でした。後はゆっくりしてくださいね」

「そーするぅ……」


 やはりというか、かなり疲れていたようで凪が体の力を抜いてされるがままになった。

 海斗があまり疲れなかったのは凪の影響力が守ってくれたからなので、存分にお返しをしなければ。

 勿論、海斗が凪を独占出来るという実感を得る為でもあるので、腰に回した手はしっかりと凪を抱き締める。


「んー、さいこう。一日頑張ったかいがあった」

「なら明日から毎日、帰って来た時にこうしましょうか」

「おねがいー」


 年上の威厳もなく海斗に甘える凪へくすりと笑みを零し、癒し続けるのだった。

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