第50話 食べさせ合い

 当然ながら凪の服選びは一店舗で終わらず、様々な店を回っている。


「ふーむ。セーターもアリだねぇ」

「確かにそうですねぇ。しかしセーターならば、こちらの柄もありますが?」

「……よし、それも着させましょう」


 店に入る度に凪が店員に捕まり、美桜と店員が盛り上がって凪を着せ替え人形にする光景も見慣れたものだ。

 凪は何度も何度も服を着替えるのが嫌になったようで、盛り上がる女性二人をじっとりとした目で見ている。

 海斗が服の感想を言うと、毎回凪は僅かに頬を染めて居心地悪そうにするが、そういうものだと割り切ったらしい。

 とはいえ美桜や店員が褒めても照れる事はなく、本人が感情をいまいち理解していないようだが。


「……ま、まだ続けるのぉ?」

「しんどいとは思いますが、もう少しだけ我慢してくれると嬉しいです」

「何で?」

「一ノ瀬ってクラスの女子にいつも囲まれてるんですよ。でも、こうしてはしゃいでる姿は見た事ないんで、心の底から楽しんでると思うんですよね」


 人によって距離感は違うので、クラスメイトとの付き合いが仮初かりそめのものとは思わない。

 けれど瞳を輝かせて夢中になる姿からして、今の美桜はありのままの姿なのだろう。

 ややこしい事など忘れて楽しんで欲しいと苦笑すれば、凪が「むぅ」と呟いて肩を落とした。


「そういう事なら仕方ない。服を選んでくれて助かってるのもあるし、もう少しだけ我慢する」

「助かります。お礼に後で甘いものでも食べましょうか」


 折角のお出掛けなのに、服を見るだけなのは勿体ない。

 とはいえ凪の体力は残り少ないと思うので、出来る事といえばデザートを食べるくらいのはずだ。

 以前シュークリーム等を作った時は凪が喜んでくれたので、嫌がられはしないだろう。

 海斗の予想通り、凪が澄んだ蒼の瞳を輝かせた。


「作ってくれるの!?」

「え、いや、近くにクレープ屋があったので、そこに行こうかなと」

「そうなんだ……」


 先程とは打って変わり、凪がしゅんと肩を落とす。

 どうやら、海斗が作ると思い込んでいたらしい。

 落ち込む凪に罪悪感が沸き上がるものの、決して悪い提案ではないと笑みを浮かべた。


「一からクレープを作るのは大変ですからね。それに、店のものだって美味しいはずですよ」

「ん。なら海斗のデザートより美味しいか見極める」

「いや、流石にデザートは店の方が美味しいと思いますよ?」


 海斗はデザートを作れはするが、店のものに勝てるとは思っていない。

 勿論、卑下する程でもないのは凪や美桜の反応から分かっている。

 しかし凪は違うのか、むっと唇を尖らせて海斗を見上げた。


「そんなの食べてみないと分からない。少なくとも、海斗のシュークリームとプリンは美味しかった」

「……ありがとうございます。でも、店の前で感想を言わないでくださいよ?」


 海斗が負けるなら良いが、問題は勝ってしまった時だ。

 喧嘩けんかを売っていると思われたくない。

 流石に凪も分かっているようで、大きく頷いた。


「分かってる」

「天音ー! 凪ちゃん先輩ー! 試着室行きますよー!」


 試着させる服が決まったようで、美桜が大声にならない程度の声量で海斗達を呼ぶ。

 談笑を中断し、僅かに肩を落としている凪と試着室へ向かうのだった。





「……で。何で俺も並んでるんだよ」


 服選びを終え、海斗の手には大量の荷物がある。

 凪に持たせるのは男失格なので、少々強引に奪った事に後悔はない。

 しかし、海斗もクレープ屋に並ぶのは想定外だった。


「「……」」


 女性が客の九割以上を占めているせいで、海斗へちらちらと視線が向けられている。

 残りの一割はカップルとして来店した男だからか、海斗のような思いはしておらず、楽しそうに恋人と話していた。

 とはいえ海斗が敵として見られているかと言えばそうでもなく、傍に凪や美桜が居るお陰で悪感情を向けられてはいない。

 それでも居心地が悪いのは変わらず、強引に連れて来られた腹いせに呟けば、女性二人がむっと眉を寄せた。


「海斗には荷物を持ってもらってるんだから、そのお礼。それに仲間外れはダメ」

「そうだよ。こういうのは皆で楽しまないと」

「はぁ……。分かったよ」


 純粋な善意に反論できる言葉など持っていない。

 溜息をつきつつも内心で二人に感謝し、海斗達の番が来るのを待つ。

 すぐに注文出来るようになったので、メニューを三人で見た。


「うーん。私は苺にしようかな。天音は?」

「そうだなぁ。お、桃とかあるのか。じゃあ俺はこれだ。凪さんは?」

「……どうしよう。決められない」


 途方に暮れたような声が耳に届いたが、内容は微笑ましいものだ。

 美桜と顔を見合わせて笑みを交わし、凪の説得に入る。


「好きなのを頼めばいいんですよ、凪さん」

「何なら私と別の味を頼んで、私と分け合ってもいいと思います!」

「それ、いいかも」


 美桜の提案を気に入ったようで、バナナがたっぷり入ったクレープを凪が頼んだ。

 すぐに三人共のクレープが届き、店から少し離れた場所で思いきりかぶりつく。


「桃もイケるな。もしかしたら一番の当たりかもしれない」

「いやぁ。やっぱり苺が最強でしょ」

「何だと?」

「何よ?」

「ん……。美味しい!」


 些細な事で勃発ぼっぱつしそうになった争いを、凪の弾んだ声が流した。

 どうやら満足のいく味だったらしく、頬を緩めて幸せそうに咀嚼そしゃくしている。

 あまりにも純粋な姿に、勝負などしていないのに負けた気がした。


「はい、美桜。食べて」

「凪ちゃん先輩はずっとそのままで居てくださいね。それはそれとして、いただきます」

「うん? よく分からないけど、どうぞ」


 きょとんと首を傾げた凪が差し出したクレープに、美桜がかぶりつく。

 すると、ブラウンの瞳が幸せそうに細まった。


「んー。こっちも美味しいですねぇ。凪ちゃん先輩も、はいどうぞ」

「ありがとう、美桜。……うん、美味しい」


 美少女がクレープを食べさせ合う光景は、眼福といってもいいだろう。

 それを特等席で眺めているのだから、もしかすると海斗の運はここで尽きるかもしれない。

 あまりにも幸せな光景に頬が緩みそうになっていると、凪が海斗へクレープを突き出した。


「はい。海斗もどうぞ」

「え? いやぁ、流石にそれは駄目ですよ」

「どうして? 友達だから別にいいでしょ?」


 服の感想を言われた際に僅かだか海斗を意識したはずなのに、完全にいつもの凪が戻ってきたようだ。

 あるいは美桜の言葉と周囲の女性が分け合っているのを見て、それが普通だと思ったのかもしれない。

 何が駄目なのか分からない、と心底不思議そうに言われると、海斗が悪者になった気がしてきた。

 しかしどうにか説得しようとする海斗の傍を、先程のクレープ屋を訪れたであろうカップルが通り過ぎる。


「はい、あーん」

「あーん」


 堂々と食べさせ合う姿は、正しくカップルだと言っていい。

 問題は、今の海斗達の状況で見せつけられた事だ。

 凪が「他の人もやってる」と言い出したらどうしようかと、内心で冷や汗を掻きながら通り過ぎたカップルから視線を戻す。

 すると海斗の予想に反して、頬をほんのりと朱に染めた凪が、クレープを持つ手をゆっくりと下ろし始めた。


「……えっと」

「はい」

「…………やっぱり、ナシ」


 今までの凪であれば、絶対にこんな態度は取らなかったはずだ。

 なのに急に変化したとなれば、理由はカップルの姿を見せつけられたからだろうか。

 或いは海斗が容姿と服を褒めた事で、凪の心境に変化が起きたのかもしれない。

 無言で理由を考えていると、海斗が怒ったと勘違いしたのか、凪が顔に焦りを浮かべて勢いよく首を振った。


「か、海斗に分けたくない訳じゃないの。その、あの……何か、恥ずかしくて」

「大丈夫ですよ。気にしてませんから」


 頬を真っ赤に染めてまぶたを伏せる可愛らしい姿に、心臓の鼓動が早まる。

 何故こんなにも変化したのかは分からないが、提案を取り下げてくれるのは海斗としても有難い。

 思考を中断して凪に微笑みを向ければ、しゅんと肩を落とされた。


「ごめんなさい……」

「謝る必要なんかないですって。ほら、食べましょうか」

「うん」


 気を取り直した凪と、手に持ったクレープを食べる。

 桃の味は何も変わらないはずなのに、何故か甘い気がした。

 むず痒い空気の中、ふと先程から静かにしている友人が気になって視線を向ける。

 すると美桜は、苛立たしい程に生温かい笑顔を浮かべていた。


「……何だよ」

「何もありませーん」


 明らかに楽しんでいる美桜に物申したくなったが、下手にこの場を搔き回されたくない。

 ぐっと感情を堪え、食べるのに集中する海斗だった。

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