第173話 第二のプレゼント
「も、もうお腹いっぱいですから、凪さん」
海斗に食べさせるのが気に入ったのか、彼女は何度もトリュフチョコレートを摘まんで持ってくる。
けれど晩飯を摂ったばかりなので、そろそろ腹が限界だ。
一日で全て食べてしまうのが勿体ないというのもあり、やんわりと辞めさせた。
残念なのかしゅんと眉を下げはするものの、状況が状況なので凪は無理に食べさせようとせず、チョコレートを摘まもうとしていた手を下げる。
「そう。なら、お風呂に入ってきて」
「はい」
いつも通りの過ごし方を促す凪に従い、チョコレートを冷蔵庫にしまって風呂場へ。
さっと体を洗ってリビングに戻ると、これまたいつも通り凪が待機してくれていた。
慣れた手つきで海斗の髪を乾かし終えると、何故か彼女が揺れる瞳で海斗を見つめる。
「海斗はこの後予定ある?」
「特にないですよ。寝るまでゆっくりするつもりです」
「分かった」
妙に真剣な声を発して凪が頷き、ドライヤーを持って立ち上がった。
今まで一度も見た事のない行動に首を捻る。
「ドライヤーがないと凪さんの髪を乾かせないんですが」
「今日は自分でやる」
「そ、そうですか」
「代わりにというのも何だけど、海斗にお願いしたい事があるの」
非常に珍しい凪の発言に戸惑っていると、アイスブルーの瞳がジッと海斗を見下ろした。
不安と期待の混ざったような瞳は吸い込まれそうだが、どうしてそんな目をしているのか分からない。
空気が重くなった気がして、気を引き締めながら頷く。
「凪さんのお願いなら殆ど聞きますけど、何ですか?」
「その……。これから二つ目のバレンタインのプレゼントをあげようと思うの」
「まだ用意してたんですか? 本当に、ありがとうございます」
チョコレートは事前に察してしまったが、どうやら完全なサプライズプレゼントがあるらしい。
感動が胸を満たし、微笑みを凪へと向ける。
すると、何故か凪が頬を薄っすらと朱に染め、僅かに視線を逸らした。
「それで、ね。私がお風呂から上がる時に、私の部屋のベッドで待ってて欲しいの」
「…………はい?」
プレゼントならば、リビングで渡せばいいだけだ。わざわざ海斗の待つ場所を指定するのはおかしい。
そして場所がベッドである事や今日は髪を自分で乾かす事から、何となく凪のプレゼントが分かってしまった。
「そ、それって、まさか……」
驚きに戸惑った声が出てしまったが、同時に最近の凪の謎の行動が腑に落ちる。
チョコレートを作るのに妙に恥ずかしがり、ちらちらとクローゼットを見る姿。
もし凪が海斗の予想している事をしようとしているならば、全てつじつまが合うのだ。
思春期の男子高校の煩悩に塗れた予想ではあるものの、間違ってはいないだろう。
海斗の予想を確信に変えるように、凪が顔を真っ赤にして小さく頷いた。
「…………うん。だから、待ってて。いい?」
「その前に、凪さんはいいんですか?」
この先にある出来事で、海斗が失うものは何もない。けれど、凪は違う。
以前「したいならしていい」と言われはしたし、だからこそまずはキスをした。
だが、こんな唐突にもっと先へ進むとは思わなかった。
整い過ぎている顔をジッと見つめながら尋ねると、凪が耳まで真っ赤に染めつつも確かに頷く。
「いいよ。というか、もっと早くすると思ってた。なのに海斗は全然そんな素振りなんて見せなかったから、ちょっと不安だった」
「す、すみません? 言い訳するなら、そりゃあ俺だってしたかったです。けど、そんな簡単にしていいものじゃないでしょうに」
別に健全な付き合いを求めている訳ではないし、むしろそんな付き合い方を提案されていたら困っていただろう。
しかし凪にキス以上の欲望を見せなかったのは、キスしたばかりでがっついていると思われたくなかったからだ。
僅かなすれ違いに謝罪しつつも遠回しにまだ早いのではと伝えたのだが、凪は決意を秘めた表情で首を振る。
「簡単に決めた訳じゃないし、前に言ったように海斗ならいつでも大丈夫。むしろ、海斗に我慢させてしまう方が問題」
「我慢なんて――」
「してないって胸を張って言える?」
「…………言えません」
毎日凪と引っ付いているだけでなく、一緒に寝たりキスしているのだ。
男の欲望は溜まってきているし、暴走しないように我慢している時もある。
真っ直ぐに見つめられて否定出来ず、視線を逸らしながら告げた。
すると凪が身を屈め、海斗の頬にすっと手を添える。
「でしょう? だから、バレンタインデーの今日にしたいなって思ったの」
「分かり、ました」
海斗の欲望を受け入れる慈愛に満ちた笑みに、負けを認めて頷いた。
再び凪が立ち上がり、くるりと身を
一度自室に引っ込んだ彼女は、袋に包まれた何かを持って出て来た。
海斗の考えが正しければ、あれは海斗を喜ばせる為に先日買ったもののはずだ。
「それじゃあ、部屋で待っててね」
「はい」
凪を風呂場に見送り、海斗は彼女の自室へ。
落ち着かなくてきょろきょろと視線をさ迷わせるが他にやる事もなく、ベッドの縁に腰掛けた。
「…………失敗したぁ」
バレンタインデーに凪をもらえるというのは嬉しいし、ある意味男の夢だろう。
けれど、こういう事は海斗から提案すべきだったのではないか。
リード出来なかったという事実に、顔を覆って項垂れる。
しかし、もう海斗は選んだのだ。凪が風呂で体を洗って部屋に来るのを待つしかない。
「俺、しっかり体を洗ったよな? 大丈夫だよな?」
特に意識せず体を洗っていたせいで、今更ながら不安になってしまった。
とはいえ現在凪が風呂に入っているのだから、もう一度洗いに行くなど出来るはずがない。
どくどくと弾む心臓の音を自覚しつつ大きな溜息をついた。
「実感湧かねぇ……」
凪に流された形になったからか、もうすぐ凪をもらうと分かっていても頭の中がふわふわしている。
しかし、男としてこんな半端な状態で体を重ねる訳にはいかない。
パンと頬を叩いて気合を入れ、覚悟を決めるのだった。
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