第157話 様々な買い物

 クレープを食べて休憩した後、海斗達は自室用の家具を買う為に家具店に向かった。

 ショッピングモールにある店なのである程度の家具しか置いていないが、どうせ大した物は買わないので構わない。

 とはいえそれは海斗の意見であり、凪は難しい顔をして首を捻っているのだが。


「うーん。折角だからって見に来たけど、やっぱり専門店の方が品揃えがいいね」

「そりゃあそうでしょうけど、俺はここにある物で十分ですよ」

「駄目。家具は長く使う物だから、きちんと選ぶべき」


 海斗の自室に置くものなので、凪が使う家具ではない。

 極論を言うなら、凪は「この店の家具から選んで」と海斗に指示するだけでいいのだ。

 にも関わらずまるで自分の事のように真剣に悩んでいるのは、凪が優しいからか、それとも海斗が選ぶと安物になるので信用していないのか。

 不服そうに腰に手を当てて唇を尖らせる姿からは、その両方だと察せられた。


「分かりましたよ。また別の機会に他の店に行くとして、今は最低限必要なものを買いましょうか」


 海斗自身の事なのだから、凪に任せっきりになるのは駄目だ。

 そう判断して妥協案を口にすれば、凪が小さく頷く。


「ん。ならカーテンは買わなくていいから、絶対に買うのはカーペットくらいかな」

「……フローリングに布団を置いてるだけですからねぇ」


 以前の海斗の家ではそれで満足していたが、凪の家はきちんと家具が置いてあるのだ。

 なので、海斗の部屋だけ別の世界のように思えてしまう。

 どうせ凪の自室やリビングで生活するので、カーペットが絶対に必要かと言われれば怪しい。

 それでも何か床に敷くべきだと、考えを改めた。


「後はクッションとか?」

「俺の部屋にそんなの必要ですかね?」

「海斗だって一人でゆっくりしたい時はあるはずだから、部屋で寛げる家具は必要」


 どうやら凪は、これから長く一緒に生活する上で別々に行動する可能性も考えていたらしい。

 しかし冬休みの間、海斗はずっと凪と触れ合いながら生活しており、彼女との距離感に困った事などなかった。

 それは触れ合いながらもお互いに別々の事をしていたり、相手を束縛しないからこそ出来たのだろう。

 だからこそ一人になりたい時が来るとは思えないが、もしもの事は考えておくべきだ。


「分かりましたよ。でも、俺に気を遣う必要はないですからね」

「うん、ありがと。海斗も、少し離れて欲しい時には遠慮しないで言ってね」

「無いとは思いますけど、了解です」


 決してお互いを嫌っている訳ではない。単に、そういう気分の時もあるかもしれない。

 お互いに気遣える関係に頬を緩ませつつ、カーペットとクッションを選んでいく。

 今まで家具を買う時は安い事を第一に考えていたが、今回は考えない。

 この手の物は美桜に連絡すれば、沖嗣からお金が出るだろうから。

 一ノ瀬家を都合よく利用する事になるが、既に話がついているので、遠慮する必要などないだろう。

 そうして家具を選び終え、レジで支払いを終える。

 家具は後日送ってくれるとの事だったので、海斗達の手荷物は増えなかった。


「さてと、それじゃあ次ですね」

「そうだね」


 家具店を出て、次はアクセサリーを置いている店へ。

 とはいえ海斗も凪もアクセサリーに興味はなく、基本的に身に付けない。海斗の場合は、そんな物に金を使う余裕が無かったというのもあるが。

 それでも何か買おうと決めたのは、二人で今日のデートの内容を話し合った結果、記念になるような物が欲しいと思ってだ。

 すぐに店に辿り着き、凪と二人で店内を物色する。


「……とんでもない値段の物もありますが、安い物もあるんですね」

「そうだね。もっと高いと思ってた」


 海斗にとってアクセサリーというものは、一つ買うだけで数万円もする高級品というイメージだった。

 しかし目の前に表示されている値段は、海斗の想像よりもはるかに安いものだ。

 こういうものに興味のない凪も同じ気持ちのようで、アイスブルーの瞳を大きく見せている。


「よく言われます。でも最近はかなり安くなってまして、学生さんが買う事も多いんですよ?」

「「っ!?」」


 凪と共に感想を言い合っていると、突然女性の声が耳に届いた。

 声の方を向けば、二十代後半くらいの店員がご機嫌な笑顔を浮かべている。


「お二人とも、学生さんですよね?」

「は、はい」

「よろしければ、学生さんにもお勧め出来る物をご紹介しましょうか?」


 店員の口ぶりからして、高校生や大学生の相手をよくしているようだ。

 凪と一緒に一から悩むのもいいが、ある程度は絞ってもらった方が良いかもしれない。

 ちらりと隣を見れば、柔らかな笑みが返ってきた。


「お願いします」

「ではこちらにどうぞ」


 店員の後に付いて行き、一つのテーブルに案内される。

 言葉通り学生にお勧めのコーナーのようで、値段は海斗でも手の十分に手が届くものだ。

 シンプルな作りの物が多いのも嬉しい。


「では、お決まりになりましたら声を掛けていただけたらと思います」

「「ありがとうございます」」


 店員としても客に悩んで決めて欲しいようで、あくまで案内だけに留めてくれた。

 ならばと凪と意見を交換しながら、アクセサリーに目を通していく。


「定番みたいですけど、ブレスレットにネックレスがいいですかね」

「でも、ネックレスだけでも色々ある。パズルのピースとか、リングとか」

「色々あって目移りしちゃいますね」

「だね」


 初めてアクセサリーを買うというのもあるが、凪とお揃いの物を買えるのが嬉しい。

 折角ならば特別な品が良いと思いつつ眺めていると、一つのネックレスが気になった。

 少々気恥ずかしい物ではあるが、パッと見では普通のアクセサリーに見えるだろう。


「これとかどうですか?」

「うん? ……それ、すっごくいい」


 海斗が指を差したネックレスを見た凪が、喜びに満ちた甘い笑顔を浮かべた。

 あっさりと決まった事で店員を呼び、説明を受ける。


「では一時間程お時間をいただきますが、よろしいですか?」

「一時間でいいんですか? こういうものって時間が掛かると思ったんですが」

「ネットで注文していただく場合は数日掛かりますが、ご来店された場合はすぐに取り掛かるので大丈夫ですよ」

「でしたらお願いします」


 あっという間に詳細が決まり、一度店を後にした。

 デートの最後としてアクセサリーを見たので、時間を潰す際にどうするかは決まっていないが、凪となら適当にぶらつくだけでも楽しいだろう。


「凪さんはどこか行きたい場所はありますか?」

「ううん、ない。だから、ゆっくり歩こう? 折角だし、こうさせてもらうけど」


 店を出て手を繋ごうとしたのだが、凪は繋ぐだけでなく海斗の腕を抱き締めた。

 冬場なので厚着をしており、体の感触は分からない。

 それでも凪が渚のように遠慮なく甘えてくれる事に、海斗の胸が幸せな気持ちで満たされた。


「いいですよ。何か恋人っぽくて好きです」

「渚も海斗にしてたけど、ね」

「それは言わないでおきましょう」


 同じ腕を抱き締めるのでも、妹のような存在と許嫁がするのでは抱く感情が変わる。

 僅かに拗ねを含んだ凪の言葉にくすりと笑みを零し、ゆっくりとした足取りで散策を開始するのだった。

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