第158話 デートの最後に

 ショッピングモール内を歩いて時間を潰し、アクセサリー店に戻って注文した品を受け取って家に帰る。

 電車を降りてゆっくりと歩く中、海斗の腕を抱き締めている凪へと視線を向けた。


「殆ど俺に付き合ってもらった感じになりましたけど、今日のデートはどうでしたか?」

「すっごく楽しかった。一緒に何かを選ぶのって、いいね」


 海斗の腕に頬を擦りつける凪が、ふにゃりと緩んだ笑みを見せる。

 どうやら彼女はこの体勢を気に入ったらしく、電車に乗る時以外はずっと離れない。

 それはアクセサリー店に入る時もであり、店員から商品を受け取った際に、本日二度目の「お幸せに」を言われた。

 恥ずかしくはあったものの、凪が外でも密着してくれるのが嬉しくて、結局そのまま店を出て今に至る。


「ですね。今までこういう事はしてこなかったので、俺も楽しかったですよ」

「なら、デートは大成功だね」

「はい」


 一緒に服を選んで、クレープを食べさせ合って、家具を見て、お揃いのアクセサリーを買う。

 これぞデートという感じの外出だったが、二人共大満足だ。

 これならば最後にやる事も上手くいくだろうと考えつつ、暗くなっていく空の下、二人の家に辿り着く。


「「ただいま」」


 声を響かせ、まずは手洗いとうがいだ。

 その後はいつもなら晩飯の調理に取り掛かるが、まだデートは終わりではない。

 部屋着に着替えず、荷物だけを置いて凪と共にソファへ腰を下ろす。

 二人の手には、最後にショッピングモールで買った物が入っている小さな紙袋があった。


「それじゃあ開けましょうか」

「ん」


 あえて別々にしてもらった紙袋を、慎重に開いていく。

 海斗の紙袋の中には、ピンクゴールドのリングネックレスが入っていた。

 ちらりと横を見れば、凪がシルバーのリングネックレスを取り出している。

 すぐに彼女と視線が合い、なんだかくすぐったくて微笑みを交わした。


「ペアネックレスって、こういう事も出来るんだね。ちょっと意外だった」

「俺もです。でも、これぞペアネックレスって感じでいいと思いますよ」


 見た目だけならば、至って普通のペアネックレスだ。

 しかし、よく見ればリングの外周に細かいアルファベットが彫ってある。

 海斗の持っているピンクゴールドの方には『kaito』、凪のシルバーの方には『nagi』と。

 この為に時間を潰す事になったが、後悔はない。

 世界で一つだけのペアネックレスを作れたのだから。


「凪さん、着けますから後ろを向いてください」

「分かった」


 凪が体の向きを変え、海斗へうなじを見せる。

 髪が短いので普段から割と見えている部分ではあるが、妙に色っぽく思えた。

 僅かに心臓の鼓動が弾む中、ジッと凪のうなじを見つめていると、彼女がちらりと海斗へ視線を送る。


「海斗、着けないの?」

「……着けます。すみません」

「うん? 謝る必要なんかないよ。ほら」


 無防備に背中とうなじを見せる凪に、何だか負けた気がした。

 小さく溜息をついて気を取り直し、凪の首にリングネックレスを掛ける。

 他人が首元に触れるのがくすぐったいのか、ネックレスの感触が慣れないのか、凪が「んっ」と鼻に掛かったような声を漏らすのが心臓に悪い。

 とはいえ何とか動揺を押し殺し、きちんと取り付ける事が出来た。

 海斗へと体の向きを戻した凪が、頬を緩めながらも顔に僅かな不安の色を覗かせる。


「どう、かな? 似合ってる?」

「はい。すっごく綺麗です」


 銀色の髪やアイスブルーの瞳から涼やかなイメージの凪だからこそ、派手過ぎないピンクゴールドというアクセントが映える。

 短くはあるものの素直な感想を口にすれば、凪の顔に歓喜が溢れたような満面の笑みが広がった。


「良かったぁ。それじゃあ次は海斗の番、後ろ向いて」

「了解です。お願いしますね」


 体の向きを変えると、すぐにシルバーのネックレスが首へと掛かる。

 凪と同じく派手なものが好きではない海斗だが、これくらいなら構わない。

 首元に細い指先が触れる感触はくすぐったいものの、我慢しているとすぐに離れた。


「俺の方はどうですか? 変じゃないといいんですが」

「ばっちり。すっごくかっこいい」

「……どうも」


 凪らしい真っ直ぐで嘘偽りのない感想が、海斗の羞恥を沸き上がらせる。

 この場から逃げ出したくなったものの、ここからが今日の本番と言っても過言ではない。

 頬へと上がってくる熱を抑え、凪へと僅かに距離を詰める。

 何をするか事前に話していたからか、凪はぴくりと体を僅かに揺らすだけだ。


「カップルがデートの最後にする事、していいですか?」

「……うん」


 一応の確認を取れば、凪が雪のように白い頬を一瞬で朱に染め上げる。

 小さな頷きを確認し、決して傷付けないようにそっと真っ赤な頬に触れた。

 今まで散々髪に触れたり頭を撫でたり一緒に寝てもいたが、殆ど頬には触れていないせいで、今度は凪が肩を大きく跳ねさせる。


「凪さんが嫌ならしません。本当に、いいんですね?」

「い、いいよ。ちょっとびっくりしただけだから、大丈夫」


 念を押したにも関わらず意見を曲げないのなら、これ以上の確認は凪の覚悟を踏みにじるだけだ。

 覚悟を決めて凪の顔を上に向かせ、更に距離を詰める。

 既にお互いの吐息が顔に掛かる程に近く、浅い呼吸が凪の緊張を伝えてきた。

 勿論、海斗の心臓は早鐘のように鼓動しており、彼女に触れていない指は緊張で震えている。

 しかしそんな事など意識出来なくなりそうなくらい、凪の顔に引き付けられた。


(本当に、綺麗だな……)


 至近距離の凪の顔はゾッとする程に美しく、濡れたアイスブルーの瞳や瑞々しい唇が海斗を誘う。

 どれだけ緊張していようと触れたいという欲望に抗えず、ゆっくりと、確実に唇を合わせようとする。

 長い睫毛にアイスブルーの瞳が隠れた瞬間、お互いの唇が触れ合った。


「ん……」

「ふ……」


 生まれて初めてキスをしたという実感で、頭から湯気が出そうな程に思考が真っ白になる。

 けれど唇から漏れる凪の吐息の艶やかさや、暴力的な程に柔らかい唇の感触が、そんな海斗の頭に流れ込んできた。

 凪にすら聞こえてしまいそうな程に心臓の鼓動が弾む中、唇を離す。


「「……」」


 何を話せばいいか分からず、凪と見つめ合った。

 彼女は耳どころか首まで真っ赤にしているし、海斗も頬が炙られるような感覚があるので、似たようなものだろう。

 何を話せばいいか分からず戸惑っていると、凪が海斗の服を摘まんだ。


「その、えっと、あんまり良く分からなかったから、もう一回、しない……?」


 甘えを含んだ上目遣いに、可愛らし過ぎるおねだりの仕方に、海斗の意思はあっさりと折れる。


「……はい。じゃあもう一回、いきますよ」

「…………ん」


 二度目のキスは、一度目よりも甘い気がした。

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