第120話 解決策とは
「……」
実の父親が、半分血の繋がった妹が、目の前に居る。
その事実をうっすらと察していたにも関わらず、言葉が出ない。
凪の方を見る余裕はないが、絶句しているのが何となく分かった。
そして固まる海斗と凪をよそに、沖嗣が能面のような無表情で口を開く。
「この事実を話したのには、理由がある。確認ではあるけど、君は西園寺さんの隣に並びたいんだって?」
「は、はい」
「しかしお金のない今の状況では、お荷物になるしかない。それが嫌だというのも、間違いないね?」
「そう、です……」
実の息子に対して話し掛けているというのに、沖嗣の口調は話し始めた時と殆ど変わらない。
しかし声色と表情からは、以前よりも感情が読めなくなっている。
どういう風に接すればいいか分からず、海斗はただ頷く事しか出来なかった。
「ならば、君が西園寺さんの隣に立つ事で、西園寺家にメリットがあればいい。そして、それは君自身の力である必要はない」
「まさ、か――」
「そう。君を一ノ瀬家の一員として扱い、両家の関係を繋ぐ人柱とする。平たく言えば、政略結婚だ」
「……」
沖嗣は大企業の社長という事だし、博之の仕事は聞いていないが、おそらく沖嗣と似たようなものなのだろう。
となれば、両家の子供が結婚すると、多かれ少なかれ関係を持つ事になる。
それはどちらにとっても、これ以上ないメリットになるはずだ。
しかし一ノ瀬家にとって、海斗の価値はそれだけだと示しているのに近い。
同時に、自分を捨てた家に
あまりにも受け入れがたい提案に、首を縦には振れなかった。
「このご時世に政略結婚はナンセンスかもしれないが、同時に意味を持つ事がある。それは分かるかい?」
「……はい」
「ならば、これが最善の手だというのも分かるね?」
「…………はい」
手詰まりだった状況を打破する為に、真実が明かされるのを望んだのは海斗だ。
だが真実を受け入れた所で、海斗は人質として扱われるだけではないか。
確かに清二は「誰かに甘える状況は変わらない」と言っていたが、流石にこれは酷過ぎる。
(……でも、手詰まりなのは間違いない)
一ノ瀬家の一員にならなければ、海斗は貧乏生活と凪のお世話係に逆戻り。
一ノ瀬家の一員になったとしても、凪に胸を張れる立場ではない。
究極かつ残酷な二択の、どちらを選べばいいか分からなくなってしまった。
握った拳から力が抜けていく中で、ただ呼吸するだけの海斗を、沖嗣が温度のない瞳で見つめる。
「君に一ノ瀬家のしがらみを押し付けるつもりはない。ただ、君は西園寺家に婿として入ればいいだけ。なのに何を迷う必要があるんだい?」
「それは――」
「ハッキリ言おう、君の力だけでは西園寺さんの隣には居られないよ。だからこそ、僕は道を提示しているんだ」
「……分かっている、つもりです」
「なら話に乗ればいい。私が憎くて乗れないのなら、好きなだけ殴って構わない。それこそ、気の済むまで。それでこの話を無くす事はないと約束しよう」
一発くらい殴らせて欲しい。海斗がついさっき言った言葉を受け入れられたが、最早そんな気力もない。
どこまで行っても海斗は無力な子供なのだ。既に、選択肢など無いではないか。
諦観が体と心を満たし、ゆっくりと口を開かせる。
「わか――」
「ふざけないでください」
沖嗣の提案を呑もうとした瞬間、隣から今にも爆発しそうな程の怒気が込められた低い声が聞こえた。
呆然としたまま視線を向ければ、凪がアイスブルーの瞳を憎悪に染めているのが視界に映る。
「今まで息子と認めていなかったくせに、利用価値があると分かったら息子と扱う? 海斗を何だと思ってるんですか!?」
今まで一度も聞いた事のない凪の怒声が、喫茶店に響き渡った。
彼女はまだ言い足りないのか、沖嗣を鋭い目つきで睨む。
そんな凪を、沖嗣は感情の見えない瞳で眺めた。
「一ノ瀬家にとって益のある道具だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「利用価値があるまで、どうでも良かったと!? 海斗がどれだけ苦しい生活をしているのか、実の母親にどれほど酷い仕打ちをされたのか、貴方は知ろうとしなかったんですか!?」
「知っていたとも。あの女と息子の状況は、常に調べていたよ。余計な事をされないようにね」
「知っていながら……。知っていながら、貴方は何もしなかったんですか!?」
海斗が尋ねられたかった事を、凪が尋ねてくれるのは嬉しい。
しかし得られた回答はあまりにも無情で、海斗の心からどんどん熱が抜けていく。
「………そうだ。それが何か?」
「こ……のっ!」
堪忍袋の緒が切れたのか、凪がテーブルに拳を叩きつけようとする。
しかし何とか理性で抑えたようで、強く握り込まれた拳がテーブルの上に置かれた。
「そんな事は、今どうでもいいのでは? 息子が提案を受け入れれば、貴女も幸せになれる。それの何が悪いんだい?」
「悪いに決まってるでしょう! これじゃあ海斗が救われなさ過ぎる!」
「だが、こうしなければ息子には何の価値もない。それとも、まさか貴女は一銭にもならない息子を援助するとでも?」
「するに決まってます!」
沖嗣の言葉を受け、凪が勢い良く立ち上がる。
そのまま彼女は海斗の手を掴み、強引に視線を向けさせた。
「海斗! こんな人の力なんて借りなくていい! 私が何とかするから、私と一緒に来て!」
「…………でも」
「でもじゃない! こんな息子を道具扱いする父親の提案なんて呑む必要ないよ!」
凪の言葉は嬉しい。それこそ、今すぐに飛びつきたいくらいに。
けれど、その先に居る海斗は凪の力に一切なれない役立たずだ。
真っ白な頭では何が正解か分からず、ただ呼吸を繰り返すだけになってしまう。
そんな海斗を見て何を思ったのか、沖嗣が立ち上がった。
「仕切り直しとしよう。少し散歩に出る。静音、美桜、行こうか」
「はい」
「あ、お父さん。私はちょっとだけここに居ていい?」
「好きにしなさい」
海斗達と話したい事があるのか、美桜は喫茶店に残るらしい。
沖嗣はというと、静音と共に喫茶店の出口へと向かっている。
そして外に出る直前、海斗へと振り返った。
「私は何も仲良しごっこをするつもりなどないよ。私は君を利用し、君は私を利用する。これは、そういう話だ」
とても息子に向けるとは思えない言葉を残し、沖嗣と静音が外に出る。
カランと鳴ったベルの音が、何故だか涙が出そうな程に悲しい。
「…………さてと、何から話そうかな」
美桜が今までと同じ明るい笑みの中に気まずさを混ぜ、海斗を見つめる。
冷えた心を持ったまま、向かいの友人であり妹でもある少女へと視線を向けるのだった。
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