第14話 見張りを終えて
文化祭初日はほぼ図書室で過ごし、二日目になった。
今日は一般開放の日なので、在校生に招待された友人や家族が敷地内をうろついている。
昨日よりも賑やかな学校の音を耳にしながら、海斗の番であった教室の見張りを終えた。
「一時間だけの見張りだけど、退屈だったな」
「そうだねぇ。まあこれで自由になるんだし、安いもんだよ」
「違いない」
一緒に見張りをしていた美桜と肩を
海斗は周囲からやっかまれるのが嫌で美桜と見張りをしたくはなかったが、厳選なくじ引きの結果だ。
勿論、決まった時には主に男子達からの嫉妬の念が向けられたものの、こればかりはどうしようもないと受け入れた。
幸いな事に海斗に恨みをぶつけても仕方がないと諦められたようで、嫌味を言われてはいない。
何はともあれ、これで海斗の文化祭での仕事は終わったのだから、後は次の見張り番に任せればいい。
来てくれたクラスメイトと交代し、美桜と一緒に教室から出る。
彼女と一緒にまわると視線が凄い事になるのですぐに離れようとすると「美桜」という男性の声が耳に届いた。
何となく気になって声の方を向けば、良くも悪くも普通な外見の男性と、一児の母として見ても小柄で可愛らしい女性が美桜へ手を振っている。
「あ、お、お父さん、お母さん……」
文化祭に来たという事は美桜が招待したはずなのに、何故か彼女が顔を曇らせる。
疑問に思ってそれとなく様子を
不安なような、心配しているような瞳をどうして海斗に向けるのか分からず首を捻る。
そうこうしているうちに、美桜の両親が目の前に来た。
「思ったより早く着いてね。クラスは聞いていたから、美桜を迎えに行こうと思ったんだ」
「皆楽しそうねぇ。やっぱり文化祭はいいわぁ」
「そうだね。それで……」
美桜の両親の目が、海斗へ向けられた。
いくら海斗が美桜のクラスメイトとはいえ、二人はそれを知らないはずだ。
なので娘の隣に男が居るこの状況は、警戒してもおかしくない。
そのはずなのに、何故か彼等は海斗の顔を見て、目を大きく見開き絶句する。
「「……」」
「あ、えっと、一ノ瀬のクラスメイトの天音海斗です。さっきまで二人で展示の受付をしてました」
決して悪意があって一緒に居る訳ではないのだと、海斗の立場を正直に告げた。
これで、少なくとも娘に近付く虫だと思われる事はないだろう。
出来る限り悪い印象を持たれないように頭を下げて挨拶するが、二人は固まったままだ。
もしかすると、突然挨拶をしたのが気に食わないのかもしれない。
上手くいかないものだと苦笑を浮かべる。
「……あの、一ノ瀬さんと文化祭をまわるんですよね。邪魔してすみません」
この場に海斗が居ても邪魔なだけだろうと、美桜達に背を向けた。
何が理由で言葉を失ったのかは分からないが、少なくとも海斗のせいなのだろう。
美桜には後で謝っておこうと思いながら足を踏み出そうとすると「ねえ君」と美桜の父親に呼び止められた。
まさか声を掛けられるとは思っておらず、驚きにぴくりと肩を跳ねさせて振り返る。
「えっと、どうかしましたか?」
「天音、海斗くん。その……」
「何でしょうか?」
「……」
初対面の海斗など放っておけばいいのに、どうして呼び止められたか分からず首を傾げた。
美桜の父親はというと、何か言いたそうに口を開き、すぐに閉じるを繰り返している。
そして美桜は先程からずっと顔を
「……………………すまない、何でもないよ」
「そう、ですか。それじゃあ失礼しますね」
明らかに用事がありそうだが、かといって踏み込めもしない。
気にしても仕方がないと割り切り、今度こそ美桜と離れる。
海斗と美桜が受付をしていたのは十一時から十二時だったので、ちょうどお昼時だ。
なので海斗は買い食いでさっと済ませ、昨日と同じように凪へ飯を届けるつもりだった。
しかし彼女から「図書室の裏で一緒に食べればいい」と提案されたので、今日は買うだけにする。
のんびりと屋台を物色しながらも、考えるのは先程の出会いだ。あんな態度を取られれば、どうしても気になってしまう。
「俺、何もしてないよなぁ……?」
間違いなく海斗と美桜の両親は初対面だ。物心つくまえに会っていた可能性はあるが、美桜の家族は裕福らしいので、接点などあるはずがない。
美桜が海斗の事を話していたとしても、あれほどに驚きはしないだろう。
ただ、一つだけ可能性が残っている。
「……もしかして、
海斗がバイトに明け暮れる理由を作った元凶に、遠慮のない文句が出た。
問い詰めたいとは思ったが、何も事情を知らされていない海斗が突っかかった所で流されるだけだろう。
どうにもならない現状に大きな溜息をつき、気持ちを切り替える。
「にしても、一ノ瀬のお父さんは苦労してそうだなぁ」
美桜に凪と、裕福な家の出の人はこれまで全員が見目麗しかった。
それは美桜の母親も同じだったのだが、父親だけは違っていたのだ。
良くも悪くも普通で、それこそ海斗のような人物だった。
とはいえ仕事となれば雰囲気が変わる可能性もあるのだし、勝手に判断しては失礼だろう。
むしろ裕福に暮らせているのだから、かなり実力のある人物のはずだ。
ああいう人になれたらいいなと小さく笑み、出店で料理を買っていく。
図書室に着く前に凪へ連絡すれば、ちょうど到着した時に彼女が出て来た。
「適当に買ってきましたけど、良いですよね?」
「いい。どうせ天音の料理の方が美味しいから」
「……ありがとうございます」
相変わらず凪は海斗の料理にかなり満足してくれているし、単に褒めただけなのだろう。
それでも、心を乱すのには十分だった。
頬を掻いて羞恥を誤魔化せば、相変わらずの無表情で凪が海斗に背を向ける。
「それじゃあ早速食べよう」
凪と共に図書室の裏にまわり、寂れたベンチで一息つく。
敷地内でも端にあるからか、ここは文化祭であっても人がほぼ居なかった。
その数少ない生徒も、海斗や凪と同じく文化祭に馴染めない人達らしい。
興味の視線を向けられはしたが、視線が合うとばつが悪そうに逸らされた。
これなら変な噂になる事はないだろうと、安心しながら黙々と昼飯を平らげる。
「……ねえ。天音も、今日は一人なの?」
殆ど食べ終わったタイミングで、凪が気遣わし気な声で尋ねてきた。
海斗は凪の事情を深く知らないが、それでも彼女が家族を文化祭に呼んでいないだろうと思っていた。
それが、先程の言葉で確信へと変わる。
海斗の事情に深く踏み込まないようにと気遣ってくれた事が嬉しく、胸が温かなもので満たされた。
「ですね。展示の受付も終わりましたし、後は図書室でゆっくりするだけです」
「なら、今日も沢山本を読もうね」
「はい」
まともな文化祭の楽しみ方ではないと分かってはいる。
それでも一番海斗と凪らしい楽しみ方で、文化祭二日目を過ごすのだ
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