素敵な上司のお祝いに 3ー③




 ジュリアは表情を変えず、ゆっくりと頷いた。


「はい。仮想通貨が世を席巻せっけんすれば、金融政策も各国単位を超え、集中管理する必要性が生じます。同時に、各国の金融政策の番人である中央銀行制度は、世界共通通貨への切替によって存在価値を失い、形骸化して、終焉しゅうえんを迎えます。

 そうなった時、勝者のもとにはあらゆる情報、あらゆる権力と価値とが集中します。世界中の金の流れを監視することも、個人情報保護の名目でとりつけるマイクロチップで、誰が、いつ、どこにいるのか、どんな嗜好しこうを持っているのか、誰とつながっているのかさえ瞬時に把握できますし、情報制御も世界スケールで可能でしょう」


 ジュリアの言葉に、ルッジェリは、にやりとうれしげに笑った。


「そういうことだ。そして我々がこのゲームを勝ち上がるのに、必要なカードがある」

「承知しています」

「石油屋をやり込める世界システムのカギも、奴が持っているんだろう?」

「ええ」

「だったら、なおのことだ。ローレン・ディルーカを必ず手に入れるんだ。奴の居場所はまだ分からないのか?」


 苛立いらだった様子のルッジェリに、ジュリアは悠然と答えた。


「巣穴に籠もったトビネズミを、私の鼻で嗅ぎ当てろと? 残念ながら、彼は極めて慎重な性格です。まるで尻尾しっぽを出しません。ですが……バチカンの二人の神父達を見張っていれば、必ず彼に辿たどり着けます。彼と違って、あの二人はとっても人間的ですから、小さなミスぐらいは犯すでしょう。私はそれを待っているのですよ」


「そこが分からん。ローレンという男は冷血の天才なのだろう。なのに、我々が提示する条件交渉では奴を落とせないのだと君は言う。何故なぜだ?

 確かに、バチカンの二人の神父は有能で愉快ではあったが、だからといって、彼らをおとりにすれば必ずローレンが釣れるという君の自信は、どこから出てくるんだ? ローレン・ディルーカにとって、彼らは特別だとでも言うのかね?」


 ルッジェリは疑わしげに、ジュリアの瞳をのぞき込んだ。


 ジュリアは目を細め、ふふっ、と笑った。


「そうですよ、ルッジェリ。一目瞭然なのです。あの神父達は、ローレンにとって、他の人間と違うのです。そうですねえ……お友達、と言えばいいのでしょうか」


「バチカンの囚人と神父がか? ますます分からん。とにかく、君を信じて待つには待つが、時間は余りないぞ」


「存じています」

「間に合わなかった時の覚悟は出来ているな?」

「はい。それはもう。なんなりと」


 ふん、とルッジェリは鼻を鳴らした。


「よし、この話はここまでだ。そろそろ今宵こよい余興よきょうを見せてもらおうか」


 ルッジェリは最後のシャンパンを空けると、足を組んで座りなおした。


「はい。今宵は貴方に、素敵なグルメを堪能していただきます」

「グルメ? なんだ、ありきたりな余興だな」


 ルッジェリは憮然ぶぜんと腕組みをした。


「ただのグルメではありません。まだこの世で誰も食べたことのない、勿論もちろん、ルッジェリ、貴方ですら食べたことのない物を用意したのですよ」


「ほうっ。いいだろう。始めてくれ」

「承知しました」


 ジュリアは手元にあった呼び鈴を、優雅に鳴らした。


                                  続く



                      ◆次の公開は9月10日の予定です。



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