バチカン奇跡調査官
藤木稟/KADOKAWA文芸
バチカン奇跡調査官 素敵な上司のお祝いに
素敵な上司のお祝いに 1ー①
1
イルミネーションに彩られたパリで、人々が浮かれ調子に騒ぎだす十二月。
ロワール川は沈んだオイルブルーに、川沿いの並木はセピア色に染まっていた。
ローマ時代より、塩やワインの交易路であったロワール渓谷地方は、中世からルネサンスの時代にかけて、大小三百余りの城が王侯貴族らによって建てられたことや、バルザックやデカルトを輩出し、ダ・ヴィンチが余生を過ごしたことでも知られている。
今も点在する美しい古城群には、世界遺産として登録されたものもあれば、建物の一部がホテルとして開放されているものもある。
そんな中、錬鉄の門を固く閉ざし、中世期の要塞を思わせる高い城壁に守られた、ある古城が
門から奥へ続く木立を抜けると、優美な噴水と古代彫刻の模刻で飾られた幾何学式の中庭が広がり、薄い雪化粧を
建物の正面玄関には、双子柱のピラスターや、凸凹のあるエンタブラチュアが折り重なった
重厚な玄関扉の上部に刻まれているのは、盾とドラゴンと大釜を
吹き抜けになった玄関ホールには、黄金の麗しいミカエル像が立ち、その先には、多くの客を招いてのパーティや舞踏会に用いられるサルーン(広間)が広がっている。
その天井から吊り下がるブロンズとクリスタルのシャンデリアは十二を数え、部屋の四方に作られた扉の上方には、ネプトゥヌス(水)とユピテル(火)、キュベレ(大地)とユノ(大気)の浮き彫りが施されていて、それぞれの扉の先には、ビリヤード室、喫煙室、応接室、食堂などがあった。
サルーンの突き当たりには、鮮やかな大理石の円柱三十本と、白いステップ、赤い欄干に彩られた大階段が伸びている。
大階段を上るとすぐ左手には、主の執務室があった。
高い丸天井に、アンドレ・シャルル・ブールの手によるシャンデリアが輝き、
その部屋の主は、キューバン・マホガニーの広いデスクに片肘をつき、黄金色の椅子に腰掛けていた。
そうしてエメラルドの瞳で書類を眺めていた時だ。ノックの音が響いた。
「何です? この忙しい時に」
主の不機嫌な声に応えたのは、執事のマクシムであった。
「ジュリア様。ルッジェリ・ラザフォード様より、お手紙が届いております」
その途端、ジュリアは虚無的な
「入りなさい」
「失礼致します」
深々と礼をしながら扉を開いたマクシムは、ジュリアの傍に来ると、
豪華な
(電話一本、メール一通で片付くものを、わざわざ大業な。第一、読まずとも内容は分かっているのです)
ジュリアは封書をつまみ上げ、ペーパーナイフで封蝋をはがした。
手紙の内容は、予想に
やあ、ジュリア。今年も私を祝ってくれ。
着飾った君と、君の心尽くしのパーティを楽しみにしている。
短い手紙の末尾に、ルッジェリの気取ったサインがついている。
ジュリアはうんざりした。
ルッジェリは、ジュリアの上司である。元々、ジュリアが補佐役を務めてきたルッジェリの父親が元老院にまで上り詰めた際、それまで務めていた役職を息子に引き継がせたため、自動的にそうなった。
そんなルッジェリが要求するパーティとは、彼本人の誕生日パーティである。毎年それを主催するのが、ジュリアの仕事になっている。
元はといえば、ルッジェリの父親が多忙な為、その代理人として、ジュリアがパーティを手配していただけなのに、いつしかそれが恒例行事となっている。
正式な任務ではなく、ただの
ルッジェリも、もういい年である。いつまでこんな茶番を続ける気なのだろうか?
いい加減、彼の喜びそうなパーティを考えるのも、年毎に苦痛になっている。
おおよそこの世の中に、手に入らないものはないと思っているルッジェリは、通常のパーティには満足しない。
彼が馬に興味があると聞けば、
「やはり、ルッジェリ様の誕生日パーティの件でございますか?」
執事のマクシムが、窺うように訊ねてきた。
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