素敵な上司のお祝いに 1ー②
「ええ、そのようです。面倒ですが、仕方ありません。又、あの野蛮な国に出かけなければ。例のものは準備できていますか?」
ジュリアの問いかけに、マクシムは厳かに頷いた。
「はい、ご命令通りに」
「彫刻師達は?」
「手配できております」
「衣装のほうは?」
「新作が衣装部屋に届いております」
「分かりました」
「ジュリア様、ご出発は
「明後日にしましょう」
「
マクシムが部屋を去ると、ジュリアは衣装部屋へ向かった。
部屋の入り口に、衣装の管理を担当するスタイリスト、オリヴィエが立っていて、
七十平米ほどある衣装部屋には、様々な服や鞄、靴、装飾品などが、ジュリア自身さえ数が分からないほど、大量に置かれている。どれもが
ジュリアが大きな姿見の前に立つと、オリヴィエがキャスター付きハンガーラックを押してきた。ハンガーには、まだ覆いのついた衣装が六点、かかっている。
「いずれもジュリア様に、よくお似合いかと存じます」
オリヴィエがそう言いながら、衣装の覆いを取っていくと、目にも鮮やかなドレスが次々に現れた。
「去年はクラシカルなスタイルでしたから、今年は目先を変えたいのです」
ジュリアはオリヴィエの目を信用して、意見を求めた。
するとオリヴィエは、ハンガーラックから二点のドレスを選び出した。
ジュリアは手前の一点を手に取り、自分の身体に当ててみた。
それはシルバーと多彩なブルーの色調を持つドレスで、胸元から頬に向かって立ち上がる、羽根飾りのついた襟が特徴的であった。絹サテン地にパール・ビーズとスパンコール、ラインストーン、ラメ糸がふんだんに用いられ、彫刻的なフォルムが美しい、エレガントな一点である。
ジュリアは満足げに頷き、次のドレスを手に取った。
こちらのドレス本体は、シンプルなスレンダーラインだが、全面にあしらわれた黒と赤のスワロフスキーの描く有機的な文様が、毒々しく
「ほう。これは悪趣味ですね」
「……お気に召しませんでしょうか」
「いえ、その逆です。こちらにしましょう。アクセサリーと靴の選択は任せます」
「はい、お任せ下さいませ」
オリヴィエは、ほっとした様子で頷いた。
ジュリアは衣装部屋を出て、
二日後。ジュリアは多くのスタッフを伴ってプライベートジェットに乗り込み、ワイオミング州イエローストーン地方空港へと降り立った。
抜けるような青空と、一面の雪原が、ジュリア達を待っていた。
外気温はマイナス十度。フランスより八度も低く、底冷えがする。
ジュリアは毛皮の襟をかき合わせ、迎えのリムジンに乗り込んだ。
スタッフ達も、十台ばかりのリムジンに分乗する。
ジェット機で運んできた大量の荷物は、数台のトラックへと積み替えられた。
そのようにしてキャラバンの
総面積約九千平方キロにも及ぶイエローストーン国立公園は、古くからの自然が手つかずのまま保存された、数少ない温帯生態系のひとつである。ダイナミックな間欠泉や温泉、峡谷、滝、湖などがあり、野生動物の生息地としても人気の観光地だが、冬期はごく一部のエリアを除き、入場が禁止されている。
ジュリアはその立ち入り禁止エリアで、ルッジェリの為のパーティを催すつもりであった。
本来閉ざされている
立派な角のワピチの群れが、車道を横切っていく。かと思うと、鼻先で雪をかき分け、草を
やがて車が湖畔の道を走り始めると、ジュリアは風除けの木立のある場所で、車を止めさせた。
「マクシム、この辺りはどうでしょうね?」
すると執事のマクシムは車を降り、周囲を確認して、再びジュリアの傍へ戻った。
「
「では、始めて下さい」
「畏まりました」
マクシムがさっと手を上げると、後続の車から、屈強な男達が降りてきた。
男達は地面の雪を
地面にいくつもの柱が立てられ、円形の骨組みにターフが巻かれていくと、みるみるうちに、モンゴルのゲルに似た、家屋が組み上げられる。
そうした家が二つ、三つと用意されていくと、豪華なキャンプ、すなわちグランピング施設の完成形が見え始めた。
一方、この日の為に雇われた彫刻師達は、掻き出された雪の山を押し固め、雪の彫刻作りに着手し始めたのだった。
続く
◆次の公開は7月10日の予定です。
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