素敵な上司のお祝いに 2ー①


  2


 遠くで女達の言い争う声がする。


 ルッジェリの意識は、ぼんやりと浮上した。


 途端に鈍い頭痛が、ルッジェリを襲った。まぶたと四肢がやけに重い。


(しまった、昨日は飲み過ぎたか。まあ、いい……)


 彼は無理に起きるのを諦め、柔らかな枕に顔を埋めた。


 ルッジェリは派手好きで有名な男だ。

 十二月になれば、彼の名を冠したチャリティーオークションや映画祭、コンサートなどのイベントが、次々に催される。


 昨夜開かれたのは、ビューティー・ページェントであった。

 全米から集まった二百人余りのいずれ劣らぬ美女達が、ウォーキングやダンス、カラオケ、それぞれの特技で競い合い、会場審査員がビューティー・クイーンを決定するというものだ。


 毎年恒例のこのイベントは、アメリカ随一の美の祭典だと、評判が高い。

 それというのも、ルッジェリは女好きとしても有名で、彼の目に留まり、スター街道を駆け上がった女優やモデルが多数いると、もっぱらのうわさであるからだ。


 加えてルッジェリは、いまだ独身である。

 野心を秘めた美女達が、彼に猛アピールすべく競い合わないはずがない。


 熱い戦いは深夜まで続いた。

 そして、その後は上位受賞者らとイベントスタッフと共に、授賞式からパーティへと雪崩なだれ込んだ。


 濃紺色の夜空に、きらめくネオン。クラブミュージックが反響し、ドラムロールが打ち鳴らされる。無数のコルクが宙を舞い、シャンパンが次々開けられた。


「ハッピーバースデイ、ルッジェリ様!」


 人々は笑顔でグラスを掲げ、大声で叫んだ。

 その先の記憶がない。


 おそらく何人かの女を連れ、ホテルのスイートに泊まったのだろう。

 回らぬ頭で、そう思った時である。


 黄色い悲鳴が耳に刺さった。


「何か来るわ!」

「ゆ、UFOよ!」

「キャーッ!」


(何だって?)


 ルッジェリは重い身体からだを起こし、声のするリビングへ向かった。


 テラススイートの一面に設けられた大きな窓の前に、三人の裸の女の後ろ姿がある。

 フロリダ湾が一望できる筈の窓の外は、のっぺりとしたかすみに覆われている。

 どこか非現実的なミルク色の空に、赤と緑の不規則な光が瞬き、見る間にそれが近づいて来る。


 そうして目映まばゆい光が室内を射た。

 女達は悲鳴をあげ、ソファーの陰に避難した。


(これは……)


 ルッジェリは大股で窓へ近づき、二重サッシを大きく開いた。

 途端に強い風が吹き込み、地響きのような爆音がとどろく。


 テラスに広がるプールや芝生の上を、サーチライトがめるように照らしたかと思うと、巨大な黒い影が霞を割って現れた。

 それはルッジェリのヘリコプターであった。


 着陸したヘリから、トレンチコートの襟を立て、ハイヒールを履いた人影がテラスに降り立った。


「やあ、エレイン。おはよう」


 ルッジェリは有能な秘書に向かって手を振った。


「おはようございます、ルッジェリ様。お迎えにあがりました」

「君が直々にかい?」

「はい。今日は大切なパーティなので間違いのないようにと、貴方あなた様が命じられたのです。お忘れですか?」


 エレインは銀縁眼鏡の奥の目を細めた。


「まさか、覚えているとも。そうか、もうそんな時間か」

「はい。イエローストーンへ移動するのに、六時間程かかりますので」

「分かった。すぐに準備をする」


 そう言ってきびすを返したルッジェリに、女達が駆け寄ってきた。彼女らはエレインを値踏みするような目で一瞥いちべつした。


(美女だけど、年増としまだわ)


 声にならない情報が一瞬で駆け巡った後、女達はとっておきの甘えた声を出して、ルッジェリの腕や腰にすがり付いた。


「ルッジェリ様、もうお別れしなくちゃいけないんですか?」

「さみしいわ。離れたくない。ずっと一緒にいたいの」

「どこへも行かないで、ルッジェリ様」


 ルッジェリは肩をすくめ、困り顔をした。


「すまないが、今日は身内の小さなパーティがあるんだ」


 だが、その台詞せりふは女達の目をますます輝かせた。


「だったら、私も連れて行って下さい」

「私、邪魔にならないようにしてますから」

「お願い。一生のお願いよ、ルッジェリ様」

「分かった、分かったよ。君達も一緒に来るといい」


 ルッジェリは優しく微笑ほほえんだ。


「有り難うございます!」


 女達ははしゃいだ声をあげ、先を争ってルッジェリにキスをした。

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