素敵な上司のお祝いに 2ー②



 ヘリコプターに乗り込んだ一行は、マイアミ国際空港でプライベートジェットに乗り換え、イエローストーンに到着した。

 迎えのリムジンで公園ゲートをくぐる。


 傾きかけた夕日が白銀の世界を照らし、森の木立が暗い影を作っている。

 雄大な自然に誰もが見惚みとれていると、突然、七色の目映い光が前方にあふれた。


 光の洪水の中に立っているのは、五メートルはあろうかという、ルッジェリの雪の彫像である。

 ルッジェリは、大きく手をたたいて喜んだ。


「こいつは面白い!」


 リムジンは速度を落とし、雪像の脇を通っていった。

 ルッジェリの像の背後には、ヘラジカやバイソン、ピューマ、オオカミ、熊、イルカなどの見事な雪像が並んでいる。

 そして道の先には、燃える松明たいまつと、オレンジの灯りが漏れる大小六つのゲルが建っていた。


(ほう。今年の演出は、なかなか凝っているぞ)


 ルッジェリはほくほく顔だ。


すごいわ、ここがパーティ会場なの?」

「こんなの初めて見るわ!」

「さすが、ルッジェリ・ラザフォード様ね!」


 女達は興奮気味に騒いだ。


 ゲルに囲まれた広場のような場所で、リムジンが停車する。運転手がドアを開く。

 車から降りたルッジェリは、冷えた清浄な大気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 そこにはジュリアの執事マクシムが立っていた。


「ようこそ、ルッジェリ様。お待ちしておりました」


 マクシムは恭しく礼をした。


「久しぶりだな、マクシム。出迎えは君一人かい?」


 ルッジェリはいた顔で辺りを見回した。


只今ただいま、主のもとへご案内致します。どうぞお連れの方々もご一緒に」


 マクシムは会釈をし、雪の上に置かれた石畳を歩き出した。

 ルッジェリと女達はその後に付いて、一番手前のゲルへと入った。


 室内は仄暗ほのぐらく、ふわりと良い香りがした。

 壁に並んだランプと、燭台しょくだい蝋燭ろうそくの炎が作り出す、柔らかな光と揺れる影が、神秘的な雰囲気を漂わせている。


 室内の中央にはアンティークの長テーブルが置かれ、黒光りする椅子が並んでいた。

 入り口の脇に控えていたバイオリン二丁とヴィオラ、チェロの奏者達が、モーツァルトを奏で始める。


 ルッジェリがテーブルに着席し、女達もその周囲に席を取った。

 ギャルソンがシャンパンのコルクを開け、各自のグラスにシャンパンが注がれる。


「グー・ド・ディアモン、テイスト・オブ・ダイアモンズでございます」


 マクシムが説明を加えた。


 ダイヤを模したクリスタルの装飾があるボトルを見て、一人の女がかすれた悲鳴をあげた。


「まっ、まさかうそでしょう。これ、二百万ドルのシャンパンよ!」


 するとその隣の女が、テーブルの銀食器に顔を近づけて言った。


「待って待って。この食器。前に博物館で見たやつなんだけど」

「えっ、どういうこと? えっ?」

「やばい。私、緊張してきた」

「私もだよ。どうしよう」

「凄くない? 何なの? これって何かの夢?」

「やばいやばい、やばいって」


 わいわいと騒ぐ女達に、ルッジェリは溜息ためいきを漏らした。


五月蠅うるさいよ、君達。黙って味わいたまえ」

「す、すみません、ルッジェリ様」


 女達はかしこまり、それぞれのグラスを手に取った。

 ルッジェリのグラスに、二杯目のシャンパンが注がれる。


「ところでマクシム。今日は変わった趣向だな」

「はい。本日のしつらえは特別に、グランピングを意識したものでございます。

 ヨーロッパ貴族の古い文化のひとつに、狩猟がございました。

 植民地時代になりますと、アフリカでの猛獣狩りがブームとなり、案内人や荷物運搬人、専用のシェフなどを連れて大自然を探検することを楽しまれたのが、スワヒリ語で『旅』を意味する『サファリ』と呼ばれるようになりました。それがグランピングの起源ともいわれております。

 ひるがえって現代の文明社会は、人に大きなストレスをもたらすと申します。

 普段からお忙しいルッジェリ様に、大自然の中でおくつろぎ頂き、清々すがすがしく贅沢ぜいたくな時間をお過ごしになれますようにと、我が主が心を砕き、用意した設えでございます」


 マクシムの丁寧な説明に、ルッジェリは満足げにうなずいた。

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