素敵な上司のお祝いに 2ー③

「実にいいものだな。気に入った。だが、肝心の従兄弟いとこどのは?」

「もうしばらくお待ち下さいませ。すぐに来られるでしょう」


(従兄弟ですって?)

(ルッジェリ様の従兄弟って、どんな方かしら)

(きっと素敵な男性よ)

(やった! 付いてきて良かった)

(私、息が止まりそう)


 女達がひそひそと話し始めた時だった。


 キッと扉が開き、輝く雪の女神が現れた。

 いや、ルッジェリにはそのように見えた。


 波打つ髪と、腰をコルセットできつく締め上げた完璧なシルエット。淡い白光を放つ滑らかな肌。口元に浮かぶ不可解な笑み。全身にまとったジュエリーやスワロフスキーが揺れる炎を反射して、怪しく輝いている。


 楽団は演奏をめ、ギャルソン達は壁際に退いて、彼らの主に深く頭を垂れた。

 室内の空気は一瞬で張り詰めた。まるで時が凍ったかのようだ。


 ジュリアは人を威圧するオーラを放ちながら、ゆっくりと部屋を横切り、長テーブルの奥の席で足を止めた。


 謎の美女の出現に女達は瞠目どうもくし、恐れをなしたかのように黙り込んだ。そして誰もが、負け犬のような上目遣いでジュリアを見たのだった。


「ようやくお越しか。遅かったじゃないか」


 ルッジェリはねたような口調で、ジュリアに呼びかけた。


「遅れて申し訳ありません。支度に少々、手間取りました」


 大粒のエメラルドのような瞳がルッジェリを見る。


「まあ、いいさ。それよりもっと近くへ来て、私のそばに座れ。ああ、そうだ。君達は一寸ちょっとどこかへ行って、時間を潰していてくれ」


 ルッジェリがぞんざいに女達に言うと、すかさずマクシムが彼女らに声をかけた。


「ご婦人方には、別のゲルに、マッサージエステのサロンをご用意しております。一流のエステティシャンをそろえておりますので、そちらでゆっくり旅の疲れを癒やされては如何いかがでしょう。付属のバーなどもございます。きっと気に入られるでしょう」


 それを聞くと、女達は黙って椅子から立ち上がり、マクシムに従って、すごすごとゲルを出ていった。


 彼らの足音が遠ざかり、室内に静寂が訪れる。木のぜる音がかすかに響いた。


「さて。これで五月蠅い邪魔者はいなくなった。ジュリア、私の隣に座れ」


 ルッジェリは隣の椅子を引き、その座面を叩いた。

 ジュリアは軽く頷き、ギャルソンに目で合図を送った。


 ギャルソンがテーブルの上を片付け、別のギャルソンがジュリアのグラスを運んでくる。

 モーツァルトの演奏が再開された。


 ジュリアは優雅な仕草で椅子に座った。

 その姿を上から下まで眺め回したルッジェリは、満足げに微笑んだ。


「よく似合っている。いいドレスだ。とても奇抜だが、君が着ると女神の衣装のように馴染なじんで美しい。女達も君に圧倒されて、小娘のようになっていたな」


 ルッジェリは、ハハハハと愉快げに笑った。


「ご婦人方のそういう反応を楽しむ為に、わざわざ連れてきたのでしょう? 貴方、悪趣味なんですよ。私を毎回女装させて、何が楽しいのです」


 ジュリアはシャンパングラスに桜色の唇をつけた。


「仕方ないだろう。私にとって、君は女装していたほうが普通なんだ。大体、君は父に連れて来られた時から、私の前では女装していたじゃないか」

「それは貴方のお父上のせいです。男を連れているよりも、若い女秘書を連れている方が、交渉相手や敵が油断すると言って、私に女性のふりを強いていたからですよ」


 ジュリアはうんざりした顔をした。


「うむ。あの当時、君の存在は外部のものから、父の若い愛人だろうぐらいにしか思われていなかった。だから君が父の片腕として暗躍しているなどと、誰も努々ゆめゆめ思いもしなかった。父の読みは正しかった訳だ。

 実際、私も君が父に初めて家に連れてこられた時は、自分の婚約者を紹介されるのだと勘違いして、胸が高鳴ったんだ」


 ルッジェリは思い出を懐かしんだ様子で、胸に手を当てた。


「また詰まらないご冗談を。まさかそれがトラウマになって、今も未婚なのだと言うつもりではないでしょうね」


 ジュリアはすげなく応じた。


「私が結婚しないのは、自由を愛しているからさ。女は退屈だし、面倒だ。君のように魅力的な女に出会えないのが、私の不幸さ。

 だが、後継ぎの問題なら心配はない。そこそこの女達に、子供は六人ほど産ませている。その中から優秀なものを後継ぎにすればいい」

「そのような適当な言葉、お父上が聞けば嘆きますよ」

「父は頭が古いんだ。さあ、それよりジュリア。今日のもてなしはどんなものだい? 期待していいんだろうね?」

「ええ、一応は。特別なものをご用意しました」

「それは楽しみだ。ところで、例の計画は順調かい?」

「そうですね。様々なデータが集まってきている、というところです」

「私も実際に、現物を確かめておきたいのだが」

「そうおっしゃるかと思いました」


 ジュリアはそう言うと、胸元から臙脂えんじ色の小瓶を取り出した。


「ほう、これがそうか。本当に君の言うような威力があるのかい?」

「ええ。保証しますよ」


 ジュリアはにこりと微笑んだ。



                                  続く




                      ◆次の公開は8月10日の予定です。


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