生霊殺人事件 7-③

「普通のヒーローというと、人格者であり、力や知識が他人より優れ、人々と社会の為に悪と戦うイメージがあるけど、その一方、目的達成の為なら手を汚すのもいとわない、ダークヒーローが、近年とても人気を得ているのを知ってるかい?

 例えば、『バットマン』のジョーカーや『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーなんかがそうだけど、彼らが戦う理由は、私怨や逆恨みや我欲だったりするものの、彼らの行動が現体制を破壊し、社会に新たな変化をもたらすという描かれ方をしたりもする。

 デンマークはオーフス大学の研究によれば、千八百人余りの被験者を対象に、映画の悪役をどれほど理解できるかのアンケート調査を行ったところ、悪役を強く好む被験者には、ナルシシズム、マキャヴェリズム、精神病質の特徴が強く見られたというね。

 ダークヒーローを好んだり応援したりした人々は、自らの内に、他人と異なる精神傾向があったり、社会への不満が大きかったりして、そのせいで社会から孤立していると感じている者が多かったんだ。そうした人々は、カリスマ的な悪役に一体感を抱く傾向が強かったというのさ」


「それはつまり、犯罪者の要素がある人間は、犯罪者に惹かれるってことか?」


「ボクの意見は少し違うけど、確かにそういう解釈をする研究者もいるね。

 話を少し戻すけど、自分が恐れたり憎んだり、呪縛から離れられないほどに執着してしまう人物や事柄に対し、自分が味わった恐怖と同等のものを味わわせたという意味においては、連続殺人犯達は犯行時、満足感やカタルシスを感じただろう。

 だけど、彼らの犯罪は、完全犯罪には至らなかった。何しろ、罪が暴かれ、服役しているんだからね。

 そんな彼らにとって、今回のコピーキャットは、自分自身の代理人なんだ。自分達のやるせない思いを受け止めてくれ、理解してくれ、それを自分達が犯した犯罪よりスマートに、完璧にやり遂げたんだ。

 そのニュースを知った彼らはスッキリしただろうね。自分達の抱えるストレスを、自分達より正しい形で解消したからこそ、彼らは真犯人をダークヒーローだと感じたんだ。

 きっと模倣犯も、犯人の苦しみを受け取り、彼らの偉業を受け継ぐべく犯罪行為を行ったんだろう。だからこそ、コピーキャットは『愛』なんだよ。

 愛には色んな表現方法があるだろう? ちなみに大佐の場合は、どんな感じな訳?」


「おっ、俺か? それはまあ……家族を旅行に連れていくとか……ってか、何の話だよ」


「だから愛情表現の話だってば。一連の連続殺人犯達に、今回のコピーキャットがどんな形で『愛』を表現したか。それが犯人像を絞り込む手掛かりだって、話をしてるんじゃない」


「殺人事件がどう愛情表現になるかなんて、俺には想像できないぞ」


「そう? ボクには分かるよ。

 例えば、『娼婦溺死殺害事件』の場合、模倣の対象となったチリアーコ・アレッシは、母親と顔立ちのよく似た娼婦に狙いを定めて殺害していただけだけど、コピーキャットの犯行では、被害者に子がいて、虐待されていた形跡があったと報告書にある。その子は今、児童養護施設に預けられているんだ。

 つまりこのケースの被害者は、まさしくチリアーコ・アレッシが憎む母親と同じことをしていたんだ。


『窃盗犯焼殺事件』の場合、模倣対象となったバルトロ・アッデージは、窃盗犯なんていずれ誰かを殺すような人間だと思い込み、犯行を重ねただけだけど、コピーキャット事件で殺された被害者、アルミロ・コルギは、そのものずばり、かつてバルトロの一家に強盗に入った中の一人だ。他の三人は逮捕、求刑されたけれど、十三歳で最年少だったアルミロは少年刑務所に入っただけで、三年で刑期を終え、出所したところだった。彼はまさに、バルトロが本当に殺したかった人物だったのさ」


「おい、一寸待て。そんなことは資料に書いてあったか?」


「ああ……そう言えば、アルミロ・コルギの名前は、裁判関係の書類には表記されていなかったっけ。だけどボクはボクのコネを使って、当時の精神鑑定の担当者だった精神科医に連絡を取って、直接聞き込んだんだ」


「えっ、いつの間にそんな……」


「昨日だよ。『明日の準備がある』って、ボク言ったでしょ? マスターに会えるからには、できる限りの準備をしておかないとね」


 フィオナはとろけるように微笑んだ。


「お前に、そんなコネがあったとはな……」


 アメデオは感心したように言い、腕組みをした。


「これでもボク、プロファイラーとしては、それなりに信用あるんだよ。


 それはさておき、『聖職者串刺し殺人事件』の犯人、クレメンテ・カシーニは、聖職者を銃で殺してから、肛門に鉄パイプを刺していたけれど、コピーキャットは、生きている状態で焼けた鉄パイプを肛門に突き刺して殺している。これはクレメンテにとっては、まさに性的暴行を受けた時の恐怖を被害者に味わわせることができたと感じただろう。


『工事現場爆破事件』のファウスト・チェナーミは、工事現場と見れば、ほぼ無差別に嫌がらせや機材の盗難、破壊などを繰り返していたけど、コピーキャットは違う。移民の多い地域で、公共事業の建設現場を大爆発させたんだ。その手口はファウストにとって、さぞ溜飲が下がる思いだったことだろう。


 そして『タクシー運転手一家殺害事件』のカッリャリ・デマルキは、危険運転の車に、目の前で妻子を轢き殺されていただろう? だからコピーキャットは、危険運転を行う運転手に、デマルキと同じ苦しみと悲劇を味わわせたんだ。


 ロンキの場合もそうさ。彼が幼い頃に受けた苦痛を、被害者を釘打ち機で一発でしとめるのではなく、じわじわと責めさいなむことで、再現させている。

 こんな行動ができたのは、コピーキャットが、連続殺人犯達の思いを深く汲み取っていた証だ。

 つまりは深い愛情表現に他ならない」


「ううむ。ろくでもない愛情表現だな」


「そうかな? でもそのことによって、一つの効果が得られたんだよ」


「効果?」


「うん。連続殺人犯達が、コピーキャットの犯した犯罪を自分の仕業だと告白したのは、それだけ事件が連続殺人犯達にとって、自分が犯した罪だと告白しても満足のいく事件であったか、自分が犯したとしか思えないくらいのものだったからだろうと、ボクは推測するよ」


「ふうむ……何とも奇怪な心理だな……」


「人の心っていうのは、そもそも奇怪なものさ。でもこれだけ、連続殺人犯達の心に響く犯罪を遂行できたのは、コピーキャットが完全主義だったというだけじゃ説明できない」


「というと? どういう意味だ?」


 アメデオが身を乗り出すと、フィオナはじらすかのように黙り、紅茶を一口飲んだ。


 そして不思議な灰色の瞳で、アメデオを見た。


「ボクが思うに、連続殺人犯の心をこうも巧妙に理解し、体現することができる人間と言えば、ボクと同類の人間なんだ」


「お前と同じ?」


 お前と同じ変人か、と言いかけた言葉を、アメデオは途中で飲み込んだ。


「うん、職業の話さ。要するに、コピーキャットは精神科医かカウンセラーじゃないかってこと」


「つまり真犯人は、連続殺人犯達がいた二つの刑務所に出入りしている、精神科医かカウンセラーだってことか! それなら確かに、かなり絞り込めるぞ」


 アメデオが大きく手を叩いた時、パソコンを見ていたローレンが呟いた。


「ダンテ・ガッロ。精神科医。囚人らがいる刑務所で、週一回、カウンセラーとしての仕事をしている。


 実行犯はダンテに間違いないだろう。だが、それをどう立証するかが問題だ」


 ローレンの琥珀色の瞳が、アメデオとフィオナを射貫いた。




(続く)



                     ◆次の公開は10月20日の予定です。

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