生霊殺人事件 7-②

「どういうことだ?」


「ほらさ、大佐は、かつて切り裂きジャックを模倣した事件の犯人が、コピーキャットは『愛だ』って答えたって話をしたでしょう?」


「ああ、惚けた爺さんの世迷い言だろう」


「そんなことはないよ。その言葉は真実を言い当てていると思うんだ。コピーキャットの本質は愛なんだ」


「何だって?」


 アメデオが首を捻った時、ローレンがノートパソコンを弄り始めた。

 何かを探っているようだ。


「大佐はさ、生霊殺人事件の元になった連続殺人犯達、つまり『娼婦溺死殺害事件』『窃盗犯焼殺事件』『聖職者串刺し殺人事件』『工事現場爆破事件』『タクシー運転手一家殺害事件』の犯人達が、裁判に先立って受けた精神鑑定の資料を読んだ?」


 フィオナの不意の問いに、アメデオは思わず視線を泳がせて頭を掻いた。


「あ……ああ、まあな。だが、それはあくまで過去の事件に関する資料だ。今回の真犯人であるコピーキャットとは別人の精神鑑定なぞ、大した意味があるとは思えんが」


 それを聞くと、フィオナは大きく溜息を吐いた。


「本当はちゃんと読んでいないんでしょう? いい、大佐。ボクが思うに、その資料こそ、今回のコピーキャットの正体を絞り込む手掛かりなんだよ」


「手掛かりだと?」


「そうさ。例えば大佐、イレネオ・ロンキの連続殺人の動機は、何だったと思う?」


 アメデオは、ロンキの元恋人や姉から聞いた話を思い浮かべ、暫く考えた。


「幼い頃に里親から受けた虐待じゃないか? 釘打ちの器具で犯行を繰り返したのは、背信行為を行った被害者に、義理の両親の像を重ねていた……とか」


「あ。そこは分かるんだ」


「そのぐらいは俺だって、見当はつく」


「なら、話を続けるね。

『娼婦溺死殺害事件』の犯人、チリアーコ・アレッシの母親は娼婦で、父親は誰かも分からない生まれだった。母親は重度の麻薬中毒患者で、商売に出るとチリアーコがいるにもかかわらず、何日も家を空け、その間、彼は飢えて待つだけだった。けど、それはまだマシで、母親は度々癇癪を起こす人物で、チリアーコを水の張ったバスタブに沈めて、窒息させるという暴行を何度も繰り返した。

 人生の中で最も辛かったのはその時期で、母親が中毒症で死んだ時には、ほっとしたと、チリアーコは告白している。


『窃盗犯焼殺事件』の犯人であるバルトロ・アッデージの一家は、自宅に強盗に入った四人組の犯人に重症を負わされ、さらに物的証拠を隠蔽する為、自宅に火を放たれた。バルトロは運良く助かったが、妻と娘は亡くなっている。

 つまりバルトロ・アッデージもまた、凄絶な事件の被害者であり、彼が窃盗犯を憎んだのは、当然の結果だったと言える。


 そして、『聖職者串刺し殺人事件』の犯人、クレメンテ・カシーニは、幼い頃から通っていたカソリック教会の司祭から、何度も性的暴行を受けていたという。それが元で、彼は鬱病を患い、長い間不登校を繰り返し、成人してからも職につくこともなく、カソリックの司祭を恨み続けていた。


『工事現場爆破事件』の犯人、ファウスト・チェナーミは、中東系の移民の子で、幼い時、ビジネスビザを取得した母親と共に、イタリアにやってきた。

 そして、母の知り合いのイタリア人から紹介された小さな住宅に住んでいたが、そこが都市開発の計画地になってしまう。多くの住人達は、居住権の譲渡金を政府から貰って立ち退いたけれど、イタリア国籍でなかった彼らは、無一文で放り出された。突然、住む場所を失い、間が悪いことに、母親は働いていた飲食店からも解雇され、母子は暫く路上生活を強いられた。その過酷な生活が祟ったのか、母親は病に倒れて死亡。ファウストは養護施設に送られ、その後、養子として現在の両親に引き取られて、イタリア風の今の名前に改名しているんだ。それ以来彼は、都市計画に基づいた工事を行っている作業員を見ると、怒りが抑えられなくなったと語っている。


『タクシー運転手一家殺害事件』の犯人、カッリャリ・デマルキも、もともとは被害者だった。彼は危険運転をしていた車に目の前で妻子をき殺されている。その時の運転手は、運転免許取り上げの上、過失致死の有罪で五年の刑を受けたけど、カッリャリの心の傷は癒えなかった。彼は頻繁にタクシーを利用するようになり、危険運転をしている運転手に遭遇すると、怒りを抑えられなくなって、山奥に誘導し、殺害に至ったと告白している。


 これらを見る限り、彼らは快楽目的に殺人を犯す、無差別殺人犯じゃない。

 むしろ過去の虐待や事件の被害者であり、通常は大人しく素行のいい、一般人だ。だからこそ、刑務所では模範囚となっているんだ」


「そいつは納得いかないな。いくら自分が辛い目にあったからって、無関係の他人を殺していい筈がない。そんな奴を被害者とは呼べんよ」


 アメデオは眉を顰め、首を横に振った。


「大佐、本当に想像力がないんだね。幼い頃に何年にも亘って、暴力的な被害にあったり、愛する家族が目の前で殺されたりした人の気持ちを想像できる?」


「まあ、そりゃあ当然、辛いだろうよ」


「辛いなんてものじゃないよ。それは充分にPTSDになる出来事さ。心的外傷後ストレス障害といって、生死に関わる強烈なトラウマ体験をしたり、目撃したりすることによって生じるストレス症状群のことだ。主な原因としては、戦争体験、大災害、暴力的犯罪、幼少期の虐待、性被害なんかが挙げられる。


 そうしてPTSDを発症した者の毎日は地獄になるんだ。


 年月が経っても、その過去は決して清算されることがない。何故なら、彼らは毎日のように、自分の恐怖体験を悪夢として見たり、不意に当時の苦痛の記憶と恐怖の感情が蘇ったりするからだ。辛い記憶は何度も再体験され、膨れ上がっていく。自分の意志では、その苦痛から逃れられない。生き地獄さ。

 そして恐怖感、無力感、羞恥、怒り、悲しみといった感情に圧倒されたり、健忘や回避という症状が生じたり、睡眠障害を起こしたり、常に神経が張り詰めて過剰な警戒心を抱いたり、一寸した物音にもビクッと怯えたり、物事に集中できなくなったりして、社会生活や日常生活に影響が出る。鬱病やパニック症候群・不安障害を発症する者は五割以上と言われ、妄想性障害を発症する者もいる」


 アメデオはフィオナの話を聞きながら、ロンキの姉が毎夜悪夢を見ると語ったことや、チリアーコ・アレッシが夜中にうなされて、えるような大声を出すという証言を思い出していた。


 フィオナは小さく咳払いをして、話を続けた。


「PTSDの治療は、鬱などの症状を和らげる薬物療法と、様々な心理療法が併用されるのが一般的だ。けど、患者の海馬に萎縮が認められるといった、脳の器質的障害を伴うケースも少なくないことから、慢性化した患者を寛解させることは、実際かなり難しいんだ。

 当然、治療を拒んだり、効果がないと考えて途中で止める者もいる訳だしね。


 それでも当の本人は辛い症状と恐怖を克服しようとするから、中には自分自身なりの解決策を取る者もいる。例えば、自分が最も恐怖を覚えた場面や人物に近しいものを、支配したり、破壊したりすることによって安心感を得る、とかね。

 彼らの連続殺人事件は、そういった行為の一環だ。一種の復讐とも言えるかも知れないけど、ボクはそんな浮ついた言葉で、彼らを語りたくはないよ」


「じゃあ、お前は連続殺人犯達の肩を持つってのか?」


「いや、そうは言っていないよ。理由はどうあれ、殺人は法的にも間違った行為さ。

 ただね、大佐。そんな彼らにとって、彼らのコピーキャットがヒーローだったという心理は、有り得たと思うんだ」


「うん? コピーキャットがヒーローだと?」


 アメデオは大きく顔を顰めた。

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